I love you,dear Ayato.

I love you always.

◆no title 

あの日から殆ど何にもせず

ただずっと兄さんとくっついてた


離れるのは


診療で先生がお家に来られて

診察を受ける時と兄さんがジムに行く時


カウンセリングの時と


あとはお手洗いの時くらい


それ以外はずっと兄さんの腕の中、膝の上


食事中もお風呂も

眠る時もずっと一緒、


たまにパソコンでお仕事する時も

兄さんずっと私を膝の上に乗せて

抱っこしたまま離さないでいてくれる



秋久さんや皐さんが来てくれても

兄さんは私を離さない


秋久さんが居るのに

秋久さんが呆れちゃうくらい

ずっと愛でてくれるの



年末から自分のいない間に


自分が思っていた以上に

あなたが僕に懐いていたから

惟人はそれが気に入らないんだよ、って

秋久さんが教えてくれた、


嬉しい笑顔が抑えきれなかった



入院中の寂しかった苦しかった日々が

どんどん薄れて消えていって


兄さんの胸の中

幸せでいっぱいになる



私の人生最高に幸せな日から


今日までずっと


幸せで幸せで仕方ない



兄さんは


もっともっと幸せにしてあげる、って


こんなものではないよ


これがピークじゃない、


ここから始めるんだよ、って

優しく微笑んでくれるけど



私にはもう

あの瞬間があればいい、


今のこの時間さえあればいい


それだけで、

何だって乗り越えられると思った




退院するまで

あんなに忙しくしてたのに


あれからずっと

兄さんは本当にどこにも行かない


電話もかかってこない


お仕事にも優紀子さんの所にも



ずっとお家でただ毎日


本当にあの日言っていた通り、

朝からお昼、休憩挟んでお昼から夕方まで

兄さんPC眼鏡かけて


間隔あけて三、四時間ほど

ずっとパソコンと向き合うくらいで


とにかく事務所の、

弁護士のお仕事の影が一切見えなくなった



信じられなくて

夢みたいで



兄さんお仕事

本当に行かなくて大丈夫なのって


何度もしつこく聞いてしまう


だって本当に信じられないの



前の仕事の話題を出す度に兄さんは

まだ渋谷の事、考えてるの?、って


憂いを含んだような顔


…ううん、

考えてないよ


本当にもう平気


兄さんの事、兄さんの言葉

信じてるから


私だけを愛してるって

沢山抱いて刻み付けてもらっているから


何よりも


兄さんはもう

私だけのものだから


私だけの旦那さんだから


もう大丈夫なの



何も言わずに首を振ったら

兄さんは

そんな下らない事考えずに

澪は俺の事だけ考えていて、って


俺を愛してるって心だけ

俺に愛されてるって自信だけ、



澪、俺とお前には

ただそれだけあればいい、って



抱き締める手で

私の首の裏捕まえて引き寄せて

唇に口付け



私の事

溶かして食べちゃうみたいな

深い熱い濃密な口付け




暖かい部屋で


私が一番落ち着く兄さんのお家で


兄さんの優しい香りがする静かな穏やかな空間で


大好きな兄さんと二人きり、




ずっとこんな日を夢見てた



もう天国としか思えなかった




小雨が続いてて

体の調子が良くなくても


事故や昔の古傷が痛んで動けなくても

少しも辛くなかった




兄さんがずっと

そばにいてくれるから


隣よりも近くで

私を包んで温めてくれるから




これ以上ない、って思っても

どんどん溢れて止まらない


止まることを知らない



自分自身が溺れてしまいそうなくらい


兄さんを愛しく思う気持ちでいっぱい、





目の前にいるのに


腕の中にいるのに



恋しい切ない気持ち、


持て余す過剰な愛でいっそ苦しくなるの




兄さんが

ずっと健康で無事でありますように




ずっとずっと、


一緒にいられますように……

2019/03/04(Mon) 23:38 

◆no title 

どうして?


やっぱりまた会えなくなるの?



流石に悲しい



あなたとの願い夢希望未来幸せ

いつだって何も叶わない


容易く儚く消えてしまう



何もかも駄目なら

それならもう何も望まないよ



何も届けないし

何も求めたりしない


ただ生きてさえいてくれるなら

もうそれだけでいい

2019/03/04(Mon) 16:02 

◆no title 

だけど私がどんなに想っていても

同じ心とは決して限らない


時の流れは時に残酷



二度とあの日には戻れない




大切なものを手にすれば

大切なものを失う、



私にはもう兄さんがいるから、

自分はもういらないなんて思ってる?



自分はもう必要ないって、

あなたがいなくても私はもう幸せだからって


そんな風に思ってるの?




だからもうそばにいてくれないの?




誰にも愛されない、可哀想な不幸な私じゃないと

あなたは愛してくれないの?





孤独だったから優しくしてくれていたの?



真っ暗闇の中

ずっと一人で彷徨っていたから


だから優しく照らしていてくれただけ?





幸せに微笑っていたら


あなたはもう気にかけてくれない?





あなただけの私じゃないと



愛してくれない、?

