深海の姫君
□シンドリア王国
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side sinbad.
───魔女
───魔法を使役する者
少女──ルリアは、自身をそう称した。
魔導士を差別する国も確かに存在する。
だが彼女の戸惑いは、もっと別のところにあるように思えた。
「先ほどのはどういう意味ですか?」
「魔法で来たってことかしら…?」
『えっと…』
ジャーファルが、そしてヤムライハが彼女に問う。
彼女はまた言い淀むが、話を聞かない限り先へは進めない。
聞いたことのないロンドン、イギリスという地名。
魔法を使う魔女という存在。
「教えてくれないか?俺は、君の力になりたいんだ」
『シン…』
謎の多い彼女のことを知りたいと思ったのも本当だ。
だが、それは俺の本心でもあった。
彼女の力になりたいと、純粋にそう思う自分がいる。
「…ルリア、」
未だ戸惑いと不安に揺れる彼女の瞳をまっすぐに見つめる。
俺のこの思いが、届くようにと。
『…私は、こことは全く別の世界…異世界から、来たのかもしれない』
「異世界?」
『はい。ロンドンはおろか、イギリスも知らないなんて、私には考えられない。それに、ダンジョン?の中に来た時も、どこかに移動したような感じがなかったから…』
いくら魔法が存在するとは言え、異世界なんてあり得るのだろうか。
もちろん、本当にあるのなら興味深い話だが。
「世界を渡る魔法なんて、聞いたことないわ」
『でも、それしか考えられない…』
異世界説を唱える彼女。
そこで、そう言えばと、彼女と迷宮の中で交わした会話を思い出す。
「…君は、迷宮を知らなかったな」
「迷宮を?迷宮の存在など、子供でも知っていることですよ?」
「だが、ルリアはそれを知らなかった。…あながち、異世界というのも間違いではないのかもしれないな」
俺たちの常識の知らない彼女。
彼女の常識らしいことを知らない俺たち。
それは、つまりそういうこと。
『…信じて、くれるんですか?』
「もちろんだ」
俺が肯定すると、彼女は心底ホッとしたような笑みを浮かべて、
『…あり、がとう…』
涙を流していた。
何についての感謝なのか、その時の俺にはわからなかった。
それでもただ一つだけ、彼女のその涙に濡れた顔を、とてもきれいだと思った。