深海の姫君

□"国民"の定義
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side heroine.


私は所詮、この世界とは関わりのない存在。

そんな私に、この世界での居場所と存在意義をくれたシン。
彼にこの感謝を伝えられるなら。
そして、秘密を隠している罪悪感と少しでも向き合うことができるのなら。
何より、暖かなこの国と国民を守れるのなら。

私は、喜んでその為の糧となろう。


拘束された私と引き換えに難民たちが解放され、心中、ホッと一息吐く。
これで、とりあえずは大丈夫だろう。
難民たちは武官に保護され、そこここで先に解放された者たちと安堵の抱擁を交わしている。

後ろ手に拘束されたまま甲板からその光景を見ていると、こちらをまっすぐに見つめるシンがいた。
恐怖、不安、怒り、悔しさ、不甲斐なさ、やるせなさ…様々な感情が見え隠れする瞳。
そこにはきっと私が、今は私だけが、映っているんだろう。
こんな状況にあるのに、たったそれだけのことを考えるだけで、不思議と心は穏やかだった。

港から見える範囲に一般人がいなくなる。
その代わりに少しずつ数を増やしてきたのは、シンドリア国の武官たち。
王宮を出る前の打ち合わせ通り一般人を非難させ、敵の迎撃への準備を進めていく。
その様子を横目に見ながら、私は敵のリーダーの相手をしていた。

「お前のような女が、なぜシンドリアなんかにいる?」
『この国に来たのはただの成り行き。特別な理由なんてないわ』

そう、私がここにいるのは一種の成り行き。
シンが差し伸べてくれた手を掴んだだけで、それ以外の理由なんてなかったのに。
この国の民が助かるのなら。
そう覚悟を決めた今になって、その特別な理由が見つかってしまうなんて。
必死に気づかないように、自分の中に封印していたつもりでいたのに、いざ言葉にすると逆に意識してしまう。

私はまだ、この国とシンの元にいたいのか。
いつの間にか、元の世界と戻りたいと願うことも忘れているくらいに。


「ルリア!」
『!』

月明かりが照らす空に、シンのよく通る声が響いた。
いつにも増して力強いその音に、反射的にシンの方を振り返る。
まっすぐに私へと向けられたその目は、先程までの感情は見えず、強い意志が宿っている。
あぁ、そんな目で私を見ないで。
この弱く小さな私の覚悟は、たったそれだけのことで崩れてしまうのだから。





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