押入れ

□夏の花
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――その光の花の残像が、いつまでもいつまでも消えない――




 <夏の花> 〜花火〜




ひゅーーーーーー・・・・・・ドドーン、パラパラパラパラ・・・


空を彩るは大きな大きな花火。
挙がるはただ歓声。歓声。歓声。


「わあー!綺麗きれい!!」
斜め前の浅葱色の浴衣も例に漏れず、いや一層大きな歓声を上げた。

ったく・・・遊子みてぇだよな、こんなに大喜びしやがって。
にしても細っけぇ首してやがんなぁ・・・

浴衣の襟から綺麗に伸びてる、普段は見えない白いうなじ。
胡桃色の髪は上手にまとめられて、青い大きな花みてぇなのに飾られて。

見てると・・・なんでか胸が、トクリと音をたてるんだ・・・


ひゅーーーーーー・・・・パーン・・・・・・

「わあっ今の見たたつきちゃん!?ニコニコマークになったよすごいね!!」
青い大きな髪飾りに変わってこちらを向くは、花火に負けない程の輝く笑顔。
「って・・・うわっひゃあ??くくくくく黒崎くん???」
「・・・おぅ、井上。」
「た、たつきちゃんが黒崎くんに見えるなんて・・・はっこれってもしかして花火マジック?それとも黒崎くんのこと考えすぎたあたしの願いを」
ドン!ドンドドドン!!
”それとも”の後は花火の音にかき消されて、俺には聞こえなかった。
「妖精さんが叶えてくれて、ああでもどうしようあたしお礼のパンケーキ持ってないし!たつきちゃんが元に戻れなくなったらどうしよう??あああたつきちゃーんごめんなさいーーー!!元に戻して妖精さぁあ〜〜ん!!」
「うぉぉい???・・・あ、あのな?!たつきじゃねぇって!俺だっての!」
「・・・へ?・・・ほ、本物の黒崎くん・・・??」
ンだよその上目遣いで心配そうに見上げてくる様子は!?
「おぅ・・・」
「たつきちゃんは??」
「あーー・・・ナンかちょっと向こうの方行きてぇとか言ってたぜ?」
「ふえええ?なっなんで一人で行っちゃったの??ちゃ、ちゃんと後で会えるのかなぁ???」
井上が不安になるのも当然で。
ここは花火を出来るだけ近くで見ようとする人でごった返してる真っ只中。
「大丈夫なんじゃねぇか?後で戻ってきたときの目印になるようにここにいろ、って頼まれたんだから俺が。」


『アンタ、ちゃーんと織姫の傍にいないと許さないよ?』
ったく、人をなんだと思ってやがんだよたつきの奴?
どうせこの頭が目立って丁度いいとか思いやがったに違いねぇ!


「ご、ごめんね・・・?ひょっとしてあたしが花火に夢中になりすぎてたせいで黒崎くんが犠牲に・・・?」
「ぎ、犠牲?・・・ちっ違うぞ!?お、俺もここなら花火見やすいから丁度よかったんだからな!?それだけだ!!」
「・・・ホントに??」
「ったり前だ!じゃなきゃンなこと引き受けねぇよ!」


あ?
ど、どうしたんだよ井上?なっなんでそんな悲しそうな泣きそうな顔してんだよ??

「い、井上・・・だっ大丈夫だぞ?たつきはすぐ戻って来るだろうからな??そっそれまで・・・それまでの・・・」
それまでの何だよ俺?’それまでの辛抱’か??ってそれどんだけ俺と居んのイヤがってんだよ井上が!?
あ・・・ダメだンなこと言いたくねぇ・・・なんかわかんねぇけど絶対言いたくねぇし・・・
「・・・それまでオマエはゆっくり花火見て待ってりゃイイんだよ!?な?」
「そ、そうだよね、うん!じゃ、じゃあゆっくり見てることにするね!え、えへへへへ・・・」

ああああ。
井上は笑ってくれたけど・・・その笑顔はさっきとは全然違って・・・



胸が、キシリと捻くれる。

ちぇっ・・・
たつきにはあんな、あんな笑顔見せても、俺には・・・


先刻見られたあのとびっきりの笑顔の、輪郭が掠れ滲んで捩れてゆく。
目を瞑ると浮かび上がる、あの赤く青く輝いていた花火の残像のように。
記憶に刻むにはおぼろげ過ぎて、でもどうしてもどうしても消えてはくれずに。


ひゅーーーー・・・・ドン!ドドドドドパパン!!


ああ今のもすげえ綺麗だぜ井上?
もう一度、もう一度だけ。
”すっごいねー綺麗だね!”って笑って見せてくれねぇか?


ドン!パパパパパヒュルヒュルヒュルーーー・・・


鳴り響く破裂音。
炸裂する光の乱舞。
歓声と、ざわめきと、暑さと、少しの涼しい風の中で。


俺はいつまでもいつまでも、ぼやけゆく残像を惜しみ抱えたまま。
ただ、斜め前のふんわりした青い花の形ばかりが記憶されそうで、慌てて空を仰ぐしかなかった。
刹那に消えゆく花火のすべてを心に刻む術を見出そうと。



          end
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