竜の目
□番外編・竜に首輪
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カッ、カカッ
コロロロ・・・
「あァ?」
少ない荷物をひっくり返すと輪がころころと甲板を転がかった。つまみ上げると、それは日の光を浴びてきらりと光る。
「・・・指輪・・・?」
ぽつりと呟いた声は誰にも聞かれることなく風に掻き消された。
番外編
「どうするか・・・」
ゾロが先ほど拾った指輪は、ゾロのものだ。随分昔に貰ったものだった。もちろん、付属しているのは恋人から等という浮いた話ではなく、海賊狩りをしていた頃にうるさく騒いでいた海賊を黙らせた結果、道行く宝石商人を助けたことになり、その謝礼として得たものだ。比較的安価なものらしいが、食い物に困ったら売ろうと少ない荷物に突っ込んであったのだ。
しかし、
「今はメシにも刀にも困ってねェし・・・。」
何故、もっと早く出て来なかったのか。ゾロは以前刀を購入する際ナミに借金をしたことを思い出し、深いため息をついた。
そして同時に思案する。
今これは自分に不必要だということ、しかし再びしまってしまえば、なくさないのは奇跡でしかないであろうこと。
いっそ誰かにやってしまおうと思うが、ナミにやるのはどうも腹立たしいし、ビビにやっても勘違いがありそうだ。(ビビではなくぐる眉がだ。うるさい喚きは聞きたくない。)
さらに、男には尚気持ちが良くない。大体ゾロと同じく使用用途がないだろう。まあ、ルフィやウソップなら釣り用のルアーにでも使ってくれるかもしれない。
(・・・・・・)
どうするか、と考えるゾロの脳裏に一人の人物。
(・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・いや、ねェよ、ねェって・・・)
ちらちらとちらつく漆黒のコートと蘇芳色の髪を思考回路から隅に追いやろうと頭を振り、指輪を睨んでぐるぐると堂々巡りな思案を繰り返していると、男部屋に誰かが入ってきて、反射的に指輪を隠す。
「あれ、何してるの?」
「別に何もしてねーよ。」
ひょっこり顔を出したのは今まさにゾロの脳内をジャック中の名無し子。予想外の、けれど考えていた人物の登場に思わず焦ってしまう。ゾロは不審に思われていないかと背を向けたが、ああそう、と至って普通の返事が返ってきたことに安堵した。
「お前こそ何の用だよ。」
普段名無し子は男部屋ではなく倉庫の隅で寝泊まりしていて、荷物等もそこにあるのだ。ここに何か用があるのは珍しい。
「サンジのエプロン取りにきたんだ。」
「なんで。」
「ルフィがタコ釣ったんだけど、サンジの前に持っていった瞬間墨吐いちゃって・・・」
「んで何でまたお前が。」
「サンジは汚れたエプロン手洗い中で、ルフィとウソップはサンジに殴られてダウン中。チョッパーは珍しい種類だったタコに夢中。」
勝手知ったるやと言った手つきでサンジの荷物をひっくり返す名無し子。
ゾロは何となくそれを眺める。
その視線は次第に熱を帯び、
(あー・・・、)
脳が熱に浮かされる。
(どうかしてんのか、おれァ・・・)
先日の宴でのことが鮮明に蘇る。
例えば上気した頬だとか、潤んだ瞳だとか、
濡れた唇だとか。
それに、
揺れた瞳が悲しそうに笑ったことだとか。
同じ船にいるのに、どこかふわふわとした名無し子。ゾロは何の確信もなくただ何となく、
消えてしまいそうだ、と思った。
ふとした拍子に、まるで今までも居なかったように。そしてそれを名無し子も望んでいるんじゃないか。
馬鹿らしいのに、嫌な汗が背を伝う考え。
ゾロは自分らしくないその考えに自嘲した。
「あった!・・・・・・どうかした?」
「っ!!ばっ、どうもしねェよ!」
振り返った名無し子が視線に気付き首を傾げるが、ゾロは半ば叫ぶ様に誤魔化しそっぽを向いて頭を掻く。
「?ならいいけど・・・」
行くね、と立ち上がった名無し子の腕を咄嗟に掴む。
「・・・?」
「お前は、・・・、」
そしてゾロは何かを言おうとするも、結局自分の言いたい事は掴めず沈黙した。
「何?」
「・・・何でもねェ。」
手を離すと名無し子は首を傾げながら部屋を出ていく。
「ハァー・・・」
(どうかしてる、)
何が自分をそうさせているのか、ゾロはもうわかっていた。
しかしそれでもそれを認めることは出来ないし、
何かを演じる名無し子の核心に触れることもできやしない、
全てが歯痒い。
握った指輪は生温くなってもなお鈍く光っている。
輪に埋め込まれた小さな、申し訳程度の赤い宝石が名無し子の髪を思い出させる。
願掛けだと言ったあの髪が、"本当は"別に理由があるだろうことは知っている。
それでもコートに仕舞い込まれた髪は掴めない。
ガタン、
(ごちゃごちゃ考えるのは性に合わねえ)