くすんだみどり
□なな
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とうとう一週間が経ってしまった。いままさに月が沈もうとしている。その静かな様子を見つつ、篁くんはお茶を啜った。その音だけが無駄に響く。
「篁くん」
「イカ…あ、閻魔大王ですか」
「ちょ、最近随分な扱いになってきたね、私」
何も言わずに彼の横に腰を下ろした。体重を地面に預けた瞬間、肩にどっしりとした感覚。疲れているのだろうか。
「僕は、臨時の秘書としてここに来ました」
ゆっくりと篁くんに顔を向ける。彼の目は月を見て離れなかった。
「そしてここで秘書の仕事をしながら、夕子ちゃんと鬼男くん…ゆうちゃんとおのくんと言った方がいいでしょうか。二人を見てきました。一週間、たったの一週間です」
何を言いたいのか、予想さえできない。ただ、苦しそうだ。冷えた風が閻魔庁をぬけた。
「僕はもう限界です」
「何が?」
「ゆうちゃんとおのくんの様子を見るのが、です」
篁くんは静かに嗚咽をもらす。気持ちは痛いほど分かった。鬼男くんが少しずつ記憶を取り戻していく中で、夕子ちゃんは全く回復していかない。ゆうちゃんにしてみれば、自分が知っているおのくんが、だんだん自分の知らない言葉を使い始めるのが不安で不安で仕方ないのだろう。二人の仲は徐々に決裂し始めた。
「僕には特別な力があるわけでもないし、ただ見て世話をするしか出来ない。それが、酷く悔しい」
一週間という短い間でも、彼が面倒見の良い優しい男だと言うことは知っていた。だからこそ、申し訳ないとも思っている。
「篁くん、1つ、提案があるんだ」
「提案?何のです?」
「夕子ちゃんの記憶を取り戻すための、だよ」
「夕子…?」
最後の言葉は、篁くんではなかった。驚いて後ろを振り返ると、鬼男くんが立っている。等身大の、元の鬼男くんが、足の辺りだけ月に照らされて表情はよく見えない。
「鬼男くん!戻ったの…?」
「彼が…鬼男さん…」
「鬼男…?」
鬼男くんはぼんやりとくり返しながら歩いてくる。不思議なことに、足音も小さな振動さえ感じない。
「僕は…おの…」
それだけ聞き取れた。気が付いたときにはもう鬼男くんは居なかった。二人で慌てて探したが、気持ちよさそうに眠るゆうちゃんとおのくんしかいなかった。
「どういうことです、閻魔大王」
私には応える術がない。ひんやりと冷たい風が、再びながれていくだけだった。