2019/02/27(Wed) 18:11 

◆no title 

家には眠っている間に

家事をしてくれるくまさんがいるの


専属のハウスキーパーさんがいる


私がバルコニーから落ちて怪我をした後

兄さんとやっと再会出来たその頃には

兄さんのお家はハウスキーパーを利用してた


最初は業者さん経由で

特定の方何人かに日替りで来てもらっていたみたいだけど


私と再会してすぐの頃、

一度盗難にあって


私の母さんの形見とか

兄さんの時計とか

装飾品全部失ったことがあって


そこからは

兄さんが掃除の仕方とか料理の味とか

細かいところ全部

一番兄さんの好みに合った人を

業者さんから引き抜いて

専属契約というか

兄さんが直接その人を雇う形で契約して


それ以降はずっとその人に何年もお願いしてる


それでなくても兄さんは

警戒心が強くて人間不信で

知らない人とかに凄く抵抗があるから

お仕事の送迎もずっと同じ人、


送迎の田中さんは昔から、

兄さんが事務所を設立した頃からの専属


事務所の秘書の方も

税理士さんも

ずっと同じ人だった


全員男性、


女性は物事を感情で捉えがちで

精度にもムラがあって

正確さや迅速さに欠けるからって理由、


兄さんは少し女の人に偏見があるの


だから

お仕事で唯一自分の側に置くのは

優紀子さんだけだった

だからこそ余計にずっと不安だったの


でも流石にハウスキーパーさんは

ずっと女性の方だと思っていたのに


男性の方だったことを最近になって漸く知った


何年もお願いしてるのに

全く知らなかった


それくらい存在が見えないの

気配を消すこと完璧に徹底されてる


お布団のシーツやカバーは

毎日いつの間にか変えてあって


私と兄さんが寝室で眠っている時間、

その間に家事は全部済ませてあって

朝起きると朝食まで用意されてる


兄さんの好きな和食、


私や兄さんが起きるタイミングに

ちょうどご飯が炊き上がるよう予約されていて


食事も凄く繊細で優しい上品な味


あまりに気配を感じないから

いっそ魔法みたいに思えて


魔法が使える、私の目には見えない、

小人さんか何かがいるんじゃないかって

最初は本当に驚いた


兄さんはとても神経質で

物音や光に凄く敏感だから

寝室は防音工事を受けていて

廊下より遠くの音は殆ど聞こえない仕様になってる


だから耳の悪い私には

いつ来られていて

いつ帰られたのか毎日全然わからなかったの


兄さんはちゃんと

来られる時と帰られる時の音は聞こえていて

その度に一瞬目が覚めているみたいだけど

私は早朝とか夜中に起きていることが多々あるのに

それでも偶にしかわからない


私が元気な頃は

食事は私が作っていたけど

ずっと入院してたから


その間もそれまでも

ずっと私がいなかった頃から

朝食と夕食と、

兄さんがお休みの日は昼食も

全部作ってもらっていたみたい


今も三食お願いしてる


だから退院してからは

昼食と夕食を用意する為に来られる時に

流石に私とも顔を合わせるから

その時に初めて

男性だったんだって知って

本当に凄く驚いたの


だって細かな気遣い、

とても男性には気が付かないような些細なところまで

本当に細部にまで配慮が行き届いていて

いつもぴかぴか綺麗


てっきり女性だとばかり思ってた


途端に今までの事、思い出して

下着とかベビードールとか

ずっと男性に洗ってもらっていたんだってことが

何よりも一番凄く恥ずかしかった


兄さんも言ってくれればいいのに


そんな事何故気になるの、って

心底不思議そうに、

兄さんは男の人だからわからないのかな


魔法の小人さんの正体は

隈元さんていうの


少しも小人さんじゃなかった

ガタイのいい、森のくまさんみたいな人、

強面だけど笑うと優しい大きな人

名前がぴったりの見た目


大きな体なのに

忍者くらい気配を消すのが得意で


料理も家事も掃除も完璧な

ハウスキーパーのプロフェッショナルとも言える人


だけど人見知りで

顔を合わせると私以上に動揺して彷徨う視線が面白くて

最初は男性っていうだけで少し怖かったけど

静かな穏やかな優しい雰囲気にすぐに馴染めた


それでも日中来られるのは

兄さんが書斎でお仕事する時間とかジムに行く時間


私がお昼寝してる時間

診察の時間とか自分の部屋で過ごす間とか

私や兄さんが

ちょうどリビングにいない時にばかり


私や兄さんの生活のルーティーンを

完璧に網羅してる隈元さん


ネットで買えないものとか

すぐに必要なものは隈元さんに頼んで買ってきてもらうの


最近は言わなくても

私が好きな物とか私の読んでる小説や漫画の新刊とか

幸せなお届け物が

毎日リビングのテーブルに置いてある

優しい隈元さん

優しい大きなくまさん


最近は内緒で隈元さんのこと

ずっとくまさんって呼んでる

心優しい森のくまさん


退院してすぐ熱で寝込んでいる時に

澪様が早く良くなりますように、って

書置きと一瞬に

ゼリーを作ってくれていたの


冷蔵庫に私の好きな桃のゼリー


秋久さんが買ってきてくれた桃のゼリーを

私が喜んで食べていたのを知って

秋久さんの買ってくれたのがなくなった後に

わざわざ手作りで

新鮮な桃を使って作ってくれたの


お店のより美味しく感じた


凄く嬉しくて

ありがとうって書置きを書いた

いつも本当にありがとうございますって簡単なお手紙、


それ以来

ほぼ毎日、おやつが作って置いてあるの

私が食べきれる、ほんの少しずつの量で


誕生日の翌日には

小さな小さなホールのショートケーキ

苺じゃなくて桃の


HAPPY
BIRTHDAY & MARRIAGEって

チョコプレートまで飾り付けられた、

お店のみたいな可愛いメモリアルケーキ


書置きのメモには

お誕生日おめでとう御座います

並びにご結婚おめでとう御座います、って


くまさんはパティシエにもなれる、

何でもこなす主婦の憧れのヒーローみたいな人


今日はプリン、

ほろ苦いカラメルが美味しくて

幸せで

優しい気遣いが嬉しくて


くすぐったくて、ふわふわする



プリンだけじゃなくて

朝食も昼食も

今日の夕食も、凄く美味しかった


いつもいつも

ありがとう、優しいくまさん




兄さんが心許す人、

自分のテリトリーに入れる数少ない人は全員

みんな本当に心優しい素敵な人、


こんな私にまで、

みんな優しくしてくれる


兄さんに接するのと同じように

私のことも大切に丁重に扱ってくれる


尊い有難い幸せ、


本人への感謝もそうだけど

こんなに素敵な人ばかりに会わせてくれる兄さんに

こんなに素晴らしい生活をさせてくれる兄さんに

何よりも感謝の気持ちでいっぱい


何の不自由もなく、

豊かな日々を与えて守り続けてくれて


温かい優しい幸福いっぱいの毎日にしてくれて

本当にありがとう、兄さん



全てにおいて

心からありがとう

2019/02/21(Thu) 21:58 

◆no title 

私の身の周りの環境が変わっても

たとえ何があっても

絢斗さんを想う気持ちは変わらない


何一つ、

ほんの少しも変わることなく

決して色褪せることなく

私はいつまでもずっと

絢斗さん
あなたを心から愛してる


何も変わらないよ

私は今日も、絢斗さんが大好き


絢斗さんを愛す心は

いつの日も永遠に消えないの



お誕生日おめでとう

絢斗さん

生まれてきてくれてありがとう


愛してる

2019/02/20(Wed) 19:32 

◆no title 

16日は夜、
秋久さんと皐さんがお家に来てくれた

夕食を待つ時間

ソファーで
兄さんの膝枕でうとうとしてたら


ちょうど来客を知らせるチャイムが鳴って


インターホンで

マンションのエントランスに繋がるカメラを見たら

皐さんがカメラに向かって
にこにこふわふわ手を振ってた

後ろには誰かと電話してる秋久さんもいて



兄さんは見るなり溜息をついて

ああ、もう、

こうなるとわかっていたから

家には上げたくなかったのに、って



通話にして

そのまま入って、ってだけ煩わしそうに、


皐さんは少しも気に留めた様子もなく

はあーい
ふふっ、ありがとうたあくん、って

インターホンから
可愛いご機嫌な声が聞こえた



少し経ってから

秋久さんと皐さんが家に来てくれた


リビングへ来るなり真っ先に

みぃちゃん、って
皐さんは私に駆け寄って抱き締めるの



お誕生日おめでとう、って
結婚おめでとう、って騒ぎながら

ぎゅうぎゅう抱き締めて
頬に頬擦り、


ソファが揺れそうなくらい激しいハグ、

しまいには頬にキスまで、何度も


恥ずかしくて嬉しくて

言葉にならなくて、擽ったくて


この前会った時より
もっとご機嫌な皐さんが何よりも面白くて


ただただ笑ってしまった


兄さんは


皐さん

せめて除菌消毒くらいはして、って

そんな外の汚れを

存分に纏った体で澪に触れないで


澪の体に毒だから、って



まったく、

まさかこんなに早く邪魔してくるとは思わなかった、


新婚初日だよ

何考えてるの、って


うんざりした様子で呆れかえってたけど

私は早々にまた皐さんに会えて嬉しかった


皐さんは聞こえなーいって

私を抱き締めたままにこにこふわふわ微笑んでた



澪、

僕からもおめでとう、って


遅れてリビングに入ってきた秋久さんは

沢山の荷物を持っていて


お祝いに、って

ワインとシャンパン、



あとはみんなで食べる食事、


それから結婚祝いと


私への誕生日プレゼントまで




前もって準備して下さっていた事に感激した

嬉しくて有難くてどうしようもなかった



皐さんは


昨日は幸せな日になった?


たあくんもあきちゃんも私も

みんなこの日を待ちわびていたの


みぃちゃんの大切なお誕生日、

たあくんとみぃちゃんがやっと結ばれる日、


おめでとう、おめでとうって

何度も何度も抱き締めてくれる



泣く暇もないくらい

柔らかい皐さんの胸に顔が埋まって


とにかくテンションの高い

一人で喋って賑やかに騒ぎ続ける皐さんが可愛くて


それなのにそんな皐さんの様子を

冷めたように呆れたように受け流す兄さんの反応が

余計に面白くて


秋久さんは慣れてるのか

黙々と食事や乾杯の準備、




賑やかで優しくて温かくて

心から幸福を感じたの


ほんとうに全てに対して

感謝の気持ちでいっぱい


本当にありがとう



ありがとう

2019/02/19(Tue) 01:48 

◆no title 

入籍した




昨日は夜中

眠っていたら





澪、起きて、って優しい声



目を開けたら兄さんが

私を腕枕したまま私の頬撫でてた






柔らかく穏やかに微笑んで兄さん


起きた?、って




私は薬を飲むと

すぐに目を覚ますことが出来なくて

目覚めが悪いから



また目を閉じて首を振って

なあに?って虚ろに聞いたら



ちょうど兄さんのスマホから

アラームが鳴って


その瞬間

額にキス、



澪、

お誕生日おめでとう、って




時計を見たら

12時ぴったりだった


2月15日0時0分、





ちゃんと目を開けて

しっかり兄さんを見たら

兄さんの瞳は潤んでた


手を伸ばして

頬を撫でたら


兄さんは涙を一粒零して微笑うの





澪、

ありがとう、って




よく今日まで、

生きていてくれたね



澪、


お前は俺の天使、


俺だけの救い、




お前だけが

俺に幸福と喜びを齎してくれる



澪自身が

お前そのものが、俺の幸福、



何もせずとも

何もなくとも

お前が俺の隣で生きてくれる、


ただそれだけで

俺は心から幸福だと言えるよ




いつもありがとう



澪は澪のまま、

その心のままで

いつまでもどうか


俺だけを愛していて、




お前という天使が

この世界に

俺の元に舞い降りてきた奇跡に



心からの感謝と祝福を、




澪、


愛してる




生まれてきてくれてありがとう、って





涙が出た


何にも代え難い幸せだった





その後


もう一度眠った後


朝から

兄さん美容師さんまで自宅出張を依頼して

私のヘアメイク、


髪がゆる巻きのふわふわになって

顔も可愛いチークでふんわり色付いて


兄さんが買ってくれたワンピースと良く合って


クリスマスにプレゼントしてもらった、

ハリーのピアスとネックレス付けて


靴はジミーチュウのシンデレラシューズ、



お姫様になった気分だった



薬指には

婚約指輪と、結婚指輪、



ピンクダイヤモンドのハートが眩しく輝いて


結婚指輪のブラックダイヤは

兄さんのようにシックで、


左手の薬指に

いつも兄さんを感じるような、黒の輝きに


兄さんの左手の薬指にも同じく輝く黒に


満たされ、心まで幸福に眩しく輝いてた



今日は送迎の担当の田中さんにはお願いせずに

兄さんのプライベートの車で


二人きりで、市役所へ向かった



兄さんは運転中も

ずっと片手で

私の手を握ってくれていた



降りてからも

恋人繋ぎで手を指を絡めたまま、


見つめ合いながら


一歩一歩幸せを噛み締めながら




役所に提出した婚姻届、


受理されたときには



やっぱり幸せすぎて


また涙が出た、



ほんとうに夢みたいだった、





兄さん愛してる、


生涯ずっと、


生まれ変わってもずっと


惟人兄さんだけを永遠に心から愛してる







綺麗に着飾った身のまま


自宅にお店の人を呼んで

夜はフルコースのディナー、



前もって予約して

依頼してくれていた兄さんのサプライズ、


白いシェフの服、帽子を身に付けた料理人さんが

私と兄さんの為だけに、振る舞ってくれる特別な食事


家が家じゃないみたいだった




それでもまだ誕生日プレゼントまで、




真っ白なピアノ、

グランドピアノ


私が密かにずっと欲しいと思ってたもの、


一度手放して

それでもずっと未練が捨てきれなかった




ピアノがずっと

弾きたかったの




どうしてわかったの?

