(虎)









タイガー&バーナビーという、初のヒーローコンビを組んだ二人は、
自分たちのプロモーションのために、本日はテレビ出演の仕事であった。
収録を終えて楽屋に戻ると、スタッフからの差し入れで、
今シュテルンビルトで話題の新しくできたドーナツ屋さんの箱が
テーブルの上におかれていた。



お!これ食べて見たかったんだよなぁ!なんていいながら
それを見つけた虎徹は早々と箱に手をかけた。
左右に引きふたを開けると、中には色とりどりの美味しそうなドーナツが、
隙間なくズラリと並べられている。
「うわ!うまそーー!」
虎徹が無邪気に感嘆の声をあげた。



少し離れたところで雑誌を読もうとしていたバーナビーに
虎徹は満面の笑みで問いかけた。
「なぁ、バニーはどれくうの?俺すきなのとってい?」
喜色が濃く滲んだ声に、バーナビーは視線ををあげた。
夢中で箱を覗き込んでいる虎徹を見て、
女性でもないのに、おじさんのくせに、
ドーナツごときで何故こんなにもはしゃげるのか不思議だ、と、
眉を寄せながらバーナビーは答える。
「僕はバニーじゃありません、バーナ」
「俺このシンプルなやつにする!
え?バナナ味のがいいって?んなのねぇよ」

虎徹は自分から聞いておいて、まったく人の話を聞かずに、
自分が選んだドーナツをペーパーナフキンに包んで箱から持ち上げていた。

バーナビーの眉間のシワが濃くなる。
この人はまったくなんなんだ。






にらみをきかせて、バーナビーが虎徹を見る。
先に選んじゃったのが嫌だったのかな、なんて
お門違いの心配をした虎徹が、
バーナビーのところまでドーナツの箱を持っていった。
片手で持ち手をつかんで中身をよく見えるように
バーナビーの前に出す。
「ほら、どれがいい?イチゴのとかチョコのとか、あっ、これキャラメルだな!」


適当な虎徹の対応にむすっとしてたバーナビーも、
カラフルで目を引く鮮やかな色合いと美味しそうな甘い匂いを近くでかいだら、
自然と顔がゆるんだ。



虎徹も一緒に箱を覗き込んで
「これ何味?チョコ?コーヒー?俺次食べたいかも」
といって、早くも次のドーナツを品定めしつつ、
自分の手に持っていたプレーンのドーナツをくわえた。
半分ほど一気に口に入れ、片頬いっぱいに頬張ってもぐもぐと咀嚼する。
バーナビーはその虎徹の姿をじっと眺めた。
よほどおいしいのか、元々垂れ気味の目じりが
喜びを表してさらに下がっている。






「…僕も、普通のやつがいいです」
そんな虎徹に感化されて、
バーナビーがポツリと呟いたのと同時に、椅子から立ち上がった。

「ぇ?わりぃ俺が食ってるか、」
その後を続ける前に、ドーナツをもった虎徹の左手首はバーナビーに捕まれた。
今までないくらい距離をつめてきた若い相棒に虎徹は動揺してしまう。
「ら…」
食べかけのその甘い菓子は、バーナビーの口に捕えられ攫われていった。
顔を少し伏せて、ドーナツに口をよせた時
メガネのレンズと彼の麗しい瞳の間に、きらきら輝く色素の薄い、
そして長い睫毛が見えて
虎徹の心臓はドキリと鈍く大きな音をたてた。
端正な顔した、しかしいつも口悪く自分をバカにしてくる青年に、
悔しくもくらりとするような何かを虎徹は感じてしまった。

「ん、おいしい」
そういって何事もなかったかのように
自分のドーナツを咀嚼しているバーナビーを
虎徹はぼんやりと見つめる。
なんなんだ、今の心臓の、なんなんだよ。




虎徹は視線を移して、小さくなった左手のドーナツをみた。
奪われたのは、きっとドーナツだけじゃなかった。
捕まれている腕が熱いのは気のせいだ。
そう自分に言い聞かせて、
一瞬のうちに心の甘い部分の一欠片を、
バーナビーに持っていかれてしまったことに、
その時の虎徹は無意識に気がつかないふりをした。





















(兎)

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