彼があまりに美味しそうにドーナツを食べるから、僕もどうしてもその味が食べたくなったんだ。

***






頭は固いし、人の話は聞かない、余計なお節介で人に迷惑をかけまくる。
相性最悪の彼がドーナツがどうこういい始めたとき、正直関わりたくなかった。
ドーナツなんて、別に要らなかった。



けど、僕に近づいて、ドーナツを頬張り、幸せの真っ只中にいるみたいに
顔をほころばせている彼をみたら、
僕も無性に食べたくなってしまったのだ。

「…僕も、普通のやつがいいです」
彼が食べている味は一つしかない。
でもそれがよかった。
だから僕はなにも言わず、彼の腕をつかみ、
その食べかけて半円になっている甘い菓子を口にした。




濃い小麦の味と、ほどよい甘さ。
カリリと揚げられた表面の香ばしさとその奥に潜むのは
柔らかくふっくらとしたキメ細やかな生地だ。


「ん、おいしい」
咀嚼しながらおじさんの方をみたら、ぽかんとした不思議な顔をしている。
「?」
そのまま二人、目があって固まっていたら、
しばらくして、小さい声でおじさんが、
手、離せよっていってきた。
僕もつかんでいたの忘れていたから、
ああ、すいませんといってパッと手を広げて腕を放した。



「他にもいろんなのあるから、ほら」
そういって彼は、僕に箱ごと押し付けるようにドーナツを渡してきた。
僕はカラフルなドーナツが入った長方形の箱を抱えて再び椅子に座った。










おじさんが、背を向ける。
僕は彼が何を考えているかまったくわからなかったので、
とりあえず、次食べたいといっていたドーナツを箱から取り出して彼に渡そうとした。






しかし、僕は固まってしまう。
彼が次食べたいと言っていたこのココア色のドーナツを
手に持ち顔の前まで掲げて、固まってしまう。

ドーナツの真ん中の穴から見えた彼は、
耳や首が妙に赤く染まっていた。
丸い円盤の中心をくりぬいたような、不思議な形からは
やむことなく甘い匂いが漂って、僕の鼻腔を刺激する。
なんだか変な雰囲気になって、
僕も伝染したように顔が熱くなるのを感じた。
そして彼から目が放せない。

僕は相当どうかしている。
こんなこと思うなんて、きっとドーナツのせいだ。
この大きく真ん中に空いた穴から見る世界は、
甘いフィルターがかかっていつもと違ってみえるんだ。
そうだ、そうに決まってる。
それ以外にこの気持ちは解せない。



あんなに馬があわないと思っていたおじさんが、
ちょっと可愛いなんておもってしまっているこの心持は、
ドーナツ以外に理由なんかないに決まっている。

決まっている。

僕は全てを打ち消すように、そのココア色のドーナツにかじりついた。
チョコ味だと踏んでいたのに、思った以上にビターなコーヒー味だった。


























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