誰にも言ったことなかったのに


使ってない空いていた洋室に

白いグランドピアノ、



気に入った?、って兄さん



防音整備まで整えてあった










浴槽いっぱいに浮かんだ薔薇、


贅沢な薔薇風呂に二人で入って




人生で一番幸福な夜を過ごした




生きてきて一番の一日だった


幸せな幸せな誕生日だった



今日のこの日は永遠に忘れない、




今日からは

生まれてきたことを懺悔する日じゃない、




大切な兄さんとの、

心から愛する兄さんとの結婚記念日、





私の一年で、

二番目に大切な特別な日、





勿論一番目は兄さんのお誕生日



大切な愛しいあなたが

この世に生まれてきてくれた何よりも尊い奇跡の日、







愛してる




兄さん


ありがとう





心から愛してる、兄さん













健やかなるときも、


病めるときも、


喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、


貧しいときも、


兄さんを愛し、


兄さんを敬い、


兄さんを慰め、


兄さんを助け、




この命ある限り、

真心を尽くすことを誓います






惟人兄さん、


愛してる







ありがとう

2019/02/16(Sat) 14:46 

◆no title 

兄さん

バレンタインのチョコまでくれた



昔からバレンタインは

兄さんが私にくれて


私はホワイトデーに渡す



本当なら逆の筈だけど


昔からの習慣で

今も変わらない



色んなスイーツ店のチョコ、

有名なショコラティエが手掛けるチョコとか

沢山の種類を

私がどれも少しずつ味見できるように

いつも2、3粒のショコラを

それぞれ違うお店で抜粋して


毎年沢山のチョコをプレゼントしてくれるけど



どんな有名なものより

どんな高価なものよりも、何よりも


私はやっぱり
リンドールが一番好き


リンツのリンドール、トリュフチョコレート


どこにでも売ってる、
とても安価なものだけど

私はそれが一番好き


スイスのチョコレートブランド会社の、

スイスチョコレート



大きな丸いトリュフチョコレートで


口に入れて

少し噛むだけで割れて


中からトロトロの滑らかなチョコが溢れて

口の中いっぱいに広がって

香り豊かで口溶けが濃密で


甘い甘い幸せ、


海外のチョコだから
とても甘いのに

あとは引かなくて

食べた後は口の中すっきりしていて


でも一粒が凄く大きいの


口は大きい方じゃないから

一粒丸々頬張ると
口の中チョコでいっぱいで
溺れそうになるけど

半分に割って食べちゃうと
おいしさが半減しちゃうから

溺れないように
口から溢れないように
一生懸命食べるの

その瞬間が幸せ


とにかくすごく私は美味しいと感じる、


リンドールが一番好き、



味覚がお子ちゃまだから

高価なチョコレートは複雑過ぎて

あまり美味しいと思えないの

チョコはとにかく甘いのが好き



今年は兄さん

正規スイスのリンツのリンドール、

バレンタイン限定ギフトの
可愛いボックスに入った、リンドール

100個入りのものをプレゼントしてくれた


他にも色々なチョコをくれたけど

リンツが一番嬉しい、



バレンタインじゃなくても

何もなくても

リンドールはいつも買ってきてくれるけど


改めてこんな風に

バレンタインとしてもらえるのは嬉しくて、

可愛いリボンのボックスが可愛くて


だけど100個は多過ぎると思うの



食べきれないよ、って言ったら



俺も手伝うよ、って



何言ってるの兄さん

兄さん甘いもの好きじゃないのに




甘いもの嫌いなのに?って聞いたら



澪の口から、


お前の唇からもらうから、って




チョコを味わっているのか

兄さんとのキスを味わっているのかわからないくらい

いけない食し方をしてしまった



口付けとチョコの甘さに


すっかり酔ってしまって




大好きなリンドールの味も

とてもいやらしく感じてしまった



甘過ぎるよ兄さん





兄さん





ねえ兄さん、


兄さんは

わかっているのかな





私がリンドールが好きなのは


兄さんが一番初めにくれたチョコだからなの






私がもつ一番古い記憶の幼い兄さんが

澪、

口開けてごらん、って


幼い私の口に入れてくれた、チョコレートだから





だからリンドールが一番好き


そんな風に兄さんにもらって

生まれて初めて食べたチョコレートだから


美味しすぎて驚いたのを今でも覚えてる


小さな頃から

食べるもの、飲むものまで全て徹底的に管理されてた


病気のこともあって

ちゃんとした食事以外は

殆ど口にしたことなんてなかったから


世の中にはこんなに美味しいものがあるんだって感動した




あの時のあの味は一生忘れない、






大好きな兄さんが初めて私にくれた、


幸せな甘い甘いチョコレートだから






兄さん


ねえ兄さん大好き



大好き

愛してる、兄さん





今年も素敵なバレンタインをありがとう

2019/02/14(Thu) 18:05 

◆no title 

昨日


兄さんが
無事帰って来てくれた

会いたかった、寂しかった



兄さん鍵持ってるのに

わざわざ家のインターホン鳴らして


澪、開けて、って


おかえりなさい、って迎えたら


玄関へ入るなり

私を抱き締めて



ああ、澪、


会いたかった、って微笑んで


私の髪、首筋に顔埋めて

深呼吸するみたいに深い息、


たった二日なのに

兄さんが同じ気持ちでいてくれている事が

何より嬉しかった


嬉しくて

なんだか恥ずかしかった



兄さん

俺ももう歳かな、

ずっとジムにも行けていなかったから

もう体がばきばき、


慣れない事はするものではないね、って


私に寄り掛かるの


何したの?って聞いたら

すぐにわかるよ、って優しく微笑んで


私の頬包んで顔を固定して

澪、ただいま、って唇に甘いキス


兄さんの温かい手が

寒さでとても冷えていて


少しでも温めたくて手を重ねた


兄さんは柔らかく微笑んで

ありがとう、って




先に風呂、入ってくるね、って



所々少しだけ潔癖な兄さん

少しでも外に出たら必ず直ぐにシャワーを浴びる


そのままリビングとか部屋に

絶対に一歩も入ったりしないの


必ずシャワー浴びて

新しい服に着替えてから部屋に入る


朝起きた時も一番にお風呂、

昔からの兄さんの習慣


私も元々お風呂は大好きだったけど

兄さんに影響されて
何かあると直ぐにお風呂入る癖がついてしまった


お湯張り、

ちゃんと熱めにしておいてよかった


使用済のお洋服、洗濯に出そうと思って

兄さんのスーツケース開けたら


出掛けた日に来ていた服とか殆ど無くて

でも帰って来た兄さんは
ちゃんと違うお洋服だったから不思議で


脱衣所から兄さん

澪、服は泥で酷く汚れてしまったから

そのままホテルで捨てたよ、って


物に執着の無い兄さんは
直ぐ新しい物に取り替えちゃう

愛着のある物以外は簡単に捨ててしまうの


あのニットもパンツもジャケットも
兄さんによく似合ってて好きだったのに

捨てちゃうなんて勿体ない


だけど
どうして泥?、って

その時は思ってた


お風呂に入ってる間

風邪引かないように
身体の中も暖めて欲しくて

熱いコーヒーの準備しながら待ってた


兄さんお風呂から帰って来て


澪、俺の事はいいよ

お前はちゃんと安静にしてて、って私を抱っこして

寝室に連れて行こうとするから


一緒にいたいのって我が儘言って

ソファに降ろしてもらった


出迎えて
コーヒー煎れるくらいさせて欲しいのに

過保護過ぎて困ってしまう



煎れたコーヒー飲んで


澪、お土産だよ、って玄関から

持って帰って来た沢山の紙袋抱えて

ソファーの近くに置いて


私の事もう一度抱っこ


そのまま隣の一人掛けのソファーに兄さんが座って

私は兄さんの膝の上、





けれどその前に少し充電させて、って


お姫様抱っこの体勢のまま

少しの隙間もないくらい抱き寄せて


澪、って私の首の裏捕まえて

見つめて微笑んで、啄ばむような口付けの後


熱い深いキス


離れていた二日間を埋めるような濃密な時間



キスに溺れる私の瞳を見つめて

兄さんはとろけるような微笑みで


かわいい、

寂しかった?って聞くの


寂しかったに決まってるのに


恋しくて寂しくて

兄さんに抱き締めてもらう事ばかり考えてた


二日間、
秋は優しくしてくれた?

何をして過ごしていたの?


ちゃんと楽しく過ごせた?って、


頬撫でて顔中にキスの雨、

いつも優しく労ってくれる兄さん


大好き


きっと私が言わなくても

秋久さんから事細かに聞いてるはずなのに



二日間、秋久さんはずっと優しかった

二日目は秋久さんの奥さん
皐さんも来てくれた


沢山優しくして下さって嬉しかった


秋久さんは

変に私が気を遣って疲れないようにって

カウンセリングのお話の時以外は

別の部屋で過ごす事が多かった


書斎でずっとお仕事されてたよ


たまにココア作ってくれたり

一緒に映画見たりお話したり


私は一人で部屋で安静にしている時は

沙月ちゃんに返事を書いたり

ずっと幸せだって日記に書いてた


こんなに幸せな毎日夢みたいで、

少しも忘れたくなくて消えないように


全部大切に書き残してたの

そんな風に過ごしてた、って伝えたら


いい子、って唇にキス、




けれど

どうかそれ以上、秋には懐かないで、


皐さんなどは特に駄目、

俺以外に心開いてはいけないよ、って


首筋に唇寄せて
わざと音立ててキスマーク付けるの


でも私の面倒を見るよう、

毎回秋久さんに頼むのは
兄さんなのにって言ったら



自宅の鍵を渡せて、

お前に何かあった時適切に対処出来て、

決して澪を害さない相手、


全てにおいて信頼を置ける人材が

生憎あれしかいないから仕方なく秋に頼んでいるだけ、


お前が憂いなく、

幸せに過ごしていることに何ら異議はないけれど


秋や皐さんの言動で、

お前の心が揺れ動くことが

どうしても割り切れない


澪が泣くのも笑うのも

俺の前でだけ、俺の事だけでいい、


俺の居ない所で、

誰にも笑ったりしないで


秋のことは
ただのホームヘルパー、

ハウスキーパーとでも思って、って


からかうような口調で

冗談なのか本気なのかわからなかった


不思議そうな私のこと

ふわふわとろとろに溶かすみたいな口付け


しっとり離して

唇が触れそうな距離のまま見つめて

悪戯に笑って



俺とのこんなことも、

日記に書いてるの?って、耳元で囁くの


掠れた低い甘い声、

勝手に体がゾクゾク震えてしまった




見たいな、って

追討ちを掛けるように囁くの



お前は言葉にして声に出して

感情を表現する事など滅多にないから


こうして俺がお前に触れる時、


澪は何を感じて、何を考え、

何を求め望んでいるか全て知りたい



あれはお前が自らの意思で

誰に宛てるものでもない言葉で綴る

紛れも無い澪の本心、



もう一度垣間見れば

歓喜に理性を失って、衝動に任せて

俺はお前を


抱き潰してしまうかもしれないな、って


囁く声が

夜の兄さんみたいで


あの日から本当に

兄さんの接し方が明らかに変わったの


まるで溺愛する恋人を愛でるような

蜂蜜やお砂糖の塊みたいな甘い甘い対応、


以前のようなペットとか
兄妹にするような軽い優しいスキンシップから

とても性的な濃密な触れ合いになった



このまま此処で
食べられてしまうんだって思って

ぎゅっと目を閉じたの


だけどいつまで経っても

口付けも愛撫も降ってこなくて


頭上から
優しく微笑う声が聞こえて


ごめんね

抱かないよ、今日はまだ、って


怖がらせてごめんね、って


優しい声で
優しく頭を撫でてくれる
優しい兄さん



安心して、澪、


お前の日記も、

あれ以来見てないよ


今後もよっぽどのことが無い限りは

二度と勝手には見ないと約束するよ


お前が大切にする、数少ない心の拠り所を、

俺の身勝手な独断で、冒したりなどもうしない、


無断でお前の心に踏み込んだりしないから


お前の思うまま、

この先も、好きに自由に書いて、って


あんな風に

心を吐き出せるようになったのは良い傾向だよ、って



けれど

お前が書いている心情を見て

とても驚いたんだ、って微笑むの


澪は


お前に向けられた他人の言葉を、

あんな風に一言一句全て正確に覚えているの


時間が経ってから

あれ程までに正確に書き出す事

中々出来るものではないよ、って


瞬間記憶に優れているんだね、って



そんなの、

何でもない事なのに





耳が悪くなった頃から


言葉少しも取り零さないように

相手の伝えたい事ちゃんと理解出来るように、


唇の動きと聞こえる声、

視界に入る相手の仕草とか感じるもの全てに


強く神経を集中させる癖が付いてしまって

忘れたりしないように意識してたら


不思議と人との会話は

殆ど覚えていられるようになったの




どれも尊い、大切なものだから


どんな瞬間も、

二度とない幸せな宝物だから



でも流石に
大切なところだけ抜粋して書いているだけで

自分の返事とか些細な会話も
24時間一日中全ての会話を覚えている訳ではないのに


いつもどんな小さな事も
大袈裟に褒めてくれる兄さん、


甘やかし過ぎだよ

恥ずかしい



他愛もない穏やかな空気、

幸せに笑っていたら


兄さんは私を見つめて

どこかまた遠い目をして
物思いに耽って


感傷的な瞳、


何か話したい事があるんだって、


こないだ言っていた話し合いの時間だって、

すぐにわかったの


凄く怖かった




澪、





あの日記には、

お前が紡いだ優しい言葉の羅列には、


澪、


俺の名前、

俺の事ばかりだった


疾うに失くしたと思っていたものが目の前にあった、って


兄さんは私をきつく抱き締める






俺は初めて、あんなにも、

真正面から、嘘偽りないお前の心を知って、


酷く動揺した



お前が退院した日、理央を殴ったあの日、

何故あれ程までに暴力的な感情に呑まれていたか、


怯えて恐怖に震える澪を前にしても

何故感情を抑えられなかったか、


お前の顔もろくに見れないほど

何故怒りに身を任せていたか



殺してやりたかったのは

理央だけじゃない、



俺は何よりも、


今も尚お前を傷付ける俺自身を

許せなかったんだ、って



私を抱き込んだまま

穏やかではない声、


兄さんあの日のこと、

退院した日のこと、

凄く気にしてるんだってわかった


どうしてそんなに気にするの…

どうして?


冷たい兄さん、確かに凄く怖かった

嫌われたんだって、恐ろしかった



だけど

それでもあの日、

あれがあったから今こんなに幸せなのに、


兄さんがあんな風に
一度ちゃんと突き放してくれたから

私は勇気を出して、

やっと、

やっと想いを伝える事が出来たのに


兄さんの苦しみ、悲しみ、

やっと手に取り、知る事が出来たのに、


まだ過去に苦しんでる兄さん、

どうして…、






澪、




十年前、京都のバーで

変わり果てたお前を見つけたあの日、


決して、もう二度と、

澪、お前を二度と傷付けはしないと、

あの日心に誓ったのに


守り抜くと、

大切に慈しんで幸せにすると誓ったお前を、

誰より苦しめていたのは


今も昔も、

他でもない俺自身だった、って



悔やみ続けるの



兄さん

ねえ兄さん、

私が兄さんの事ばかりと
兄さんは言うけれど

兄さんこそ
いつも私の事ばかり、

私の心ばかり、


たとえ傷付いたって、どんなに苦しくても、

兄さんがいてくれるなら私は幸せなのに


それに何より

あの日のことは全部私が悪いの


理央兄さんの事、

黙っていた私がいけなかったのに


今までの事だって全部そう、


こんなに拗れて解けなくなったのは全部、

私が誰にも何も、何一つ伝えてこなかったから


優しいあなたが気に病むことなんて

もう何一つないのに、






澪、



誰との、何のことを言っているか、

わかっているはずだよ、澪、って


額と額触れ合わせて


息が届く、とても近い距離のまま

兄さんは目を閉じて、優しい声で


私を促すの




ついにこの時がきてしまった、

聞きたくなかった、少しも、何にも



だけど



澪、


ほら澪、


澪、

言って、澪

お願いだから
たった一度だけでいい、

直接お前の口から、聞かせて





十年前、

俺を一度諦めたのは何故?




