竜の目
□第十四話・名前のない国
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(・・・・・・・・・寒ィ・・・)
夜の海は昼間よりも寒い。
毛布にくるまっていてもそれは変わらない。
サンジは自分の吐息が白いのを眺めながら、小さく身震いした。
────コツ、
(・・・ん?)
静かに響いた足音に、サンジは視線を甲板に落とした。
視線の先には夜の闇に溶け込みそうな名無し子。
漆黒のコートは彼の姿を縁取ることはない。
「・・・・・・どうした?」
「あ、見張りお疲れ様。」
名無し子は見張り台を見上げ、にこりと笑んだ。
そして名無し子を見たサンジはピクリと眉を跳ねさせた。
───それは朧で視認しにくい彼の笑みにではない。その腕に抱かれた白い箱に、だ。
「寝れないのか?」
「・・・・・・そんなことないよ。」
見張り台からでも、名無し子がぎゅっと箱を抱く力を強めたのがわかった。
「・・・ナミさんなら大丈夫だ。」
「!」
サンジの言葉に名無し子は顔を上げる。
「どこか島に着ければきっと医者がどうにかしてくれる。だからんな暗い顔すんな。」
「・・・・・・。・・・・・・そうだよね・・・大丈夫だよね・・・」
「ったりめェだ。」
にっと口角を上げたサンジに名無し子もつられて笑った。
「・・・ありがとう。見張り、風邪ひかないようにね。」
「おい、ちょっと待て。」
サンジは礼を言って立ち去ろうとした名無し子を呼び止める。
「・・・・・・、」
「?」
しかしなかなか言葉は続かない。
「・・・・・・それ、」
サンジが指したのは名無し子に抱かれた真っ白い箱。
名無し子のその持ち方を見れば、御守りに近いもののようにも思える。
しかし、名無し子がその箱を持ち出した時、レイン島の人々は突然名無し子を止めようとしたのだ。それまでこの"グランドライン"に入ることを許していたにも関わらず。
誰もがそれを不思議に思ったが、誰一人として名無し子にその理由を聞こうとはしなかった。
その白い箱に何が入っているのか、それを聞くことは名無し子の中に踏み込むのと同じ様に思えたからだ。
サンジは暫く迷ってから口を開く。
「それは、・・・何が入ってんだ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・言いたくなきゃ、」
「これはね、」
無理に聞く意思が無いことを伝えようとしたとき、名無し子の小さな声が被った。
「・・・・・・これは、」
「・・・・・・・・・」
するりと名無し子の白い手が箱を撫で、その唇は弧を描く。
サンジはぞくりと背を這う何かと、激しくなる動悸に息を詰めた。
「─────骨、だよ。ふふ、・・・骨。」
「・・・・・・ほ、ね・・・?」
ドクリと跳ねた心臓を隠すようにサンジがオウム返しに呟いた。
「・・・誰の・・・」
「・・・・・・オレの。」
ドクリ、
サンジは、冷や汗が一筋背を伝い落ちるのを感じた。
名無し子の目は確かにこちらに向けられているのに、それは自分の体を通して背後の夜空に刺さっている。
じわりじわりと握った拳が汗で湿っていく。
見たことも無い人間が、目の前で笑んでいる、それは果たして現実なのか。
「なーんて、ね・・・」
「はっ?!」
そう言って笑う名無し子は、まるで悪戯に成功した子供のように笑っていた。
「・・・てめェ・・・」
「ははっ、怖かった?今日ウソップが怖い話してたから真似してみた!」
サンジは名無し子を睨みつける。
「・・・・・・名無し子は明日おやつ抜きな。」
「えっ?えぇぇっ?!ごめんって!」
「何やってんだてめェ。」