くすんだみどり

□ろく
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二週間後の月が沈む時までだと、私は言った。でも実際には、それより少し早い。いつもは事故が起き、予定日より遅くなるのが当たり前なのだが、最近は、怖いくらいスムーズ。良い迷惑だ。

「…大王…大王様…大王イカ」
「大王イカじゃありませ…え?鬼男君?」
「小野篁です」

辺りを見回すと、私の帽子で遊ぶおチビさん達と『だいおういか』と書かれた無数の紙がばら撒いてあった。だからわかったのか。

「もう始まる時間ですから、片付けを手伝って下さい」
「ん…あぁ、ごめんね」

何か引っ掛かる。胸の奥にこびりついた掴み所のないもやが、そこに定住した。

「お二人さーん。そろそろ時間だよ。向こうのお部屋に行こうか」
「はぁーい」

夕子ちゃんはそのままクレヨンを持って立ち去った。だが、鬼男君は、私を見たまま動かない。

「鬼男君?」
「せ…」
「せ?」

篁君が手を止めたのが分かった。一人走っていった夕子ちゃんは、不安になったのか、戻ってきた。その時だった。

「セーラーやろう…」

表情を変えず、彼は言った。だがその言葉は彼にとって何を示すものか分からなかったらしい。首を傾げて立ち去った。同時に、さっきのもやの正体まで明らかになった。

「大王イカ、セーラー野郎」
「閻魔大王?」
「この言葉は鬼男君が私の固有名詞として使っていたんだ…そう…そうなんだよ!」
「鬼男君は、記憶を取り戻しつつある、ということですか…」
「もともと鬼だからね。抗体を作るのが早いんでしょ。多分記憶さえ完全に戻れば身体はすぐ分離すると思う。ただそうなると…」
「夕子ちゃん、ですね」

ゆっくり頷いた。鬼男君が早く元に戻っても、夕子ちゃんも一緒でなければ意味がない。二人は一緒に輪廻転生しなければならない。

「記憶…か」

私の声は、閻魔庁の中で寂しく響いた。横の部屋の明るい笑い声を聴きながら、朝の始まりの鐘が鳴ったのをぼんやりとみみにした。

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