あの日から今日までずっと、

俺の何がお前を不安にさせてたの、



優しいお前は誰を思い、何を憂いて

何故これまでずっと、頑なに孤独を選んできたの、って




触れ合う額、頬を包む両手から

兄さんの温かい命が伝わってくる



その名前を口にしたら、

温もりごと全部無くなってしまいそうで


今のこの幸せが全部、

夢だったかのように儚く消えてしまいそうで




私はいつまでも

有耶無耶にしておきたかった



今以上の幸福なんてないと思っていたから


このまま十年前のあの日のことは


パンドラの箱は、

開けずに忘れていたかったの



大丈夫だと、

何もないと首を振ったら


澪、

駄目だよ


いい子だから、

言ってごらん


澪、

きっとお前を楽にしてあげられる


澪、聞かせて


お前を楽にしてあげるから

必ずお前を幸せにすると誓うから




愛してる、澪


お前だけを一心に、



今この瞬間だけでもいい、

目の前にいる、今の俺を信じて、



俺の愛を信じて、

どうか教えて、澪





どうか俺に、


最初からやり直す機会を与えて、って懇願するの





瞼を開けて私を見つめる兄さんの瞳は


あまりにも真っ直ぐで切実で誠実で、

何の嘘偽りも少しの陰りもなかった


一心に私だけを映してた、












ゆきこさんのこと、って言った




言ってしまったの






一度口に出すと、

もう止まらなかった、





私は生まれて、気が付いた時には、

もうずっと兄さんだけが特別だった


惟人兄さんだけ、



大好きだから




兄さんの、お嫁さんになりたかった、





なれると思ってた…




ねえ兄さん






兄さん




私のこと、


あの頃ずっと嫌いだった…?



離れたかった、?

うんざりしてた…?



優紀子さんと駄目になったから

あの日私を探しに来たの…?


私の所為…?


私の所為で駄目になったの…?

私がいなくなったから私の背中の事気にして、
私に償うつもりで、

だから大好きな優紀子さんの事、諦めちゃったの……?




兄さん

特別な人がいるなら

もっと早くに言って欲しかった、



邪魔したりなんてしないのに、

ちゃんとおめでとうって私言えるのに、


兄さん私、

そんな事も出来ないくらい子供じゃないよ

そこまで馬鹿じゃないの…


困らせたり、しないよ

仲を引き裂いたりなんてしないのに


信じて欲しかった、

言って欲しかった、

あんなに綺麗な優紀子さんがいるなら、



私の18歳のお誕生日の日、


あんな風に私の事、特別な場所で特別みたいに

触れないで欲しかった


優しく抱いたりして欲しくなかった、


初めてのやり直しなんて、いらなかったの


そんなものとっくに失っていたのに、


誰に捧げたのかさえもわからないくらい、

私はもう汚れていたのに


ねえ何の意味があったの、?

兄さんは優紀子さんと結婚するのに、


優紀子さんの兄さんに、そんな事私望まない、


私はあの時、

私だけの兄さんだと思っていたから初めては、

最初で最後兄さんだけでいいって、


兄さんがよかった、って、望んだの、


優紀子さんがいるのに

応えたりして欲しくなかった、


期待させるような事、しないで欲しかった


ちゃんと言ってくれたら

私ちゃんと諦められたのに、


もっと早くにわかっていたら、

あんな事望まなかったのに、


優し過ぎるの、兄さん


勘違いしてしまう、

同じ想いだって、思ってしまってた、


大切な人がいるなら


ただ性欲を解消したいだけなら

いっそ乱暴にして、傷付けて欲しかった、



周りと同じように、

冷たいまま、何も要らなかったのに、って






そんな風に

泣いて恨み言をぶつけてしまった、


こんなのただの八つ当たり、

見当違いも甚だしい、浅はかな、酷い暴挙、



兄さんは何にも悪くないのに

優しい兄さんが悪いんじゃないのに


こんな汚い私を

私はずっと消したかった、


だから聞きたくなかった、

だから何も話したくなかった、


心の奥底、汚れた仄暗い場所で、

いつまでもどうしても消えてくれなかった恨み言、


一番知られてはいけない大切な人に、ぶつけてしまった



こんな私の所為で兄さんは可哀想、

こんな事言われて




兄さんが可哀想



だから嫌だった怖かった、

絶対に話なんてしたくなかったのに、





それなのに

私が兄さんを責めてしまう度に

兄さんは





ああ、そうだね、

その通りだね、


俺は最低だね


ごめんね、澪、って


私を抱き締めたまま

優しく私の頭を撫でて、背中をさすって、


優しい声で優しく相槌を打って

優しく優しくあやすの



私が言葉を重ねる度に

そうだね、

ごめんね、って何度も何度も、






優しい瞳で

優しく微笑むの、兄さん


いっそどこか嬉しそうで、


泣き嘆く私を見つめて




よく言えたね、って


澪、

今日は沢山喋れたね


いい子だね、澪

やっと言ってくれたね、って





堪らなく幸せそうに微笑むの






けれど、澪、


お前はこんなになってもまだ、

まだ俺の特別が優紀子だと、信じて疑わないんだね、って



困ったような声で、






いじらしい子、



俺の不始末で

お前は一体どれほど傷付いたの




十年経った今でも変わらず

お前があんなにも優紀子の事を気にしていたとは思わなかったんだよ


疾うに過ぎた事だと思っていたんだ、


ごめんね、澪、って





話の内容や謝罪よりも、




兄さんの口から何度も何度も、

大好きな兄さんの声で、

何度も優紀子さんの名前、聞きたくなくて

そんな意地悪、口にする唇さえ見たくなくて

きつく目を閉じたの





ああ澪、

泣かないで、って


濡れた瞼や目尻に落とされる沢山のキス、

どこまでも優しい兄さん、


いっそ憎らしくて

反抗するつもりで首を振ったら


兄さんはくすくす喉鳴らして微笑ってた

どうして嬉しそうなの、兄さん




澪、




かわいい、

いつからそんなに泣き虫になったの?


頑なに心閉ざしてた日の澪とは別人のようだね

可愛い澪、って


唇にも甘いキス、




ああ、けれど

違うね


俺が気付いてやれなかっただけで、

お前は誰にも見せない心で

こうしてずっと一人、泣いていたんだね


強くなろうと、お前が心掛けただけで、

お前が思い悩む状況は

あの日から

今も何も変わりはしなかったのに、



今日まで俺はずっと、

愛するお前の心を

ずっと殺め続けていたんだね



ごめんね、澪




澪、



ちゃんと話すよ、俺のこと、

優紀子のこと、って





呼ばないで、って咄嗟に言ってしまったの


優紀子さんの名前

そんな声でそんな風に呼ばないで

聞きたくない、って



口に出してしまった瞬間に後悔した、


こんなの呆れられるに決まってる、


せっかく兄さん

話をしようとしてくれているのに

こんな下らない、小さな事、

面倒だって、嫌われちゃうって、

途端に怖くなった




だけど兄さんは


瞳瞬かせて輝かせて





なにそれ可愛い、ってまた微笑うの


綻ぶように






そんな事初めて言ったね


そんな事言えるようになったの、




かわいいね


そんなにも俺が好き、?


名前を出すだけでも、もうだめなの…?



そんなになる程我慢してたの、


ああかわいい、

もっと言って、


もっと聞かせて、澪、って


嬉しそうに微笑んでくれたの



微笑みながら

また私の顔中にキスの雨


そんなの夢みたいで、

そんな反応が返ってくるとは思わなくて、


気恥ずかしくて

からかわないで、って言ったら




ごめんね


喜んでいる場合ではないね





ちゃんと話をしようね、って



見つめ合って



意を決したような

だけどどこか苦しそうな兄さん




澪、


ごめん



ごめんね澪、

俺は何もかも、

最初から間違えていたんだ、って瞳が曇る


またきっと昔に思いを馳せて、

心の中で自分を責めてるの


今に帰ってきて欲しくて、
少しの隙間もないくらい抱き着いた、


兄さんはそんな私を見つめて

やんわり軽く微笑んだ後



澪、

俺を愛してる?


俺が何を話そうと、何を言おうと、

愛想尽かさないと、どうか誓って、って


とても真剣な瞳、

覇気に押されて、

問い掛けの意味もよくわからなくて

私が兄さんの事嫌いになるわけないのに

今更どうしてそんな事って

戸惑いながらも頷いたら




兄さんは緩く首を振って



駄目だよ

ちゃんと言って、澪、


お前の言葉で聞かせて知らせて、




俺をどうか

安心させて、って、



愛してるって言った日から

兄さんは言葉を求めるようになった
何度も何度も、


いっそ過剰なほど

私の心の中の兄さんへの愛を、


声に出して、言葉にして、

兄さん本人に届ける事、求めるの


退院した日何十回と伝えたのに


もっとだよ、って

いつまでも許してくれない


恥ずかしいのに



だけど

あまりに一心に見つめるから


あいしてる、って

唇を重ねた、自分から


兄さんを嫌いになるなんてありえないんだってこと、

わかって欲しくて


私を見つめたまま身を任せる兄さんを抱き締めて

何度も何度も唇に、



顔が熱いのが自分でもわかった


兄さんは満足したのか

少しだけ深く口付け返した後


包み込むような微笑み浮かべて


ありがとう、って


俺も愛してる、澪、って





それから

私と兄さんの十年間のすれ違い、

十年分の答え合わせが始まったの



ずっと履き違えていたんだ

澪、

俺とお前は、根底は同じ


お前は俺に、


俺はお前に、

ずっと見限られ見放されるのが怖かった



秋が見舞いに来て、

お前が泣いた日のこと、





秋の言葉、秋の見解で

頑なに秘めていた心暴かれて

お前は泣いていたね




あの日日記に書いたことを覚えてる?



あれを見て俺は、


あまりに罪深い自分自身を目の当たりにして

強く、死にたくなった、って



とても悔いた、苦しそうな瞳で私を見つめる





お前の心に対する秋の分析は

予々合っていた様だけれど


俺の事に関しては

秋の認識には少し、誤りがあるかな



澪、



お前や秋が思っているような、



俺はお前に嫌気が差したから

優紀子と婚約したのではないよ



寧ろ優紀子を

お前の隠蓑にしようと思ってた、って




瞼閉じて

額と額触れ合わせて、

また息が届く距離で、兄さんは瞳を閉ざしたまま


聞いて、澪、って






俺はね


幼い頃から

お前を愛してた



ずっと異性として、

妹や家族ではなく、


一人の女性として

心から愛していたよ



優紀子じゃない、


澪、お前だけをいつの日も、




お前が大好きなプリンセスは

俺にとっては澪、お前のことで


俺はずっとお前の王子になりたかった


生涯でただ一人、

俺にはお前だけで十分で、

お前さえいればそれで幸せで、


最初で最後、この愛さえあればいい、


俺は澪への愛だけで良かった、って




宝物に触れるみたいに、

私の頬を優しく撫でる






けれどお前は


お前は俺を、

ずっと兄として見ているんだと思ってた




おかしいだろう、

俺がお前を傷付けたあの日まで


お前は俺にいつまでも、

この先も優しい兄を求めていると、思っていたんだ、って



遠い過去を振り返って

途方に暮れたような顔、





私が兄さんのこと、

家族みたいに思ってるってこと…?

