BOOK1《後編》
□三十六
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男名無しの結婚なんて知りたくなかった・・・
胸がはり裂けそうに苦しくて、息ができないよ
沖田さんの脅迫に真冬に冷たい水を被せられたように、全身が震える
「彼の下には、いかない…わ。あなたの所に来た時から、もう何処にも帰れないって分かってる」
「じゃあ、ずっと僕の側に居れば良い。悪いようにはしない
僕はね、身体だけでなく、君の心も、子供も欲しいんだ
だが、結婚はしない。家柄の釣り合った女と政略結婚することは、周知の事実だからね」
女名無し愛してる…君と家庭を持てたなら、どんなに幸せか僕は知ってる
それは君の為にはならないことも・・・
「心だけは、私の意思では、どうにも出来ないの…男名無しに捧げてしまったから
あなたを…好きに…なれた方が、苦しまなく…て済む…のに」
フルフルと首を横にふり、泣くまいと堪えながら、搾り出す言葉が、徹底的に僕を拒絶する
堪えたはずの涙が頬を滑り落ちてちるのを、指で掬い、女名無しを抱きしめれば、愛してくれるのだろうか…
パチン
手のひらに弾けた痛み。頬をおさえて、怯えた瞳を僕に向ける女名無し
まだ…そんなに、酒元を愛してるのか…
どんなことをしても、あいつに近付ける訳にはいかない
「あいつの名前を呼ぶなと、何度言えば分かるんだ」
両肩を強く掴み揺さぶれば、頬を赤く腫らして、怯えて嫌がる女名無しの声を聞き付けて
居間で待機していた土方さんが、部屋に飛び込んできて、僕を羽交い締めにしてやめさせた
「女名無し、僕から離れられると思うな!そんな事をしてみろ、何もかも君から奪ってやる」
*
そろそろ、出てくる頃だろうと、無機質な都市を彩る夜景を見下ろしながら、居間のソファーでタバコをふかす
総一朗の女への気の入れようといったら、半端ではない
執着・・・という言葉に似つかわしくないほどの、清らかなものを感じるのは俺だけだろうか・・・
この強固な、セキュリティのマンションのペントハウスは、沖田グループのものだが、総一朗が彼女と逢い引きするために用意した
俺が女を送り迎えするのは、俺の恋人にみせかけ、女に危害が及ばないようにするためでもある
総一朗は、出来ることなら、真綿に包んで誰の目にも触れさせず、大事に護りたいといった態だ
なのに、こんな事は初めてで、俺の手を振り払い、部屋から出ていく総一朗を追いかけ、肩を掴む
「おい、総一朗!いい加減にしないと、彼女を本当に失うぞ」
「最初から、僕は何も得てはいないじゃないですか。失うものなんて何もない
それに、彼女を失う辛さはもう知ってる!!」
もう、知っているだって?!そんなに、辛そうな顔して…お前何を考えてるんだ
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