小説(ナタル&マリュー中心)
□だからその手を取って
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それは、士官学校の入学記念式典でのことだった。
軍属のお嬢様として、入学試験の主席として、既に他の生徒の間で有名人になってしまっていたナタルは、この日の主賓にもかかわらずどこか居心地が悪かった。
向けられる、好奇の目。
それが純粋な憧れだけでないことを、ナタルはもう知っていた。
自分から欲望の輪の中に飛び込む気など、到底起こらない。
ナタルは、式典会場の片隅で、ひとり所在無気に佇んでいた。
人々は遠巻きに眺めるのみで近寄る者はおらず、ナタル元来の人見知りな性格も相俟って自然と壁の花になる。
そんな中、たったひとり近づいてきたのが、マリュー・ラミアスという名の女だった。
「ねえ、1人?」
声をかけてきたのが男であったなら、即座に振り払っていただろう。
言葉は、陳腐なナンパと全く同じであった。
「ねえ、ずっとここに独りでいるつもり? ここにいるのは同じ連合の仲間なのよ。もっとみんなと仲良くしましょう?」
彼女は褐色の瞳を細め、軍には似つかわしくない穏やかな表情と甘い声で話しかけてきた。
柔らかな栗色の髪が揺れる。
ナチュラルらしいその色に、ナタルは好感を持った。
だが……。
―― 彼女は何故、私に声を掛けた? 私のことを知らないのか? ――
ナタルは訝しんで、マリューを見遣った。
「もう、何考え込んでいるの!? こういうときはとにかく行動してみればいいの!」
「あっ……」
マリューがナタルの手を引く。
急のことに驚き、思わず声が出る。
だが、不思議と不快感は湧いてこなかった。
「ナタルもこっちへいらっしゃい?」
彼女特有の甘ったるい声が、彼女が元いた輪の中へとナタルを導いていく。
ここではもう、ナタルは『話題のお嬢様』ではなかった。
―― なぜ、手を離さなかったのだろう。振り払うこともできたのに ――
ナタルは自問自答した。
マリュー・ラミアスは、手本とすべき軍人の鑑とは全く違う。
―― だけど ――
差し伸べられたその手が温かかったから。
その先にあるものが温かいと思ったから。
理屈はなくていい。
―― だから、私はその手を取った ――
完