家族として慕ってるって思っていたの?って聞いたら


そうだよ、って




この前も話したけれど


澪、


お前は俺が気が付いた頃にはもう

理央や一族の歪んだ欲望の生贄で


あの頃

まだ何の地位も権力もない無力な俺では

お前を完全に助けてやる事など出来なかった




大人など何一つ信用出来ないと絶望したよ


お前のことを穢れた血だと、散々蔑み忌み嫌う一方で

夜になれば幼いお前を犯すんだ、

守るべき筈の大人が、


まだ幼児とも言えるような子供の澪を、




穢れているのはどちらだと、


あまりに低俗で劣悪で非道で、


あんな連中は人間ではないと、

鬼畜の所業だと、醜い獣だと思うのと同時に、



そんな血が俺自身にも流れている現実が、

何より恐ろしかった、って



自嘲のような笑みを浮かべるの

聞いて悲しくなった、

私なんかのことより、兄さんのこと、


兄さんがそんな風に思っていること



血や遺伝子は、

必ずしも精神を左右し人格を形作るものではないのに


私の大切な兄さんを、

どうか他の人達と一緒にしないで欲しかった



これまでも

何度となく感じてきた、兄さんの絶望は


私や誰かの否定や慰めで覆るような、生半可なものではない


あまりに悲しくて、

言葉に出来ない、





高校を卒業して、

大学入学でお前は葵を追い出されて、


やっと一人で暮らすようになった頃には


やっと穏やかな夜を

お前が迎えられるようになった時には

もう手遅れで


母を亡くして

父から酷い暴行を受け続けて


処理出来ない程の苦痛をその心に溜め込んだお前は


澪の心はもう疾うに、

とても修復出来ないほど蝕まれていた



その頃からだよ

澪が記憶をなくすようになったのは、って


兄さんは苦々しい顔、

悲しい瞳で私を見つめる





こんなに寂しい愛しい人を置いて、忘れて、

何も思い出せない無神経な自分が

心底憎らしいと思った







何故貴秋の事だけは覚えているのか

今でも理解したくないけれど


とにかく理央の事も他の誰の事も


他の事すら、


耐えきれない辛い事は全て、


お前は何も無かったように忘れてしまった



代わりに毎日夜になると

酷いフラッシュバックに苦しむようになった



お前ではない澪が

俺の前に現れる、


お前は覚えていないよね、って


今兄さんの目の前にいる私に意識を戻して


頬撫でて

何も言えない私に優しく儚く微笑むの



いいんだよ

忘れていて欲しいから、って



包むように抱き締めてくれる



胸に抱き込んだまま


けれど澪、

俺は

あの頃の澪を思い出すのが何よりも辛い、って




お前の生死が

一番危ぶまれた白血病よりも、



何よりも、

いっそ忘れ去りたいとさえ思うのはあの頃の澪


痛ましくて不憫で

とても言葉では表現出来ない、



あれほどの地獄を一身に受けたお前は


この先異性を愛する事なんてないと思った



欲望の対象にする事自体が

澪への冒涜だと思った


俺だけはお前を犯す訳にはいかない

一寸もお前に俺の性を感じさせてはいけない



けれど

そう自制すればするほど


兄として、

妹を傷付けられた怒りや絶望ではなく、



自分のものを奪われたような嫉妬の感情、

浅ましくもお前に触れたいと思う欲望を抑えきれずに


結局は、

俺までお前を抱いてしまった、って



まるで大罪を犯したような口振り、

悲しかった、



兄さんは


勿論幸福だったよ、って




けれど

俺はお前の肉体だけを求めているのではない


抱きたくて

愛したのではない


お前のすべてを

心から愛しているからこそ


まだ何一つ救ってやれていない状況で

抱きたくなどなかった


愚かにもお前に、

俺だけは違うと、絶対的存在だと、

思っていて欲しかった


辛い地獄を紛らわし、孤独を慰める為に

兄と慕っているはずのこの俺に


触ってくれと泣いてせがむ澪が不憫でならなかった



これでは理央や貴、

お前を凌辱する連中と何も変わらない


俺はそんな俺自身が何より許せなかった



お前を穢す度に

心底己に吐き気がしたよ


俺まで獣に成り果てたら

お前はいつか生きる事に絶望すると、


俺だけはお前を守らなければいけない、


壊れかけた澪の傍に居る為には

兄でいるしかないと思ったんだ、





一方的に愛していると告げたところで

それにお前が応えるとは思えない、




それならばいっそ

男女の愛でなくとも、


お前が求めていた母の愛、父の愛


その身に注がれるべき筈だった家族愛を

俺が与えればいい、と





けれど澪、



俺は間違っていたね、って


私の頬包んで額や髪を撫でながら

私の瞳を覗き込むの




本当に兄として側にいるつもりなら、

お前には指一本触れるべきではなかった


俺のその曖昧な言動が

結果的にお前を何より苦しめてた



俺の不始末で

お前はずっと


あんなにも悩んでいたんだね、って




ずっと俺のせいで

お前は心痛めていたの?




あの日から


俺が愛を乞う度に



お前はその心で、泣いてたの?、って




ごめんね澪


ごめん、って







守ることばかりに意識を向け過ぎていた、


俺はお前を見縊っていたから


こんな世の中、

お前にとっては生き地獄でしかないと思い込んで、


鬱ぎ込むお前の絶望にばかり目を向けて、


お前にはちゃんと強い意思があること、

自分の心で幸福を手にする力があること


俺はお前の心を、

知ろうともしなかった



型に嵌めて決め付けて

ひた向きなお前の心を踏み躙っていた、


ごめんね、って


泣きそうに微笑って

謝罪と懺悔を重ね続けるの




兄さんの優しさに涙が溢れた、

兄さんの言いたい事はよくわかった、だけど

首を振って違うよって訴えたの、


だって兄さんは他の人とは違う、

私の中ではとっくに絶対的存在だった、

何もなくても唯一無二の存在だった


私は兄さんが好きだったから抱いて欲しかったの

家族として好きだったんじゃない

慰めて欲しくて求めていたんじゃない、

獣だなんて、思うはずないのに


私は兄さんと一つになった時

こんなに幸せなことなんてないと思ったのに


SEXとレイプの違いくらい私にだってわかる、


どうして兄さんは、
私に触れる事、そんなに罪みたいに思うの

兄さんは優しい、

優しい綺麗な温かい兄さん、


好きにならない方がおかしい、

愛さない訳ない、



今も昔もずっと、

こんなにも兄さんは優しいのに、って


泣いて訴えた



たった一度でも言葉にしてくれていたら、

愛してるって言ってくれたら、って

訴えかけた私の言葉を遮って被せて、





言えば信じたの?、って兄さん




悲しく微笑うの




伝えればお前は信じてくれた?


それならどんな状況で、どんな風に言えば


何をどう伝えれば、

お前は受け入れてくれたのか


俺に言ってみせて、





一生消えない酷い痣をその背に齎した俺が、




どう言えばよかった?



たとえどれほど強く訴えかけても、

お前は信じない、


決して応えてはくれない、


お前に火傷を負わせてから


俺が気に病むからと、

澪は俺に近付きもしなくなったのに



あれから笑ってくれなくなったのに


告げてしまえば、もっと早くに、

お前は俺の前から消えていただろうね



どう足掻いても、

贖罪だと、罪滅ぼしだと撥ね付けて

遠ざけられるのが目に見えてた、



澪、


現に今の今まで、

お前はそう思っていた筈だよ




只でさえ、

八方塞がりとさえ言えるようなあんな状況で、



今にも消えかかりそうなお前との関係を

変える勇気など俺にはなかった、



詰めて壊して、失うくらいなら

あのままでいいと思ってた、





何よりも澪、

俺は優しくなどない、



優しくなどないよ、って



瞳逸らして憎々しげに、

疲れたように笑うの



お前は知らないから、


お前は俺を優しいと、

いつの日も変わらずそんな風に、

あまりに無垢な目で見つめるから


だからこそ、

兄以上にはとてもなれないと思った


決して踏み込んではいけないと、

いつまでも罪の意識が消えなかった、


お前は汚れを知らない、って


責めるような怒っているような瞳で、






お前は俺を、

いつの日も神か何かかのように崇めるけれど


忘れてはいけないよ


言っているだろう、


俺には、葵の血が流れてるんだ

あんなにもお前を虐げた、人間どもの子供だよ


あの環境で育ってきたんだ、

狂っていない方がどうかしてる、


俺がぎりぎりのところで堕ちなかったのは


澪、


お前が俺を見て、

いつの日も笑ってくれたからだ


お前がいたから俺は道を踏み外さず歩んでこれた


今も昔も、本質は何ら変わりない、

理央や乃亜、お前の父や俺の父だった人と、


穢れた、呪われた血は

俺の方なんだよ、澪、って





何を言っているんだろうと思った

兄さんは何をそんなに、
何にそんなにも怯えているのか

兄さんは優しい、

それは変わらない事実なのに






俺にとって、澪こそが聖域、

曇り翳り一つない、純白の天使だった、



決して手放せない、


失えば二度と戻らない、


代わりなどいない唯一無二の尊い存在だからこそ


俺の身勝手な欲望で

お前を危険に晒したくなどなくて


汚れた俺の体液が

幼気な澪を侵す行為のおぞましさに、


沸き出す浅ましい感情に、

俺はどうしても耐えきれなくて



だからずっと


お前には極力触れないようにしていた


けれど…、って




躊躇う兄さん、


私を見つめて

悲痛に瞳揺らして



けれど澪、


俺は、


貞操を守るにはまだあまりに若かったから

お前に対する禁欲の反動もあって


どう扱っても

何の罪悪感も湧かない相手との行為は気楽で、





愚かにも俺は溺れた





お前に謝罪すべきは優紀子の事だけではない、


あたかも正常であると装っているだけで

俺だって狂ってる


標的が決してお前には向かないだけで

俺は紛うことなき葵の人間、



他人への感情が欠落しているんだ



どんな女性も、

俺にとっては何の価値もない、ただの肉の塊だった


思いやりなどあったものではない、


人格や心など興味がなかった

完全に道具だと思ってた


男にはない柔らかな肉体を好きなように扱って

気紛れに優しさや情けを注いで、下らない言葉並べて


飽きたら捨ててた、って




けれどその所為で、

大切なお前に危害が加えられるようになっていた


防いでいた筈だった、


上手く守っていたつもりだったのに


それが発端だったなんて、


俺の不誠実が根源で

お前が大学を退学したなんて知らなかった


あの日

お前を傷付けた所為だとばかり思っていた

それだけだと…、



お前が書いていた、

あんなに酷い目に遭っていたとは、思わなかった





お前が受けていた、

心無い嫌がらせや陰湿な虐めは

俺が原因、



ごめん、澪、





ある程度、

相手の本質を見抜けるようになってからは


僅かでもお前を害す相手とはすぐに切って

後腐れのない関係をずっと重ねていたつもりだった






お前には、



俺だけでいて欲しいと願うのに、



俺は澪を裏切っている自覚が、少しもなかった




俺の中でお前以外との行為はSEXではなく、

ただの自慰行為のような認識でいた



愛以前に

何の感情も伴っていない、

性欲を解消する為だけの、

謂わば排泄のようなものだからと、








脆い器の儚い天使を


汚さない、壊さない為には、



仕方ない事なんだと


可笑しな言い訳を並べていた




こんな醜い、歪んだ俺を

澪、お前だけには知られたくなかった、って



悲しそうに苦しそうに目を閉じるの

泣いてるみたいだった




兄さんこそそんな風に、

いつも心の中で
泣いていたんじゃないかと思った


ずっとそんなことで苦しんでたの?




