三井にカラオケ代を

□三井にカラオケ代を
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第一章「出会い」


 何?これって逃げられた系?
 一人の男のこころが腹を立てたように言った。
 何故そのようなことを言ったのか。理由は一つである。それは・・・・・


この男の友人が彼の財布から落ちた百円玉を持ち去ったということだった。「あ、百円みっけ♪もーらいっ」と友人はいって走り去ったに違いない。たかが百円と思うかもしれない。しかし、この百円玉は彼の誕生日と同じ年に製造されたお気に入りのものだったらしく、もう三年も使わずに持っていたという。
 彼は百円玉を失うと同時に心に傷を負った。
 くだらない話だろう。だが、誰もがそう思う前に彼の足は動き出していた。

「くっくそぉ、俺の大事なもんを平気でとりやがって・・・・・」
ズシズシとアスファルトで固められた大地を踏んで歩くのは、加藤優実 十八歳。女じゃない、男だ。そしてこの場で言っておくが、この先、物語を読み進めていくにあたって、そのことを良くここで理解しておかなければならない。そうとは知らず、優実を女だと思い込んで読み進めてしまうと、彼がさらに心に傷を負うような誤解を招くことになるだろう。
 ちなみに「優実」という名前は母が付けたという話だが、そのつけ方は実に適当なものであった。その方法というのが-----

「可愛い赤ちゃんの名前が見つかる本」という本をぱらぱらめくり、ぱらぱらを止めて最初のページの一番右上に書いてある名前を彼に付ける、つまりシークレットな方法で名前をつけたのである。
もちろん女の子用の名前であったが、母はかまわず、「これが私の子の運命の名前なのね」などと言いだし、迷わずその名前を選択してしまったのである。それに父は反対しなかった。
 優実はこれを聞いたとき、かなり屈辱的な気分になったという。赤ちゃんには名前の選択権がなかった。
 言い出した母もバカだったが、それに賛成する父親が何処にいるんだ、優実は今もそう思い続けているのであった。
 さて、名前の話はそこまでにしておき、優実がこれからどうするのか見ていこうではないか。

 明るく、木のざわめく音はなし、まあ暖かい。そういった空間に優実はいた。
「こう晴れで平凡な日だとこんな最悪なことは起きないと思ってたんだけどな〜」
 だから、どんだけ大事な百円玉なんだよ、と言ってやれ、読者。
 そして数分間優実は何処かへ消え去った友人を探していた。風景は、歩くたびに揺れる。どれだけ歩いても同じような住宅と通行人AかBかが通り過ぎるだけだ。
 と、だけではなかった。何かが道に転がっている。優実の目にもそれがとまった。手があり、足があり、髪があり・・・・・人間ではないか。
 (一体、どうしてこんなところに人が倒れてるんだ?)
「どうする・・・・・とりあえず救急車だ」
 素早く手に取ったのは携帯電話だった。


優実は病院にいた。「あのぉ、大丈夫ですか?」
 優実は話しかけた。そう、道端で倒れていた人に。
 その人はブルーの瞳で優実を見つめた。茶髪でロングヘアの女性だった。
 彼女は少し息を吐いていった。
「ええ。倒れテいるところを助けテくださってありがとうございまス」
「いいえ。やっぱり外国出身の方なんですね。心配で勝手に病院付いて来ちゃいました、すいません」
 (少し照れるなぁ)
 オイオイ。
「私はアメリカから来ましタ。名前はステファニー・ロールといいまス。ハーフでス」
「そうでしたか」
 優実は笑顔になって言った。
「よかったら、私が何故倒れテいたか聞いテくれまスか?」
「あ、いいんですか?俺、さっき聞こうと思ってたところなんですよ」
 優実はそこらにあった折りたたみ式の緑の椅子を持ってきて、ステファニーのベッドの前に置き、座った。そして少し落ち着いて手をひざにのせ、話を聞く体勢にはいった。
 ここまでちゃんとするのは、ステファニーが美人だからである。
 ステファニーの白い耳元で大きな金のフープピアスが微妙に揺れている。
「聞く準備OKみたいでスね。それから敬語、使わなくてもいいんでスよ。私は敬語使いまスけど。そういうキャラなんで」
 ・・・・・キャラって・・・・
なんなんだこの人は。
「それでは話にはいりまスよ。------それはつい三時間前のコト・・・。私は初めて日本に来ました。そしたら、近所の三井サンという人からさしいいれをもらったんでス」
「三井?あいつん家の近くに・・・・・」
 三井 祐一 十八歳。先ほど優実の百円玉を奪った男だ。ふと、優実の表情が曇ったように見えた。
 ステファニーは続ける。「そうでス。どうやら三井サンと知り合いのようでスね。それででスね・・・・・私はそのさしいれを喜んで貰いましタ。家に帰っテ貰ったものを見ると、それは五つのりんごでしタ。おいしそうだったので、五つ全部食べてみました。と、そこまでは良いのですが・・・・・」
 りんごを五つ食べることが果たして良いのであろうか。
「数十分後、散歩に出かけテいる途中、お腹が急に痛くなっテあそこで倒れテしまったのでス。たぶんあのりんごは腐っテいたんでス。最低でスね、腐ったものを初対面の人におみまいするなんテ!
許せないでス!!色が物凄く青かったけど、青りんごだと思っテ食べちゃっタじゃないでスか!!」
「・・・・・」
 優実はなにも話すことができなくなってしまった。
 (この人、少しバカか?普通そんな青いりんご貰ったらく食わねーだろうよ。てか、腐ってるのに気ずけってんだ・・・・・でも、まぁいいか・・・・・)
 何がまあ良いのだ。
 そしてやっと優実は口を開いた。
「そうだったのか。あいつ、初対面の人にそんないたずらを・・・・・俺もひどいことされたんだよな〜」
「え!?あなたも?可愛そうに・・・・・よかったらその話、聞かせテください」
 (・・・・・フッその言葉、待ってたぜ。)
 優実は、この悲しみを理解してくれるのはこの人しかいないということを悟った。
「実は・・・・」


(この人バカね?普通そんな百円玉を大事に取っテ置きませんよ!百円玉はどれも皆同じでスよ!)
 バカな人間同士が互いにバカにし合った。一体この後どのような展開になるのか、次回をお楽しみに!と何かのテレビ番組ではないが、本当にどうなってしまうのだろう・・・・・。
 優実はステファニーに携帯番号とアドレスを教えてもらっていたし、明日も会おうなどとほざいたことを言い始めた。何故だ、二人の間に愛が生まれたとでも言うのか?それとも・・・・・
「じゃあ、明日病院にむかえにいくよ。明日退院できるんだって?」
 携帯と手鏡くらいしか入っていないバックを少しあさって、中身を確認しながら優実は言った。どうやら中身は全て入っていたらしく、頭を二回縦に振っていた。
「忘れ物、大丈夫みたいでスね」
 ステファニーの髪がほんのりオレンジ色に染まっていた。
「もう暗くなりまスよ」
「ああ、それじゃあな。」
「さようなら」
 手を振って二人は今日の別れをの言葉を交わした。
 帰り道は、街明かりが付き始めそうな風陰気であった。


           続く
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