other

□恋なんて
1ページ/1ページ



いいひとですね。
そう云って彼女は笑うけれど、そのたび胸にたまっていく気持ちが大嫌いであたしは気付かれないよう歯噛みした。

(ねえどうしたら伝わる?)

最初はただ、おもしろそうだったから。

好奇心は時として凶器だと学んだ。
出会うべきじゃなかったんじゃないだろうか。
あたしは彼女に、こんな、邪な気持ちばかり抱いているというのに。

「スイさん、いいひと」
人通りの少なくなった商店街で、彼女はそう云うのだ。
あどけなさを残した面持ちに夕日が染まって、ああこういうのを綺麗と云うのかと、一人納得する。
鈴を転がしたようなよく通る声で、もう一度彼女は「いいひと、です」そう云った。
「いいよわかったよきこえてるから」
放っておくと何度でも繰り返されそうなそれを、あたしは早口にさえぎる。
普段からかっている立場なだけに、たまにこういう、切り返しの難しいことを言われると返事に困るのだ。(それでも、にこりと笑う彼女がかわいくて何も言えやしない!)

「私スイさんと会えてよかった」
あたしが男ならまさか告白かと聞きまがうような甘い言葉。
あいにく彼女は、毛頭そんなつもりはなく。
ただ、『あの頃』の旅にずっと付いて行ったあたしに、心から感謝している口ぶりだった。

「私シスターでよかった」
夕日を受けて眩しそうに目を細めながら、彼女はそう呟く。
「そうだな」
「・・・キリさんとも会えてよかった」
その言葉を紡いだとき、きゅと彼女の手が淡いピンク色のスカートを握ったのを、あたしは見逃さない。
「そうだな」
どうでもよさそうな相槌を打ちながら、あたしがずっと隣を見ていること、彼女は気付いているのだろうか。
超ド級の天然だから、気づいていないかも。
そう思って、緩く口角が上がってしまう。そんなところもかわいいんだと思う自分は末期かもしれない。

内緒のデートは彼女の大切なあいつが待つ家の前でおしまい。
今日はありがとうございましたと頭を下げる彼女に、いいよ、暇だったからと笑いかけると、途端に花が綻んだような笑みで、また二人きりでお買い物しましょうね、と小指が差し出された。
内緒、の約束なのだ。これは。
と、いうよりこの行為自体に何ら特別な意味はなくて、あたしが一人勝手に内緒だと舞い上がっているだけかも。
そう考えると、あたしの指は石みたいに動かない。
ぶっきらぼうに、そんな子供じみたことしなくても、誘ってくれたらいつでもいいよと云ってやる。
「あ、そうですね。そうですよね」

友達ですもんね。

何気なく放たれた言葉に、あたしはスニーカーのつま先をねめつける。

「それじゃあスイさん、また明日」
ふわりとしたスカートをひるがえして、彼女は『ルチル洋裁店』と看板の下がったドアの中へ吸い込まれていった。
もう見えてはいないだろうけれど、右手をあげて別れのあいさつをする。

ああほんとうにあたしはどうしようもない。
笑う彼女も、頬を染める彼女も、泣いてしまう彼女も、「いいひと」などとのたまう彼女も。
大切でどうしようもなくて、こんなぐちゃぐちゃした気持ちにしかなれない。

苦虫をかみつぶすように歯噛みして、あたしはまだ、彼女が消えたドアの前から動けない。



               
、なんてキレイな名前を付けてしまうには勿体ないと思った
(薄暗くてどろどろで汚い欲望ばかりのあたしの心には)


おしまい


スイ→エルも、結構好きです。女の子同士にしかわからないことがエルーはわかりません←だめじゃないか

お題提供>>確かに恋だった

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