涙が出た、



泣く私を怯えたように見つめて、



澪、

俺はお前が思っているような、

綺麗な兄さんではないよ

優しくもない、



貴のように、

お前を救うことすら出来なかった、




お前が俺だけに心許すよう、

言葉巧みに俺だけを植え付けた、ただの卑怯者、



怯えて遠ざけられるのが怖くて、

言葉にする事すら出来なかった酷い臆病者、



幻滅した?、って


ばつが悪そうに

苦笑い、浮かべて


瞳揺らして後悔滲ませるの、



そんなの、する訳ないのに






そんな事、とても小さな事、



なんでもないこと、






だってそんなもの、

私が兄さんから奪ってきたものに比べたら


兄さんに与えてきた悲しみや痛み

背負わせてきた苦しみに比べたら、


全部なんてことないことなのに、





兄さんあなたは優しい



優しいの、


幼過ぎるあの頃から感じていた、

今もそう感じるこの感情は、私だけのもの



私だけの産物、


兄さんがたとえ何を思い、

何と言おうと兄さんは心清らかな優しい人




私の中で絶対に変わらない覆せない事実


そこだけは譲らない、





そんな優しいあなただから、


そんな兄さんだから



私はあなただけを愛してるの、







必死にそんな事ないって首を振って

出来る限りの力を込めて兄さんを抱き締めた






事務所を設立した頃からかな、


母だった人が

あまりに縁談ばかり持ち込むから


それで優紀子と

渋谷と付き合った



煩わしい親族を欺く、ただそれだけの為に、って




わざわざ私が言ったこと気にして



優紀子さんのこと、

名字に呼び変えてくれる兄さんが愛しくて、



何よりも愛しくて、何よりも尊かった



ほら、兄さん


あなたは優しい、こんなにも








渋谷は

あれは仕事も完璧で

ビジネスパートナーとしては最高の人材だったから

好意を寄せられて断る理由もなかったし


今はそうは思わないけれど

あの頃は渋谷も若かったから


小柄な所と

声が少しだけ澪、お前に似ていた



渋谷に対して

少しも好意がなかった訳ではないけれど

正直打算しかなかったかな


愛などなかった


世間体や母や親族を黙らせる為に

そのまま結婚しようと思ってた


その頃はまだ、

お前が望まない限りは

葵の戸籍から出るつもりもなかったから


俺にとっては

結婚さえお前を守る手段で


籍さえ入れれば

後は適当に子供でも産ませて、

両親親戚の面倒を全て渋谷に押し付けるつもりでいた


葵の監視や毒牙が届かない場所に澪を匿って

俺は単身赴任や別居婚のような形を取って

お前と二人だけで暮らすつもりでいた




澪、


お前の崇拝する兄さんの頭の中など、

所詮こんなものだよ


こんな醜悪な目論見、

下劣極まりない思考で埋め尽くされていたんだ



自分でも酷いものだと思うよ


渋谷自身の幸福や心など、

端から眼中になかったんだ


澪のことだけ、


いつまでも澪の望む兄として、

お前の側にいようと思ってた



共に過ごせるなら夫でなくとも


壊れる心配のない関係なら

たとえ婚姻関係を結べなくとも


お前を側に置いておけるなら、

形式や関係性なんてどうだっていいと思ってた


澪の望む形で、一生を共にするつもりだった



勿論渋谷には少なからず

人生を奪って利用し犠牲にすることに対して

流石にある程度は罪悪感はあったから


求められれば出来る限り応えたし

抱いていないとも言わないよ


強請られれば何だって買い与えた


あの日嵌めていた指輪も

渋谷が選んだもので


俺は冷え切った両親を見て育ったから


どちらかと言えば

あの頃はまだ、ああいった物に関して

あまり何の重要性も意義も感じてはいなくて


ただ渋谷に望まれるまま身に付けてた










何もかも描いたシナリオ通り、


俺は完璧に事を運んでいるつもりだった、って




兄さん私を見つめて

また苦い顔で、


けれど

そんなものは幻想だったと、


あの日思い知らされた、って









婚約を交わした日の食事に

渋谷が秋を呼ぶとは思わなかった



まさか秋がお前を連れてくるなんて思わなかった、って微笑うの





お前を傷付けるとは思わなかった


俺を兄だと認識している筈の澪が、


あんな顔をするなんて

思ってもいなかったんだよ、って




二十代までは特に


お前以外は取るに足らない物だったから


俺の手段で、

他の人の大切な誰かを傷付けている事の罪の重さを、


もっとよく理解すべきだった





嫉妬深く気が強い性格で、

そんな渋谷に秋は心を寄せていた事に


もっと目を向けるべきだった、って





全部秋久さんの言っていた通りだった、


もういいの、って

話さなくていいって言ってしまいたくなるくらい

兄さんは憔悴していて


疲れたように自分のこと嘲笑うの


一つ一つ振り返りながら自分のこと

自分がしてきたこと、


強く呪っているんだろうなと感じた



惟人があの日のこと、

どれほど悔やんでいるか知らないだろう、って、


前に秋久さんが言っていた言葉が


手に取るように理解出来た




だって私を見つめる瞳が探してるの



私の瞳の奥を

見つめるような目、






兄さんの瞳は



あの日の私を、今も探してた






あの日、

俺と渋谷が寄り添う姿を視界に入れた時の澪の表情、


俺と渋谷の薬指に光る婚約指輪を映して翳る瞳、


けれどそれも

あまりにほんの一瞬だったから


俺は選択を誤った

少なくともあの日お前を離すべきではなかった



優紀子を置き去りにしてでも、

澪を追い掛け、引き留めるべきだった


あの日ほど己を呪ったことは無いよ、って





間違いなくあれは、

あの日の澪は、

澪、お前ではなかったのに



お前はあんな風には笑ったりしないのに



渋谷の婚約報告に、

渋谷からの強い牽制に、



一切動じず

嬉しそうに笑って祝福するものだから




あまりに穏やかに

俺と渋谷の幸福を祈ってくれるものだから


違和感を確信に変える事が出来なかった






けれど確信したのは

お前が席を立って

先に秋と帰ってから、





その時漸くはっきりと気付いた、って




目を閉じるの、

苦しそうに深い呼吸を重ねて、


今でも鮮明に覚えてる、って




真っ白な布に

微かな鮮血が散っていたんだ


お前のテーブルナプキンに血が滲んでた





両手の平に爪が食い込んで血が出るまで


澪、お前は心を殺して微笑っていた事に気付いて、








その後は…、




もう電話も繋がらない、



家に行けば貴が、


お前を探していた、




その日の夜は、


俺は一睡も出来なかった



もう疾うに何もかも手遅れだった、

その日から澪は行方を晦ませて


漸くやっと俺へのお前の愛に

気付いた頃にはもう

澪、お前の心を失っていた、って



震えた手で

私の頬を包むの、


今にも涙、零れ落ちそうな瞳で




澪、ごめんね、って





ごめん、って





何をそんなこととすら思えた、



血なんて身に覚えもない、

頭の片隅にもない、そんなこと


そんなことすらあなたは気にして悔やんで呪って…






あなたが抱える負の感情、


記憶も、思い出も、私の存在ごと全部、



いっそ奪って全て消し去ってしまいたいとさえ思った



だって本当にもう何も、

気にして欲しくなんてなかった


今すぐ忘れて欲しかった、



兄さんの悲しみ、後悔、絶望を前にしたら、

私はなんてくだらないことをしてしまったんだろうと思ったの


消えるべきじゃなかった、

心殺し続けても側にいるべきだった



兄さんだって、

こんな心清らかな優しい人だって、


いつもいつも完璧に生きれるわけではないのに



過ちだって犯す、

選択を誤ることくらいある、



そうやって成長して歩んでいく、


そんな風に生きていくものなのに



裏切られた気になって

こんなに優しい人を置き去りにしてしまった




せめてたった一言、

私は兄さんが好きだと、


言えばよかったのに




どこまで罪深いのか

私はいつだって、


私は私のことばかり、


ごめんなさい、兄さん


ごめんなさい……






素晴らしい見限り方だと、

散々期待させておいて捨て置くなどとは、



俺ですらそんな惨い真似は出来ないと、

あの貴にすら称賛されたよ、って

微笑うの



まさにその通りだと思った、

お前の想いに気付いてからは

俺がどれほどお前の心を踏みにじったか


お前との日々を思い返せば思い返すほど

なんてことをしたんだと、


毎朝目を覚ます度に

俺は俺を殺めたくて堪らなかった、って



私こそ、

兄さんにそんな思いさせてる自分を

亡き者にしてしまいたい、



あまりに罪深くて

もう兄さんの顔が見れなかった





世間体ばかりを取り繕うお前の父や葵の圧力で

捜索願も出せずに、月日ばかりが過ぎて、



秋は責任を感じて、


秋だけは、ずっとお前を探してくれていた


最初にお前の居場所を突き止めたのは秋だよ


俺は自分が仕出かした過ちに

ひたすらただ溺れて潰れていたから


仕事さえろくに手に付かなかった


一方的に婚約を解消したのに


若き女性の華やかな貴重な時間を奪い、

弄んだとも言える俺をそれでも渋谷は見限らず

献身的に会社の為に尽くしてくれた


あの頃を支えてくれた秋と渋谷には

今でも頭が上がらない、







けれど、やっとの思いで見つけたお前は、


穢れた下界に身を堕としていて

女性だとばかり思っていたあの社長の玩具に成り果てていて、



何よりも、


お前は俺を見ようともせずに

携帯ばかり、


無機質な機械ばかり気に掛けるようになっていた




絶望した


遂に恐れていた日が来たと思った、


異性ではなく、同性に癒しを求める澪に、



俺ではない人に愛を告げる澪に、





俺はとうとう見限られたんだと思った




お前はもう、

俺を許す日など二度とこないと、





だからずっと、

踏み込む勇気がなかった、






もう一度、

愛して欲しいなどとは、



とても言えなかった、






あの日、

お前の日記を見るまでは、




お前が俺の心を拾い上げて、

愛してると告げてくれるまでは、って









兄さんは


頬を包んだ手で

俯いた私の顔を持ち上げて


瞳覗き込んで、


澪、って



澪、


あの日以来、渋谷とは

何の関係も無いよ


あれはとっくに俺の事など相手にしていないよ


今ではとても誠実な夫を尻に敷いて

三人の子供を溺愛している立派な母だよ、渋谷は


俺の精神が歪んでいて

頭の思考回路がぶっ飛んでいること、


そんな俺に囚われているお前のこと、


今となってはいっそ哀れだと、


俺という悪魔への、

生贄にしか思えないとさえ言うようになった


俺自身も、

渋谷には何の未練も

何の感情もないよ


あの日ちゃんと別れてる



元鞘に戻ることなど

あり得ないんだよ、澪、って



