押入れ

□初詣
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元日の午後の陽は優しく暖かで、穏やかな正月、という言葉に相応しい。
境内には三々五々連れ立った人々がゆるやかに歩みを進め。

夜行った二年参りとは大違いだな、と言えば、そうだね、と井上が柔らかく笑った。

<初詣>

小さな祠の前で、二つ礼して、パンパンと手を打ったまま。
信じられないほど綺麗な横顔は目を閉じたまま祈りを捧げる。
静かに厳かに、立ち入ることが出来ぬほどに。
俺もつられるみたいにもう一度目を閉じて。
たった一つの願いを噛み締めるように、強く、誓言する。

最後の一礼にまでも心を込める、俺と、お前。



「随分真剣だったな」
境内を鳥居に向かって戻りながらぽつりと言えば驚いたように目を丸くして。
「あ、うん・・・」
「何、お願いしてたんだ?・・・って人に言っちゃいけねぇんだっけ?」
「うん、そうだけど大丈夫だよ?だって今日は、’ありがとうございました’、って言いに来たんだから」
「?」
「・・・ここね、お兄ちゃんといつも初詣に来てたんだ・・・」

ああ、そうだったのか。
二年参りにはもう行ったというのに、出来ればここに初詣に行きたいとお前が言った理由。

「お兄ちゃんはいつも『織姫が幸せになりますように』って祈ってくれてて。あたしに言っちゃダメなんだよ、って言っても『いいんだよ、お兄ちゃんのお願いは一つしかなくて、変わらないんだから』って笑って頭撫でてくれて・・・」
「ン・・・」
「お兄ちゃんがいなくなってしまってからは、あたし一人で来ることなんて・・・出来なくて・・・」
声を詰まらせた井上の肩をぎゅっ、と抱き寄せた。
温かい、小さな身体。愛おしい柔らかさ。
「・・・ごめんね・・・どうしても今年はここに来て、お礼言いたかったの・・・黒崎くんと一緒に・・・」
「だったら、俺もちゃんとお礼言うんだったな」
「え?」
井上の目をしっかりと覗き込んで言った。
「お前が幸せになれるように、見守ってくれてありがとうございました、って。・・・お前の兄貴の願いはちゃんと叶った、って思って・・・いいんだろ?」
真剣にゆっくりと伝えれば、井上の目には大粒の涙が浮かんで。
「うん・・・そうだよ・・・だからね?だからどうしても、いっぱいお礼言いたかったの・・・」
拭い切れない程零れ落ちた涙は天の雫のように綺麗で。俺の心の願いを、誓いを更に強くする。


絶対、俺が護るから。
必ず幸せにするから。


誰に対しても何に対してもそう誓言する、たったひとつの願い。いいや、真言。




「親父と妹達が待ってるぜ?そろそろ行こう」
「うん・・・でも本当にいいのかな、あたしが行っても・・・?」
「いいに決まってるだろ?お前だって、もう家族になるんだから」
「・・・うん・・・!」

清く美しい涙をそっと拭い、誓いを込めてもう一度抱きしめた。
これからずっと傍にいて、共に幸せになってゆく、たった一人の相手を。


     end

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