曼珠沙華


□兄妹日記。
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"朔兄ちゃん"千代がそう呼びはじめたのは仲良くなってから。

五歳の時。
誘拐され、涙を流さず帰った妹に驚いた。
服や顔には血それは他人のものでその姿が綺麗に快楽的に思えた。

「ただいま、もどりました」


そう言っててくてくと私の横を通ったのを見て抱き上げた。


「千代」


「…兄様…?」


笑わないこの子が、私だけに笑ってくれたら。
泣かないこの子が、私だけに泣いてくれたら。
私もこんな小さな娘が剣を振るい大人を殺す姿をみたい。




「顔や身体が汚れてるよ、女の子なんだからちゃーんと綺麗にして寝なさい、良いね?」


「…はい」




無口なこの子が私にだけねだり、我が儘を言い色んな表情を一番に見せてくれたら…



ある晩。
千代が真っ赤に身体を染めて部屋に来た。




「どうしたんだい?」

「殺しちゃった…その、あとが解らないんです」




五人の女官が死んでいた。

成る程、血まみれの姿を見られる度に殺してここまで来たのか。



「私に任せて、ほら湯殿で綺麗にしてきなさい」

「や、だ……兄様も…っ」




初めての我が儘に嬉しくて抱き上げたまま抱きしめた。

千代が我が儘を言ってくれた代償が五人なら安い。
女官の変わりなど数多に居るんだから。
けど、千代の変わりは居ない。



「いいよ、一緒に入ろうか」

「はい…」


それからよく寝床に来ては私が知らないうちに潜り込み眠っていた。
すやすやと眠る幼い表情、小さな手が温かかった。



千代は人が死ぬ事に恐怖を覚えなかった。


殺す姿はまるで蚊でも殺すみたいに静かになんの感情も持たなかった。


「朔兄ちゃんっ飴、飴食べたい」


父親達は知らない千代の好物。千代の好み。



「うん良いよ、手拭いてからね」

「はいっ」


毒華なんて呼ばれたらしいけど、千代はそんなに醜くはない。美しいだけだ。毒など無く、純真無垢。







「えんちゃん!あんねーそれでねー朔兄ちゃんがね」

「その話しは聞いた」

「あれ?だってえんちゃん聞いてなかった!」

「…くくっだってよ」

「あ、えんせー!飴あげるー」

「どーもっ、お前また来てたのか」

「朔兄ちゃんがべっこう飴くれるから!」


笑いを堪え鈴を鳴らす。
千代は"えんちゃん"の膝の上から下りて探す。
目が合うと笑顔で走って来る。


「千代、帰ろうか」

「うんっ」



君が笑うと幸せだから。















「朔兄ちゃ〜んのばかぁっ」

朝から怒鳴りながら甘露茶を入れる愛しい妹。


「千代、朝の挨拶はおはようだって教えた筈だけどねぇ」

「っおはようございます!」

「うん、おはよう」


プルプル奮えお茶を渡す。


「今日から仕事だって言ったじゃないですか!」

「うん、頑張っておいで」

「もう、遅刻ぎりぎりですよ!」


遅刻ぎりぎりでお茶を入れる君はたいしたものだね。

小さく笑いながら戸棚から飴を取り出し、千代の口に入れる。忽ち嬉しそうな顔をしている。ハッとして騙されませんから!

なんて言いながらもにやけている。



「あぁ、ほらもう良いから行きなさい」

「いぇ、朔兄ちゃんの髪の毛をだらし無いままに―…」

そう言って髪の毛を束ねてくれる。
それの為にそんなに?
可愛すぎるじゃないか。


「行ってきます朔兄ちゃん」

「いってらっしゃい千代」





額にキスをしてあげると照れた様に出て行った可愛い妹。



結婚なんか出来るわけはない。
出来ても彼女を抱けやしない。


可愛い妹で可愛い姫、私だけの妹姫は私だけのものになったから。
夫になれば違ってしまう。
それは嫌だ。
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