優しく微笑んでくれるの




もう随分前から

涙しか出ない私とは裏腹に


いつのまにか兄さんは復活していた


憔悴は消えていて

目の前の私を見つめて


やっと過去から帰ってきてくれていた


穏やかに吹っ切れたように

爽やかに優しく微笑ってくれるの



私の瞳を覗き込んで



今度は沈んだ私の心を、

掬い上げてくれる、





澪、


自分を責めるのはやめて、

どうかもう何もかも水に流して、


そんな顔をさせる為に話したのではないよ、って



瞼、頬、額、目尻

慰めるような優しいキスの雨、








お願いだから最後まで聞いて、


ちゃんと聞いて、



澪、


勤務中

四六時中渋谷を同行させていたのは


俺が会社を手放すから




事務所は渋谷と渋谷の夫に

託すことにしたんだ、って



後を任せられるのは

あれしかいない、って



驚愕に見開いた私の瞳を見つめたまま

楽しそうに

驚いた?、って微笑むの




二十歳の頃から

趣味で始めた投資の利益が

三年で本業より遥かに上回るようになって


近頃はもう

本業の方が片手間になっていて



これ以上の収支は

管理にも手間が掛かるから


他人と接する事が第一の本業より、

画面に向き合うだけでいい株やFXの方が楽なんだ、って




会社も弁護士も

そろそろ潮時だと思ってた


仕事とは言え

見ず知らずの他人の弁護に駆けずり回る間に

俺は何度も澪、お前を失いそうになった



お前を守る為に俺は今の職に就いたのに

お前を置いて忙しなく働く事に憤りしかなくて


二、三年前から

経営管理全てを渋谷と夫、

夫婦二人に引き継ぐ為に、



だからずっと渋谷と

行動を共にしていたんだよ


お前は二人きりと

勘違いしていたようだけれど


この間の出張も、

渋谷と渋谷の夫、三人で行っていた


長かったそれも

漸くやっと片付いて


全部手放して、


漸くお前の為だけに、

時間を割く事が出来るよう整えたのに



俺はまたお前を見失うところだった





況してや


たった一歩、違えていたら、


俺はお前を、


永久に失うところだった、







澪、


ちゃんと言っておけばよかったのに、



もっと早くに

こうして伝えておけばよかったんだ、



それなのに驚かしたくて

喜ぶ顔が見たくて、

全てを完璧にしてからお前の誕生日に、などと計画して、



愚かにも、

傷付けてしまっていた




ごめんね澪、


ごめん、って


ほんの少しだけ瞳濁した後、

真っ直ぐに見つめて



澪、って


優しく私を呼び掛ける、





澪、


けれど澪



これからは、

仕事は自宅で出来るんだ



週に何度か家を空けることはあるけれど


パソコンやスマホさえあれば

お前を抱き締めながらでも出来る仕事だよ、って




もう二度とお前から離れない


二度とお前を離さないと誓うよ




澪、



澪、





長い間一人にしてごめん



寂しかったね


ずっと一人で苦しんでいたね



何度も傷付けたね



泣かせてごめん、



不安にさせていた事、


どうか許して欲しい



今日からは


ずっと一緒だよ、って




何度となく誓うよ


二度とお前を傷付けたりしない


二度と澪を離さない、って








もう涙が止まらなかった





私を抱き上げて、そのまま腰を上げて

私だけをもう一度同じソファに下ろすの兄さん


兄さんは床に膝をついて

私の目の前に跪いて


優しい手で私の涙を拭う





優しい温かい瞳で


真っ直ぐに見つめて、





澪、


かわいい、澪


泣かないで



澪、


俺はあれ以来

お前を裏切ってないと、誓うよ



誰も抱いてない


縁談も見合いも

一夜限りの関係も、


お前が傷付くような事は何もかも

全部撥ね付けてきた



もう一度お前に、愛して欲しくて、


その一心で生きてきた




俺は澪以外を愛したことなど


生きてきて、ただの一度もないよ





お前がもう一度心開いてくれるまで、



今日この日を、


俺はずっと夢見てた




気が遠くなるほどの長い時間


俺はずっとこの瞬間を待ちわびていたんだよ












澪、



俺と結婚して








もう一度俺に

心を捧げて、って





一心に見つめたまま、





側に置いていた沢山の紙袋から


箱を取り出すの、



信じられなかった、






ぼろぼろの、


黒い小さな、



四角い箱、






一目見ただけでわかった、


魂が震えた、



開けられたその中には





私があの日埋めた、


兄さんへ渡したかった、指輪、











最初は業者に頼もうかと思った


けれどこれだけは

自らの手で捜し当てるべきものだと思ったから



お前の真心を傷付け、

壊したのは俺だから


どうしても一人で探したかった



他の誰でもない俺の手で


今度こそお前の心を見つけ出し


救い出したかった、って



微笑む眩しい兄さん、









プラチナの平打ちのリングに

私のものにも兄さんのものにも一石ずつ、



真っ黒ではなくて、

ほのかに透き通ったような、

内側から輝くようなブラックダイヤが一石だけ、




世界に一つの、ペアリング、






兄さんの手に届くことなんて


一生ないと思ってた、




探してくれたの……?


私の日記を見て、あの日のこと気にして、

どんな思いで、、



具体的にどこかもわからない、

広いアイスバーグの下、掘り返して



見つけ出してくれたの…、?




私が捨てたあの日の私ごと、探して求めて、


一体、どんな思いで、、、





出掛ける前、


どうしても

探したい物があるんだ、って


俺の不始末で、一度失った物、って兄さんの言葉


帰って来てお風呂の時、

泥で汚れてしまったから、って兄さんの言葉


あの日、


どうしても、
やらなければいけないことがある、って



それが終わったら、話をしよう、って


十年分の話をしよう、って兄さんの言葉



全て繋がってキラキラ輝いて、




今までのこと、

幼い頃から今日までのこと


兄さんとのこと



全部眩しく輝いて、




溢れる感情、


もうとても言葉に出来なかった




あの瞬間に感じた、幸福、



どんな言葉を尽くしても、到底足りない

どんな言葉にも見合わない、


兄さんの愛、兄さんの存在全て、



いっそ神様からの贈り物のようにさえ思えて


尊くて、大切で、奇跡で、夢のようで、


言い様のない心の激情、



あまりの幸福にもう苦しくて、



兄さんが愛しくて愛しくてたまらなかった、





顔を覆って

嗚咽にしゃくりあげて泣いて泣いて、


泣きじゃくって


それでも止まらなくて、




澪、


俺を見て、って



顔を覆う私の両手を遠ざけて

涙でぐちゃぐちゃの酷い顔の私を見つめて

嬉しそうに、幸せそうに


泣きそうに微笑む兄さんの顔が

滲んでぼやけて、ちゃんと見れなかった


焼き付けたかったのに、





ブラックダイヤモンドは

不滅の愛、


兄さんは他の人とは違うから、

兄さんは特別だから

だからブラックダイヤなの、



あの日私のもとに届いた時と、

埋めて捨ててしまった時と何も変わらない、


十年経った今でも変わらず綺麗、

兄さんと同じ



美しい、心清らかな優しい兄さんに

相応しいと言える美しいリング、




兄さんも

綺麗だね、って




十年も経って、

流石に少し錆びて色褪せていたけど


使われている素材の質が素晴らしいものだから

簡単なクリーニングで直ぐに綺麗になった、と


自社の物ではないのに

贔屓にしてくれているからと


ハリーのショップの担当さんが

特別にメンテナンスしてくれたよ、って



箱から指輪を取り出すの




澪、って





澪、


お前を失って漸く気付いたんだ








今なら分かるよ

指輪の重要性、




永遠を誓うから必要なんだ


お前との不変を

形として残して、


いつの日も決して忘れる事のないよう、


絶えず身に付けて、


今日の誓いが

少しも色褪せることのないよう、





二度と外さない為に、


必要なんだね、って



私の指に私の指輪、

嵌めてくれるの、




十年も前の指輪、

まだちゃんと、ぴったりだった、





残った兄さんの指輪を見つめて


私を見つめて




澪、

ありがとう、って



澪、


お前はあの頃から


こんなにも俺を

愛してくれていたんだね





ありがとう


俺を愛してくれて、




一生大切にする


生涯外さないと誓うから



どうか俺にもう一度



どうか捧げて、って




私の手に指輪の箱ごと手渡して握らせて

私を見つめる、




紙袋からもう一つ、箱を取り出して



今度はリボンと包装で

綺麗にラッピングされた小さな箱






それとこれは俺から、って



HARRY WINSTON


開けた中身は


ピンクダイヤモンドの

ハートシェイプ クラシックリング、




婚約指輪、


前もハリーで作ったけれど

お前は身に付けてはくれなかったから


今思えばきっとあの頃も、

渋谷の事をお前は気にして


だから頑なに付けてくれなかったんだろうね


どうしても、ちゃんとやり直したくて





澪、


ピンクダイヤには、


完全無欠の愛の意味が込められてる、


あとは完結された愛、ゴールの意味も、



俺のお前への愛に相応しい、


可愛いお前に相応しい物を選んだつもりなのだけれど…



気に入った?



今度こそ身に付けてくれるかな、って


窺うように見上げる兄さん



もうほんとうに、息が出来なくて…


過呼吸を抑え込むだけで精一杯…



この時の感情は

本当に言葉に出来ない、


目の前の兄さん


兄さんを愛してる、



私の全身の細胞がそう訴えてた





元々誕生日に渡すつもりでオーダーしてた


場所やタイミングも色々考えてはいた、



けれど理央の事があって

お前が書いている日記を見て、


お前が俺に初めて

愛してると告げてくれた、今が



何もせずとも

今がその時だと感じたから、って




跪いたまま

私の手を取って

左の手の甲に口付けを落とすの

王子様みたいに、


私を真っ直ぐに見つめて







愛してる





澪、

俺だけの天使、



俺はお前を愛す為に生まれてきたんだと


俺だって、

幼い頃からそう確信出来たほど





俺は心から


澪を愛してる





俺と結婚して下さい






お嫁さんになって、って




答えは、そんなの、


YESでしかなかった







惟人兄さん、

兄さん、兄さん兄さん




大好きな兄さん


世界中の優しさ全てを集めて出来たような人、




十年経っていても

ちゃんとぴったり嵌まった兄さんの左手の薬指に

兄さんの指輪、


夢のようで、





それからその後も暫くずっと


お嫁さんにしてくれるの…?


