BOOK1《後編》
□三十二
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古い商家が建ち並ぶ、町並みを背に
セーラー服のまだあどけない女名無しが、大きな瞳で俺を見上げ、頬を染めて微笑んだ
俺の制止を聞かずに、ひだスカートを翻し、風にのって何処に向かって走っていく
離れては危険だと、追い掛けるが、ヒラヒラ舞う蝶々のようで
捕まえても、掴んでも、スルリと抜け手応えはなく、あっという間に霧散してしまう
そして、ずっと先で俺を振り返り瑞々しい唇が俺を呼ぶ
「龍馬さん、こっちだよ」
笑顔で手をふり、またヒラヒラと舞うように走っていく
…女名無し…待て…待ってくれ!
追いつけない自分に苛立つが、身体が重い。肩や腰を何かに押さえつけられているようだ
いつの間にか、女名無しの微笑みが消え
何かを、必死に告げているのに、君の声が聞こえない
おちついてゆっくり話そう、焦らないで良いから…
そう繰り返し告げても、女名無しの表情は、眉尻をさげて陰って行くばかりで
俯く寸前の女名無しは泣き出しそうだった
走り去る君の背を、地面に縫い付けられた重い足では、追い掛けて抱き締めてやれない
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