SAMURAI DEEPER KYO 小説

□キモチ
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『キモチ』






変わらずに、ずっと。



 三つ編みを翻して、壬生の地に足を踏み入れる。

 何年ぶり、となるだろうか。

 ついに帰ってきた。

 別に、帰ってきたいと思っていたわけでは、ないのだけれど。

 「変わってない・・・かな」

 出る前と、何も。見た目だけかもしれないけれど。

 螢惑の目には、昔となんら変わりなく見えた。







 「螢惑?」

 廊下を歩いていると、懐かしい声に呼び止められた。

 懐かしい―――けれど、嫌いな人の声。

 「なんか用?辰伶」

 「何かって・・・・・・」

 しばらくぶりに会った、しかし変わっていない同僚に呆れる。

 まあ、変わられた方が困るが。考えられないというか、違和感が
あるというか。

 「まあ、そう簡単に性格は変わらないか」

 久しぶりに会った所為か、以前感じていた嫌悪や苛立ちはなりを
潜めていて、辰伶は穏やか
な気持ちで息を吐いた。

 その、微かに揺れた頭に。

 それで、軽やかに流れた、髪に。

 「辰伶―――」

 「何だ?」

 以前とは違うと気付いた。

 「髪、伸びたね」

 「そうか?まあ確かに切ってはいないし・・・・・・伸ばそうとしてい
るといえばしているが」

 言いながら、顔の横に下がる髪を指で弄る。

 その仕種が、妙に、無防備で。

 今まで見たことのない、幼い表情で。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・!」

 驚いた。

 無表情と言われる螢惑だから、その表情の変化は一見わからない
けれど。

 少し、目を見開いて。

 (いつもそういう顔してたら、好きになれるのに)

 そう、思って。

 (好き?・・・・・・辰伶を、好き、に・・・なれる)

 考える。

 (オレは、辰伶が嫌い。でも、好きになれそう?)

 いつも、あんな風な表情で。怒ってない、辰伶ならば。

 (好き・・・・・・かも)

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 なんだかおかしい。自分が、自分の思考がおかしい。

 そう思ったところで、

 「まあ、いいか」

 考えるのをやめた。

 「何がだ?」

 口に出してしまっていた言葉に、辰伶が問うた。

 「・・・・・・・・・・・なんだっけ」

 しかし、螢惑が答えられるはずはなく。

 今まで辰伶に聞かせたことのない、そして、壬生の地を離れてい
た間―――四聖天・ほたる
として生きていた間、半ば口癖のようになってしまった台詞が口を
ついた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「ああ、うん。そうだ。髪、」

 辰伶のこめかみが引きつったのを見たのか、それらしく話題を出
した。螢惑にしては上出来
の部類だ。―――意識していったのではないにしても。

 「ああ・・・・・・変か?」

 「そうじゃないけど・・・・・・ただ、変わったなって」

 何の気なしに、ただ思ったままを口にして。

 思ったままの行動を。

 「・・・・・・螢惑?」

 先程辰伶が弄っていたあたりの髪を、一房掬って―――流す。

 「結構、サラサラなんだ・・・・・・お前の髪」

 「螢、惑・・・・・・?」

 辰伶の声に、戸惑いが混じる。

 「結構・・・きれいだね」

 肩の辺りにぱさりと落ちた髪を再び掬って、今度は指で弄ぶ。

 悪意がないからこそ戸惑ってしまう螢惑の行動に、辰伶は彼の手
から逃れることはできず。

 「だ、だが、お前だって長いじゃないか、髪」

 「でもオレは、ずっと前から伸ばしてたし。お前とは違う」

 それでもどうにかしようとどもる言葉で口を開けば、正反対に冷
静な口調で返された。

 「それは、そうだが・・・・・・」

 そんなに騒ぐほどのことなのだろうか。自分が髪を伸ばしている
のは。

 別に、男の長髪が珍しいわけでもあるまいし。何せ、相手は自分
よりはるかに髪が長いのだ
から。

 (編んでそれくらいなのだから、実際はもっと・・・・・・腰より長そ
うだな)

 「そういえば・・・・・・お前はいつから伸ばしているんだ、その髪」

 切ったことない、とか返ってきそうな気がしなくもないが、浮か
んだ疑問をそのまま口にすると
―――。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「おい・・・?」

 「・・・・・・・・・・いつだっけ」

 長い沈黙のあとに、ぽつりと零れた言葉。

 予想通りではないが相変わらずの返事に、辰伶は溜息を吐いた。

 「まあいいや。どうせもう切るし」

 辰伶の様子には気付かないのか、気にしていないのか。そう言っ
て、まだ手に取っていた辰
伶の髪を離した。

 「切るのか?ここまで伸ばしてきたのに?」

 そうして、辰伶から離れて。

 「うん。辰伶と同じなんてイヤ」

 背を向けて。

 「・・・・・・お前っ」

 「お前が伸ばすなら、オレ、切るし。それだけ。だからお前はも
う切っちゃ駄目」

 怒気が混じった辰伶の声など気にもしないで。言いたいことを
言ってしまうと、螢惑は歩き出
した。

 「・・・・・・お前は本当に変わってないな!相変わらず勝手な
・・・・・・」

 「お前も。変わったのは髪型くらいだね。怒りっぽい」

 最初の怒声は、背中にぶつかっただけだった。

 足を止めることも、振り返ることもせずに告げた螢惑に、辰伶の
怒りは煽られるばかりで。

 「誰が怒らせてると思ってるんだ!」

 二度目の怒気は、螢惑を振り向かせることに成功した。

 ひどくゆっくりと振り向いた螢惑に、しかし満足するはずはな
く。

 「誰?」

 「・・・・・・・・・・・・っ」

 三度目の怒声は出なかった。

 怒りのあまり、言いたいことが纏まらない。

 眉間を山脈のようにして黙ってしまった辰伶を不思議に思うこと
もせず、螢惑は再び歩き出し
た。

 「じゃあ、オレ切ってくるから。バイバイ」

 そう、背を向けたまま手を振って。

 「あ、こら!帰ってきたのなら報告を忘れるな!太白なら部屋に
いるから、必ず行け!!」

 「太白?・・・・・・誰だっけ」

 更に辰伶を怒らせて。

 「螢惑〜〜!!」

 螢惑はその場を後にした。







 やっぱり変わっていない。

 彼も、彼に向かう自分の感情も。

 自分も、彼が自分に向ける感情も。

 何一つ、変わってはいなかった。

 変わるはずがないのだ。この、壬生の地は。すべてが。

 変わらない。

 変わってはいけない。

 もう二度と、一度たりとも思ってはいけない。



 好き、などと。



 そうでないと、きっと、どうにかなってしまうから。

 自分が望むのは、彼を倒すことなのだから。

 倒したいなら、変わってはいけない。



 「・・・・・・キライ」









*end*

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