兄さんの、お嫁さんに、って何度も聞いた






ああ、澪


世界で一番の、


幸せなお嫁さんにしてあげる、って





もう今が既にそうだと思った、


今この瞬間が、

世界で一番私が幸せだって、



世界で一番の幸せ者だって、


胸を張って言える、




こんなに素晴らしい人が

どうして私なんかを選んでくれたんだろう


どうしてこんなにも愛してくれるんだろう



私の幸福は

ずっとここにあった



この人に愛してもらうために

これまでがあったように思えた、



全て意味のあることだった



こんなに近くに天国があった




とても言葉に出来ない、





神々しい尊い兄さんを見つめて


兄さんの指に嵌まった指輪見つめては


自分の左手の薬指にも嵌められた、


眩しく輝く、

結婚指輪と婚約指輪見つめて


泣きながら微笑う私を見つめて



兄さんも一筋だけ涙零して



慈しむように

幸せそうに綻ぶように微笑んでくれる




声が枯れて二度と出なくなるくらいまで、



あなたがいて幸せだと、


あなたを愛してると、


声に出して届けたかった






指輪だけじゃないの、


沢山の紙袋の中には、

あの日割ってしまったグラスの代わりに、って



ペアグラス、

色んな種類のものがいくつも、





今度は簡単に割れてしまわないように


少し頑丈な物を選んだよ、って



割ってしまってごめんね、って





それから

真っ白のふわふわのワンピースも、




先生には内緒で

明後日はこれを着て、

靴はこの前渡したシンデレラシューズを履いて、

俺はスーツで

市役所に行こう



二人で車で、市役所に行こう、澪



籍を入れよう


明後日、15日に、


お前の誕生日に



澪、



お前が自身を一番呪う日も、


俺との結婚記念日になれば



お前はその日を

必ず愛してくれるから、って






そっと渡してくれたのは


婚姻届、



兄さんの欄は

綺麗な兄さんの字で完璧に記入されてる婚姻届、


保証人は秋久さんと皐さん





勿論式は6月、

秋や皐さん、
本当に大切な人だけを呼んで


最高に幸せな式を挙げよう



欲を言えば俺は澪、


お前と二人だけ、


澪のウェディングドレスは、

俺だけが拝みたいくらいだけれど、って





その後直ぐに、

自宅に届いた花束も、



薔薇の花束



108本の赤い薔薇の大きな大きな花束、




108本の薔薇の花言葉は


「結婚して下さい」





その日、最後まで


私の涙が止まることはなかった、



目や瞼が腫れて真っ赤になって

ろくに目も開けていられないくらい


体中の水分全部出し切るくらい泣いた



兄さんはずっと抱き締めて

背中撫でて頭撫でて髪撫でて頬撫でて

顔中に優しい口付け、


優しく微笑むの




私にはあまりに過ぎた幸福だった





兄さん愛してる、




兄さんの瞳が好き


綺麗なかっこいい顔、姿形が好き

微笑む顔が好き

笑った時に綻ぶ目尻が好き


宝石のように綺麗な涙も好き


私の為に泣く兄さんが好き


色白でしなやかで

だけど関節や血管の張った綺麗な手が好き


深爪に整えられた細い長い指が好き


ジムで鍛えてる体が好き

細身なのにちゃんと逞しい筋肉が好き


薄い唇が好き


上品な白い歯、赤い薄い舌、

私を食べちゃう口の中が好き



澪って呼ぶ声が好き


他の人呼ぶ声も、


秋久さんの事、秋って親しげに呼ぶ声も好き


あやしてくれる甘い優しい声が好き

ベッドの中での掠れた低い声も好き


私の事簡単に抱き上げる腕が好き


すぐに抱っこするところが好き


兄さんは私のこと
抱っこ出来るコアラか何かだと思ってる、

スキンシップが激しいところが好き

いつも私を抱き締めてくれるところが好き

それなのに
人との距離感は気薄なところが好き

警戒心が強くて
知らない人にはすごく冷たいところさえ好き

なかなか心を開かないのに
数少ない大切な人には優しいところが好き


休みで家にいる日は

一日中抱き締めたまま離してくれないところが好き


癖のある口調が好き

兄さんの紡ぐ言葉が好き


すぐに両手で私の頬を包み込む癖が好き

子供に接するみたいに甘やかす仕草や言葉が好き


高価な物でも

簡単に捨ててしまうところも

物に執着がないところも

買い物は凄く思い切りがいいところも


食べ方が上品なところも

字が綺麗なところ、

運転しているところ、お仕事している時、

本や書類を読んでる時


PC眼鏡掛けてる時、スーツ姿、

スーツを脱ぐ時、ボタンを外していく時、

スーツに身を固めていく時

ネクタイを締める時

ネクタイを外す時、


誰かと電話で話している時の少し冷たい声も

怒っている時も、敬語も、


眠っている顔も

髪をワックスで撫で付けている姿、

疲れた顔、眠そうな顔


珍しく酔った時、体調を崩した時、

たまに強引過ぎるところも、嫉妬する時も


私の服も下着も靴も鞄もアクセサリーも

身なりも髪も全部、

全部兄さんの好みで揃えちゃうところも


いくら洗い落としても

毛の奥に汚れが残っているようで嫌だからって、


髭とか腕とか脇とか足とか

無駄毛じゃない産毛すらも全部、


全身という全身を永久脱毛しちゃうくらい

たまに病的に潔癖なところも大好き


それなのに

キスは沢山してくれる兄さんが好き


軽いキスも

啄ばむようなキスも愛撫のようなキスも

いやらしい深いキスも


凄く上手で好き


合間に漏らすリップ音、わざと漏らす声

煽るような囁きも好き


書けないような濃密な、

私を抱いてる時の兄さんが好き


爪も毛と同じ理由で

爪と皮膚の間に汚れが溜まっているようで嫌だって言って

何度か血を出すほど深く切り過ぎてしまう、

少し行き過ぎたところも


女の人みたいに丁寧に丁寧に

ヤスリで爪先を整えてぴかぴかにして

満足そうに眺めてるところも


可愛くて好き


私には過保護過ぎるくらい心配性なのに

自分の不調や痛みには凄く鈍感なところも好き




学生の頃にたった一度だけ

この目で耳で見た事聞いた事がある、


他の女の子を抱いていた、あの時の兄さんさえも



優紀子さんのものだった、あの日の兄さんも



幸せじゃない瞬間の兄さんも

どんな瞬間の兄さんも


まだ私の知らない兄さんも


全部好き




そんな風にすべて、


あなたを形作り、物語る、全ての兄さんが大好き

優しい兄さんが大好き



兄さんのすべてを、


心から愛してる、




十年分の話をしようって言われた日からずっと


捨てられるんだとばかり思ってた、

優紀子さんのところに行ってしまうんだと、


ずっと怖かった、って



そう伝えたら、


うん、そうだね

俺もそう思っているだろうなとは思っていたよ、って



けれど

今日まで誤解を解かずとも、


今度は逃げ出さず、

何処にも行かずに、




お前はちゃんと俺を、待っていてくれた



俺を信じて、

愛してると告げてくれたね



澪、


ありがとう、って



愛してる、って



眩しく微笑む優しい兄さん、




違うよ



違うの、兄さん


私が、ありがとうなの、



ありがとう、は、私の方





生まれた時から


出会った日から

今日までずっと、


いつの日もずっと、いつまでもずっと、



ほんとうに、


いつもありがとう兄さん



ほんとうに本当にありがとう、




兄さん


生まれてきてくれてありがとう


私を愛してくれてありがとう





愛しい愛しい私だけの兄さん


ありがとう


愛してる、






惟人兄さんだけを心から愛してる









溢れるほどの愛を込めて、




ありがとう、兄さん

2019/02/14(Thu) 07:49 

◆no title 

秋久さんのカウンセリングの時

聞いたの



兄さんは手術のことに関して

何も言わない


心臓、治るかもしれないのに


先生からその話が出ても

どこか後ろ向きで


あまり良い反応は返ってこない



理央兄さんとのことも

退院してからほとんど一度も話さなかった



兄さんは

どこかまだ怒っているのかもしれない



手術のこと、

心臓が治るかもしれないこと、

嬉しくないのかも


治って欲しくなかったのかも



理央兄さんとは


あの日どうなったのか、


理央兄さんはどうしているのか知りたい



理央兄さんに、会いたいって言ったら


兄さんは私を嫌いになってしまうのかとか



幸せな心の隙間で


もやもやしていた思いを


少しだけ口に出したの




最近漸くカウンセリングの中で、


なにかを話したり出来るようになった



これまではずっと返事すら

頷くことすら出来なかったのに



秋久さんとのカウンセリングでは


はい、か、いいえ、以外の答えまで言えるようになった





秋久さんは


私のペースに合わせて


私の心に合わせて


ゆっくり、ゆっくり、

優しく心を開かせてくれる



言わなくても

瞳だけで察して


私が楽になるように、そっと促して


消化させてくれるの





こんなの初めてだった


重い気持ちが少しずつふんわり軽くなるの




だけど今日は


私の言葉に


痛ましそうに瞳揺らして



澪、






落ち着いて聞いて、って






あなたを強姦した義兄は


あなたと共に命を絶つつもりだった

あなたを道連れにして、死ぬつもりでいたんだよ、って



守るように

優しく包むように、


抱き締めるの



嘘だと言って欲しかった



労わるように私の頭撫でながら




悲しいけれど本当、


端からそのつもりであなたに近付いてる



義兄本人の口から

惟人が聞いた話、




これ以上言えば

惟人は許してくれないから黙っているけど




本来なら

殴る蹴るではとても足りない、



立派な犯罪、

法の裁きを受けるべき事柄



許される事ではないんだよ、澪、って






気付くのが後ほんの少しでも遅れていたら

惟人はあなたを永遠に失うところだった




そんな片割れの言葉を、

鵜呑みに出来ると思うの、



第一彼だって、

潔白無実でも何でもない


あなたにしてきた仕打ちは

どちらの義兄も

何も変わりないのに



その場しのぎの猛省の言葉で

見逃せる域はもうとっくに越えてる、


僕なら、とてもあの程度では済まない




惟人はよく堪えたと思うよ、って






もう何の言葉も出なかった、



今すぐ兄さんに会いたかった


会って兄さんを抱き締めたかった、





澪、


惟人がもし澪と同じような人生を歩んできたとして

同じ目に遭ったとして


それで惟人を失うとしたら



大切な惟人を害した人間を

あなたは許せる?


家族だからといって、

何をしても許される訳ではないよ





惟人に義兄の話は

出来れば暫くは、控えてやって、って




窺うように

申し訳なさそうに

私が傷付かないように慎重に言葉を選んで



秋久さんは明かしてくれたの






私の知らなかったこと、


率直に知れてよかったと思った


兄さんを傷付けてしまうところだった




きっともう二度としないと思う


悲しいけれど


忘れようと思った、

理央兄さん乃亜兄さんとのことはもう




理央兄さんよりも乃亜兄さんよりも


誰よりも、


私は兄さんが一番大切、



兄さんの心が

何よりも一番大切だから



もう兄さんさえいればいい

惟人兄さんだけでいい、



兄さんの望まないことは

私も望まない、



あとは私にできること、


優しい兄さんに、

私がしてあげられること、


何をすればいいか、

考えたの


まだ何も言ってないのに


秋久さんは

澪、って優しく呼び掛ける




澪、


澪が惟人に出来る一番の事は

澪自身が長生きすること、


体を大切にして

その命の灯火を決して絶やさないこと、


少しでも長く、

惟人と共に生きることだよ、って



頬撫でて髪撫でて、瞳を覗き込んだまま


優しく語り掛けてくれる、




澪、

あなたを失うことは

惟人にとって自身の死と同じ意味を持つ、

またはそれ以上かな、




惟人も、僕も、



後唯一気掛りなのは

澪の手術のこと、


惟人は随分前からその治療法について調べてた



義兄よりも、誰よりも、



長い間ずっとあなたを失わない方法を

澪を救う術を探し求め続けていたのは、惟人だよ




僕も惟人から聞いて

以前にある程度調べたことはあるけど


とても革命的な手法故に

リスクも高い


保守的で慎重な日本の医療では、

まだ殆ど知られていないような前衛的な手術法、



あなたの義兄がオペを依頼した医師は

確かに名の馳せた素晴らしい外科医で、


どんな手を使ったのかは知らないけれど

義兄のコネや人脈がなければ

恐らくとても日本には来ない、


会うことすら叶わないような方だ



だからこそ惟人も

義兄の提案を受け入れた、




けれど澪


惟人にとって、

それは簡単なことではない筈だよ




二度と会うつもりもなかった筈の、


本来なら殺してやりたいような相手、


心の底から憎んでいる義兄を


あの状況で

惟人は受け入れた、




その意味を、


どうか深く考えてやって







捨て切れない願いと渇望を込めて、


惟人は涙をのんで

あなたを差し出したんだ、



一番信用出来ない憎むべき天敵に、

自身の命よりも大切なあなたを託す、

それがどんな思いか、







優しいあなたなら



わかるはずだよ、澪、って





何よりも、



外科手術には大きな危険が伴う


澪を失うかもしれないリスクと

共に過ごせる未来を天秤に掛けて


惟人は葛藤してるんだ、





どんなに素晴らしい医師でも

どんなに容易なオペでも

必ず成功するとは限らない


ましてや最悪の場合

術中に命を落とすことだってあり得る、



全身麻酔さえ、

未だに偶発症で亡くなるケースはゼロではないし


無事終えても

そのまま二度と目を覚まさないリスクだってあるのに



まだ何も見えない状況で

手放しで喜べるほど、


惟人はあなたを軽んじてないよ、って



これまで何度も生死を彷徨うあなたを

惟人は誰より近くで見てきたから



本当にあなたが術後目を覚まして


無事に退院して、

一般的の日常生活を送れるようになって何年も経つまでは




惟人はとても安心など出来ないよ





澪を失う事を何よりも恐れてる





どうか惟人の深い愛を



理解してあげて、澪、って





秋久さんは


私が汲み取れない、兄さんの気持ちを

いつも代弁して、私に教えてくれる



私には見せない優しい兄さんの心の裏側まで

教えて見せて

注ぎ込んでくれる、


温かい秋久さん



二日間、とても有意義な時間だった


本当に感謝の気持ちでいっぱい














兄さん、



惟人兄さん、早く会いたい、


私の兄さん、
私だけの愛しい愛しい兄さん



深い深い優しい心を持つ兄さん


あなたの愛はどれほど深いのか


どこまで私を愛してくれているのか、



秋久さんのおかげで見えたあなたの深い心に



私はもうとても、


言葉に出来ないほど、




兄さん

あなたを愛してる



愛してる、兄さん





ありがとう

2019/02/13(Wed) 01:33 

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