§短編書物庫§
□【赤い絆】
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「かや?」
俺『支倉孝平』と隣にいる彼女『千堂瑛里華』の間に生まれた赤ん坊の名前を告げた途端、すごく鋭い目つきで俺と瑛里華を睨み付けてくる瑛里華の母『千堂伽揶』さん。
その目つきに、俺と瑛里華は苦笑いをしながら立ちすくんだ。
「ぷっ……くくく……」
そんな俺達のやりとりを見ていた紅瀬さんが笑う。
「貴様等……あたしが帰ってこないと思っていただろうっ!!」
伽揶さんがうがーと吠えた。
「いやいやいや」
俺は一応否定する。
「ふん、まぁよい」
悪態をつきながらも、伽揶さんは嬉しそうな顔をしていた。
「さて、目的も果たしたし行くか」
「そうね」
「ちょっと、もう行っちゃうの?」
「家に寄っていって下さい」
「遠慮する。同じ名前のヤツがいたら、ややこしくてかなわん」
伽揶さんはヤレヤレと言った様子で言ってくる。
「じゃ、元気で」
二人は、近所へ買い物にでも行くような気軽さで立ち去ってゆく。
「母様」
瑛里華が呼び止めた。
伽揶さんが振り返り、二人はしばらく見つめ合った。
瑛里華は何か言おうとしているが、言葉が出てこないようだ。
「その子は……」
「えっ?」
そんな瑛里華を見ていた伽揶さんが先に声を掛けた。
「あたしに似て美人になるだろうよ」
それを聞いた瑛里華が笑ってうなづく。
「言えた義理ではないが……瑛里華、母の務めを立派に果たせよ」
そう言って、伽揶さんはまた歩き出した。
「はいっ」
瑛里華は去っていく伽揶さんの背中に向かって返事をする。
そして、まるで姉妹のような二人は、ゆっくりと街の中へと消えていく。
姿が見えなくなるその瞬間まで、彼女たちは振り返らなかった。
「行っちまったな」
「そうね」
「次はいつ会えるかな」
「さぁ? いつ会えるかわからないけど……寂しくはないわ」
二人が消えていった方角を見つめ、瑛里華は目を細めた。
「母様はね、ずっと昔から……家族のことで、頭がいっぱいの人だから」
瑛里華はそう言って、二人が消えていった方角をもう一度見つめた。
「そうだったな」
俺も二人が去った街の方を見た。
「孝平。今からどうしましょうか?」
瑛里華は視線を俺に向ける。
「そうだな……退院した御祝いに、なんか食べにいこうか。病院食ばっかりで、飽きてただろ?」
「ええ。病院食って初めて食べたけど、あんなに味気ない物だったのね」
「まぁ味より栄養を重視してる訳だから仕方ないさ」
「それは解ってるんだけどねぇ……」
瑛里華は小さな溜め息を吐く。
どうやら、かなり堪えた病院生活だったみたいだ。
「まぁまぁ。退院したんだしいいじゃんか。それより飯に行こうぜ」
「それもそうね」
「瑛里華は何が食べたい?」
「うーん……そうねぇ……」
瑛里華は食べたいものが沢山あるのか、頭を斜めに傾けて考えている。
俺はその間、伽揶の頬っぺたをツンツンとつつきながら瑛里華の返事を待つ。
俺が頬っぺたをつつく度、伽揶は俺の指をくわえようと顔を動かす。
こういうのもなんだが、俺達の娘は本当に可愛い。
これが俗に言われる『親馬鹿』というものなのだろう。
「ねぇ孝平」
「なんだ?」
食べたいものが決まったのか、瑛里華が話し掛けてきた。
「食べたいのが多すぎて決まらないの。良かったら孝平が決めてくれないかしら?」
「決まってないのかよ!! てっきり決まったもんだと思ってたぞ」
「だ、だって本当に決められないんですもの」
「たくっ……一応は瑛里華の退院祝いって事なんだぞ。それを俺が決めちゃってもいいのかよ?」
「私はいいのよ。私が決めようとしたら、もっと時間が掛かっちゃいそうだもん。だからお願い♪」
俺は軽く溜め息を吐く。
これじゃあ何の為に聞いたのか分からない。
でも時間が無くなるよりはマシだろう。
「それじゃあ、カニ鍋でも食いにいこうか」
退院したばっかりの瑛里華には、こってり系の物は少しキツイものがあるだろう。
そういうのを考慮した結果、思いついたのが鍋だったという訳だ。
「いいわね。でもカニよりモツが食べてみたいわ」
「モツ食った事無かったっけ?」
「人間に戻ってから食べた記憶は無いわね。吸血鬼だった頃に食べていたとしても味は分からなかったわ」
吸血鬼は血で食欲を満たす為、味覚が鈍く、食べたものの味が分からない。
なので吸血鬼に取って食べるという事は、ただ食事している所を『見せている』に過ぎない。
人間に戻って初めての食事をした時の瑛里華の喜びようは、今でも頭の中にしっかりと焼き付いている。
そして長年の末に赤ちゃんを身籠った時、瑛里華は泣きながら、
「ありがとう……ありがとう……」
と言いながら、お腹を擦っていたのも覚えている。
「……こ……い……うへ……こうへ……孝平!!」
「うぉ!! な、なんだ!?」
俺は突然聞こえた瑛里華の声により、現実へと呼び戻された。