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□夕焼け、放課後
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「見て見てこれ!『文化祭で男子が女子にときめいちゃう瞬間ランキング』だって!!」
お昼休み、真花ちゃんがケータイで見つけたそのランキングに皆は興味津々。
「どれどれ、3位が『何かと頼りにされる』ねぇ・・・ふがいないオトコ共らしい願望だわ」
「でもでも、2位は男子でなくても胸きゅんシチュじゃない?『放課後に二人で準備』って!」
「んで、1位は?おおっ『二人で買出ししていいムード』だって!」
「ま、兎に角"二人で一緒に"が増えれば親密度アップってこと、ね?安直っちゃー安直だけど一理あるわ」
そんなワイワイとした会話につい聞き入ってしまったあたしに、たつきちゃんが小さく耳打ち。
「聞いた、織姫?あんたもちょっと頑張ってみたら??」
「え?」
「手芸部の製作が大変とかにかこつけて、頼っちゃいなこの際。どーせアイツ帰宅部で暇なんだろうからさ?」
「って・・・えっと・・・???」
なんの話かちっとも分からず聞き返すと、たつきちゃんはにやっと笑って。
「一護と、さ?どうにかして『二人で一緒に』シチュ作っちゃうんだよこの機会に!」
「えええええ!?む、ムリぃ!!」


<夕焼け、放課後>


授業が始まってもあたしの心は落ち着かないまま。
あのランキングとたつきちゃんの言葉が頭をぐるぐる。
目を上げていつもの角度で見つけるオレンジ色にまた心臓がどきり。

ムリ、ムリだよぉ・・・
だってだって何をどう言ってお願いすればいいのか全然わかんないもん!!
・・・’手芸部の出品作品のモデルになって下さい’とか??でもあたしもう作るもの決めちゃったし・・・
・・・’製作が忙しくてあんこぱん買いに行く間もないから、お買い物お願いします!’???・・・ダメダメ!それじゃ黒崎くんパシリみたいだよっどうしよう『へい、あっしにまかせて下さい親分!!』『うむ、おめぇしか頼れる奴ぁいねぇんだ、頼んだぞ?』で黒崎くんが鉄砲玉になっちゃって瀕死の重傷負っちゃったら・・・いやぁそんなの!!

「絶対だめなのぉーーー!!」

自分の叫び声で現実世界に戻って見回せば、シーンと凍りついたような教室。
「ほほぅ・・・井上オマエこの問題の解法はこれじゃあ絶対だめだと言うんだな?」
あたしを睨み付けてるのは、鬼と評判の数学の先生。
「あ・・・え・・・??」
「ではもっとエレガントな解法を示してもらおうじゃないか、いいな井上!?」
「へぁ??えええええ!?」


結局あたしは放課後までこってり絞られて。
(井上は普段ちゃーんと勉強してるんだからそのくらいで許してやって下さい、という越智先生の口添えがなかったらもっと長引いたかも・・・)
ああ放課後の貴重な製作時間が減っちゃった、とため息つきながらクラスに戻ったら。

「おぅ、井上。大変だったな?」
「!!??黒崎くん???」

えええっどうして??どうして帰宅部の黒崎くんが今まで学校に残ってるの???
ま、まさかまさかこってり絞られたあたしを哀れに思った天の配剤って奴だったり??だったらどうしよう〜うれしいけど心の準備があっまだお誘いの言葉も決まってないし!!

あたしの気持ちになんてお構いなしに、黒崎くんはあたしに近づいて来て。
「ったく、アイツってねちねち野郎だよなー、ちょっと寝ぼけたくれぇであんなに怒ることねぇよなぁ?」
「あ、あはは・・・」
(寝ぼけてたんじゃなくて・・・く、く、黒崎くんをどう誘おうか悩んでたなんて・・・だめっ言えないよぅ〜〜〜!!)
「ま、気にすんなよ?井上成績いいんだから、ンなことくれぇじゃなんの問題にもなんねぇだろうしな?」
目の前でそう言ってくれてる黒崎くんを見上げたら、体がきゅうんと震える程ときめいてしまった。
斜めに窓から差すオレンジの光に照らされる背の高い姿、その陰影。薄茶色の優しい目に見つめられていると意識するだけで痺れそうな自分の脚。

『放課後に二人で準備』

あのランキングじゃないけど、放課後に黒崎くんと一緒に教室にいるなんて初めてで。
この夕暮れの、すべてがオレンジがかった雰囲気は確かに恋の魔法にかかるに充分だって、思わず信じそうで。

「あ、あのね黒崎くん・・・」
「ん?」

するり、と言えてしまいそうな気がして口を開いた、その時。

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