押入れ
□秋の憂愁
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急に風が涼しくなって
急に空が高くなって
雲がもこもこひつじさん、ううんもっと小さくお魚の鱗みたいになって
もうブラウス一枚じゃ登校出来なくなったら
季節 は もう
<秋の憂愁>
真新しいカーディガンに手を通すと寂しくなった
思わず見る手首にはなんにもなくて
慌てて部屋をぐるりと見渡す
見慣れた部屋に小さく「いってきます」とつぶやいて
すっかり優しくなった太陽の下を歩く
赤信号で止まっては前を過ぎ行く車の群れを
当たったら痛いんだよね、なんて他人事のように眺める
あたしはここにいますか
世界と共に動いてますか
「おはよう、織姫」
クラスメイトの声にほっとする教室
みんなに元気に挨拶を返す中で
目に入ってきたオレンジ色
「おっはよー黒崎くん!」
あたしを見た黒崎くんの目は一瞬大きく見開かれて
「おう・・・おはよう」
それからとてもとても辛そうな色を湛えて細められた
お願い、そんな顔しないで
あたしはほら、こんなに元気だから!
「あれー織姫、カーディガン新品?前のはどうしたの?」
「あ、うん。前のは・・・失くしちゃったから・・・」
そう、失くしちゃったの、遠い、遠いところで・・・
「違うわねっ胸のサイズが合わなくなっちゃったのよねヒメー!!ああ二度とそんな間違い起こさないように次からはあたしが定期的にきっちりみっちり測って予測値を出してあげるわよーー!」
「黙れっこの万年発情ネコがぁあ!!」
たつきちゃんと千鶴ちゃんのいつものそんな騒ぎに
みんなの楽しい賑やかな声に
あははって笑っておしゃべりして
そうだよあたしは今ここに、ここに、いるんだから
なのに
それなのに
手首より長いカーディガンの袖口をきゅっと握ると蘇るあの恐ろしい感覚
呼んでも決して届かない声
音もなく頭をすり抜けて行ったサッカーボール
握っているのに、繋がらない手
あたし一人がガラス瓶の底から世界を覗いていた24時間
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