いろいろ1
□一緒
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ヤンデレ注意
「ダイゴはいつもそう、私なんて置いて行っちゃう。」
ぽつり、台所で茶碗を洗いながら溢すと、ダイゴはいつものように笑った。
「また洞窟に籠もったこと、怒ってる?」
「怒ってはないよ。」
「じゃあ、まだ慣れない?」
慣れるものか。間髪いれずそう思った。だってダイゴはいつも何の連絡も無しに音信不通になるのだ。初めは捨てられたのかと思った程。
じゃぶじゃぶ、ピンクのコップを濯ぐ水が、ブルーのコップを満たす水面を不規則に揺らす。水を出しすぎているかもしれない。蛇口を捻って勢いを緩めた。
「慣れないよ。」
ゆっくりそう言うと、ダイゴは黙った。しん。何か考えているんだろう。
さっき食べたサラダにのせたトマトを切った包丁。泡を濯ぎ落として現れた刃は、良く見ると刃こぼれだらけ。ああ、やっぱり新しいのを買うべきだったかもしれない。
「慣れてよ。」
「無理言わないでよ。」
ダイゴは再び黙る。シンクの中にはもう二皿しかなかった。だけど水音が止んでしまったらなんだか気まずい気がしたので、わざと洗う手を遅くする。
「だって僕は、ちゃんと君のとこに帰ってきてるじゃない。」
「いつまで続くと思う?」
「…いつまででも、続くよ。」
「そんなわけないよ。」
お皿は洗い終わってしまった。仕方なく水を止める。
「ダイゴがいつか洞窟で死んじゃったりしたらどうするの。死んじゃったことも知らずに、私はきっと馬鹿みたいに待たされるんだよね。」
「死なないよ。」
「言い切らないでよ。」
「じゃあどうしろって言うんだ。行かなきゃいい?それは正直、絶対無理だ。」
「行かないでなんて言ってない。」
水音が止んだおかげで、声が小さくてもリビングからちゃんと聞こえる。ダイゴの声色が強張っていることも容易にわかった。
「じゃあ、別れろってこと?」
「それも言ってない。」
「よかった、僕は別れるなんて絶対無理だから。」
「私も絶対無理だよ。だからね、ずっとダイゴと一緒にいたい。」
だからね、であって、だってではない。それにね、行かないでなんて言わないのは、行かせないからだよ。私は手に握った手錠の鋭い銀色を濡らす水滴を拭った。鍵穴に深紅の液体を注いで固めてしまえば、ダイゴは永遠に私のものとなる。私は銀色に指を滑らせた。
ねえ、ダイゴに電話が繋がらなくなった一週間前、私、またいつまで待つんだろうって不安だったの。ダイゴは知らないね、毎回私が苦しいことを。例え知っていてもきっと知らない振りをするんだろうけれど。それでね、私、ダイゴを楽しく待てる方法を考えたの。
六日前、コップを買った。ピンクとブルーのお揃い。割れないようにしようね、っていう会話を想像しながら選んだの。五日前、ドレッシングを作った。前、ダイゴがおいしいって言った市販のドレッシングの味を真似してみた。洞窟じゃあ新鮮な野菜は食べれてないだろうと思ったの、気がきくでしょ?四日前は宝石の写真集を買ったの。私が前宝石店のウィンドウを見ていた時、ダイゴは薬指に飾りたい宝石はあるのかって聞いたでしょう?だから少し見てみようと思ったの。少しなんて言ってまる二日眺めていたと知ったら、ダイゴは僕の気持ちがわかった?なんて言うんでしょうね。でも多分ダイゴを眺めたら二日なんて短すぎる。私の気持ち、わかるよね?一昨日、新しい包丁を買いに行こうと思ったの。だけどダイゴから洞窟を出たって電話があったから、嬉しくなって部屋中を掃除した。昨日は少しリビングの模様替えをした。ちょっと部屋が違ったら新鮮な気持ちになってもらえるかな、なんて。ソファーとテレビの位置が少し変わっただけでも、部屋の印象は大分違うでしょう?ソファーは、台所から来る私を背にして置いたの。
だから今、ダイゴから私は見えない。
線の細いダイゴの背中だけど、実は意外と広い。ダイゴが知らない、私が知るダイゴの一人だね。
手錠には鎖が無いからじゃらじゃら煩いことはない。私の足音と僅かに軋む床の音。私がダイゴを手に入れるまでのカウントダウン。あと五歩。ダイゴはきっと照れている。だって後ろから見える耳が真っ赤だ。あと四歩。ダイゴが小さく息を飲む。なんて言おうとしてるのか知ってるから、言わなくていいよ。私が言ってあげる。三、二、一歩。
ゆっくり、零距離でダイゴを後ろから抱き締めた。ダイゴが振り返る。ほら、真っ赤。
「ダイゴ、愛してるよ。だから、」
ずっと一緒、
ずうっと。
(ダイゴの心臓に)
(銀色を突き立てた。)
(ダイゴ照れすぎだよ、真っ赤)
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