BOOK1《前編》
□一
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朝はめっぽう強くなった。『早起き対決』のおかげかな
満員電車は嫌いだし。いつも出社は、フロアで1,2番ってとこ
でも、今朝は久し振りにあの夢を見てしまい
朝礼が始まる少し前に、滑りこんだ
隣の席の中岡さんが
「ギリギリなんて珍しいね」
肩で息をする私に、目を丸くしながら付け足し
「部長が本社から、出向で暫く来るって話
少し早まって、今日からだって…」
その人は、支社長と一緒に、並んでやってきた
仕立ての良さそうな、濃紺のスーツを着た、背の高い男性に
全ての感覚を奪われて、息をするのも、瞬きするのも忘れる
支社長が何か説明し、彼がその黒い瞳で、社員を見渡しながら、自己紹介を始めている
話の内容を、聞き取ろうとしているのに、声しか認識出来ない
隣に立つ中岡さんが
「ちょっ、具合でも悪くなった…?!」
肘で軽くつつかれて、ハッと我にかえる。頬を濡らす何かが滑り落ち
指先で拭っても、何滴も落ちる雫に、いてもたっても居られず
「すいません、すぐ戻ります」
小声で中岡さんに伝えて、化粧室に駆け込んだ
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