そばにいてくれる君へ。
□28.まだその準備はできない
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冷や汗がツー、と頬に垂れる。
ドクン、ドクンと心臓の音が響く中先輩たちとの距離は近づいていく。
一歩、一歩と後ろへ下がりトン、と踵が壁に当たる。
そこでようやく視線を上げ、目の前にいるユカとミズサに向けた。
「―っ、」
あのときと同じ、冷たい目。
この目がひどく由妃を動揺させる。
「あのさ、まずソフト部に来なかったのは誉めてあげるよ。」
「また前と同じ繰り返しだもんね。」
「でも―…あんたにまだ野球に関わる気があるとは思わなかったよ。あんたが“ケガしてから”私たちがいる間、あんた一度も来なかったでしょ?」
皮肉がこもった言い方に由妃はどもる。
「あ、あれは、まだ全然動けなかったか、ら。」
「今の硬式野球部って、1年だけらしいね。」
「…はい。」
ユカは「良かったじゃん」と由妃に笑顔を向ける。
「同い年なら楽しくやれるし、マネジだし?うるさく言う先輩もいなくてあんたには合ってるんじゃない?」
「なんか楽しそうじゃん。練習にも参加してるみたいだし。」
いつ、見られたのだろう。
マネジは普通練習には参加しない。
あくまでサポートだ。
しかし由妃はいつも参加しているし、ボールを投げてもいる。
その姿を彼女たちに見られていたのだ。
由妃は息を詰まらせる。
「男子の野球部の練習に混ぜてもらうんだったらソフト部に入れば良かったのに。…私らがいるって、知ってたわけ?」
「ちが、知らなかったです。」
先輩ははっ、と笑い由妃を見る。
冷たい、凍りついた視線に由妃はドキリとする。
「ふ―ん…じゃあなんでわざわざ野球部のマネジに?“天才エース”の仲川さん?」
視線を下に向け目を瞑る由妃。
「それは――、「何してるんスか?」
聞き慣れた声と後ろ姿に由妃は顔を上げた。
見えたのは見慣れた練習着。
―――いつの間にか阿部が由妃と先輩たちとの間に壁を作っていたのだ。
阿部の向こう側から先輩たちの慌てた声が聞こえる。
「―別に、後輩だから。」
「行こ。」
その言葉で去っていく音を聞き由妃は息を吐いた。
「――っ」
まただ、息が苦しくなる。
胸元のシャツをぐっと握りしめ由妃はその場に座り込む。
「おい仲川、――!!」
振り返ると苦しそうな由妃の姿に阿部は慌てる。
ついこの前もこれと同じ状況があった。
しかし今は勇人がいない。
阿部は携帯に手を伸ばす。
「栄口呼ぶ、」
呼ぶぞ、と言おうとすると由妃は阿部の手をつかみ未だ苦しそうなまま首を振った。
「だい、じょぶ…すぐ、とまるっ、から!」
阿部はその姿を見ると携帯を下ろししゃがむ。
そして由妃の背中をトントンと叩く。
「っ、あり、がと…、」
「バカ、しゃべんなよ。息整えろ。」
由妃はこくんと頷き、息を吐く。
「……何も、聞かないの?」
呼吸が落ち着き階段に座ったまま由妃は阿部に尋ねる。
「は?何がだよ。」
「だって、聞いて、たでしょ?」
あのタイミングで止めに入ったということは、先輩たちとのやり取りは聞かれていたはずだ。
そう聞くと阿部は「別に、」と返す。
「仲川のこと聞いても別にどうしようもね―し。」
「……まぁそうだろ―けどさ。」
「ああ、でも。」
「?」
「…嫌な先輩がいると面倒だな。」
そう言う阿部が思い浮かべているのは恐らく榛名元希だろう。
前の試合を見に行ったときの様子から阿部も先輩とうまくいかなかったことがあるのだと感じる。
「元希さんか…阿部も苦労したんだね。あの人面倒くさいし。」
由妃がそう言うと阿部は眉に皺を寄せる。
「あいつのキャッチャーはもうやりたくね―な。」
「あははっ、そうかもね。」
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