深海の姫君

□温かい場所
1ページ/1ページ


side heroine.


「この国は慣れたかい?」

夜。
窓辺で月を見上げていれば、背後から声がかかった。
もう聞き慣れたその声は、私をこの国へと導いてくれた人のもので。

『…シン、』
「やぁ、ルリア。夜分に失礼するよ」

それは別に良いのだけど、と心の中でシンに返す。
それよりも、シンがわざわざこんな時間に私を訪ねてくるなんて、一体どんな用があるというのか。

『もう大分経ちますから。…ここは暖かい国ね』

用があるなら向こうから切り出すだろうと、最初の質問の答えを返す。
この国へ来て、もう数ヶ月経つ。
優しい人々、賑やかな市場、シンドリアの為にと鍛錬に精を出す武官や食客。
たくさんの人と触れ合い、私が何度も感じたのは、この国の人々が持っている暖かさ。

難民を多く受け入れるこの国は、必然的に多民族から形成されている。
一つの国の中で、生まれ育ち、文化、価値観、肌の色、食べるもの、ありとあらゆるものが異なる人々が生きている。
それに触れて思うのは、同じ魔法族同士だというのに、その血の濃さを巡って争っていた私達の世界。
この国の人々のように、様々なものを超えてわかりあえたならと。
この国の人々になら、私が誰にも言えていない秘密を、さらけ出すことができるだろうかと。

「暖かい?」
『はい。…国民の心が、暖かく、優しい。良い国ですね』
「ははっ、そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ」

笑顔になるシン。
私も、こんな国の国民として生まれてみたかった。
それはもう、叶わないことだけれど。

『私に何か用事でも?』
「…、」
『シン?』
「…あぁ、話だったな。ルリア、」

シンに名前を呼ばれ見上げると、そこにあったのは予想外なほどの真剣な顔。

「…君が隠している何かを、俺に教えてはくれないか」
『!』

なんて、確信的な言葉。
私が秘密を隠していること、一体いつから気づいていたのか。
もしかしたら、始めからかもしれない。
いつまでも問われないことに甘えて、恩人であるシンに、私は打ち明けることを避けてきた。

この辺りが潮時だと、彼がいなければ今の私はいないのだと、一人の私が諭す。
その横で、言ってしまってから後悔するのは自分だと、幾度となく受けてきた仕打ちを忘れたのかと、必死に叫ぶもう一人の私がいる。
私は、どちらを選べば良い。

『何の話です?』

私は後者の手を取った。
結局、勝つのはいつだって恐怖心だ。





to be continued... (back)

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