夢小説
□紺涙-コンルイ-
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二つの影
その昔、力のトライフォースを司っていたとされる者が倒されたとき。再びこのような事態が起こらぬよう、その魂は四つに分けられた。
分けられた魂は一つを除き全て別の世界――異次元に封印されたという。
封印されしその者の名は、ガノンドロフ。
かつて光と闇が対立した時代から、我ら一族にとって揺るぎないただ一人の『王』である――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハイラル城から遠く離れた地、フィローネの森の奥深く。人の手の届かない――誰も訪れないような、外からの来訪者を拒むように存在する『隠れ里』があった。
そこには、かつて古くからハイラル王家に影≠ニして仕え護ってきた《シーカー族》――とは同じであるが全く別のシーカー族が暮らして、彼らはハイラル王家には仕えていない。
では誰にその膝を折っているのかといえば、光と闇の対決――光≠《ハイラル》とするならば、こちらは闇≠ノ……《魔王ガノンドロフ》に忠誠を誓った一族なのである。
元々一つだった部族が、どうして袂を分かつまでに至ったのか。
簡単に言うなれば、より力の強い者を求めた結果、それがたまたま闇側のガノンドロフだったというだけ。
更に深い理由を上げるのならば、同じ一部族の中にもそれぞれ個性があり、ある年代に『戦闘に固執する者』の数が増え、その結果一族の中に溝ができ……極端な言い方をすれば差別が起きた。
しかし所詮シーカー族は影=\―仲違いをし、追い出されるのが先か出て行くのが先かに前後はなかったけれど、里を出た彼らは自身の部族の本質に抗うことなく、次なる主≠求めたのである。
影の枝別れ。影の影。堕ちた影。闇の影――言い方はいろいろあるかもしれないが、闇側のシーカー族は、自らを《裏≠フシーカー族》と呼んでいる。
そんな裏≠ノ生まれた一人の若者――レイは、古い歴史の紐を解けどさほどハイラルを嫌っているとか、闇側に執心している訳ではない。
なんだかんだ言っても、それらは全て昔の出来事。末裔である自分が過去のことを覚えている訳でもあるまいし……それに、レイにはもう過去≠ェ存在した。
実は彼――レイは、元はただの【紺野】という名前の男性であった。これといって現代社会に不満があった訳ではないのだが、気がついたらこのザマである、遺憾の意。
まぁ、せっかく生まれ変わったことだし、憧れのキャラにでもなりきるかな! ――と思ってクールキャラを演じたのが運の尽き、もう後には戻れない。この間、里の長的立場の人が「レイのような実力も信頼もある者が長になってくれれば、我ら一族も安泰じゃの」と自分の肩を一度叩いたとき、レイは思わず叫びそうになった。
けれど始めは演じていた性格――『嘘も貫き通せば真実となる』とはよくいったもので、演じていた性格は、いつの間にか『演じていた筈の性格』になった。つまりは身に染みついてしまったのである。
自身の固定された性格と同じくして、その地位も確定される。――里の長が代々身につける《闇の首飾り》を先代から譲り受け、その中央に輝く紫色の宝石を見たときレイは、自分がもう来るところまで来てしまったことを悟った。
(悲しいけれどこれ、現実なのよね……)
最早死んだ目をしそうな勢いで脱力しているレイだが、そこは仮にも長。木の上に胡坐をかいて頬杖をつきながらも、見張りの番の役目を怠ってはいない。長なのに見張り番? という疑問は……見張りと称して、ただだらけているだけなのは内緒である。
その日もいつもと同じ一日で終わる筈だった。ただ何も無く、変化のない。名ばかりの『長』として適当に過ごす、そんな平穏。
《――我が影≠諱B我が声に応えよ》
しかしその平穏は突如として崩れ去る――何も考えず、ただ景色を眺めるのを楽しんでいたレイは、自身の頭の中に響く声に目を見開く。
その声は低く、重く。言いようのない不安をレイに抱かせた。しかし不思議と逆らう気は起きず――逆らえない四肢を動かし、レイは里へと歩き出す。
「お頭!」
「!」
里に向かって早々、レイの傍には周囲の警備をしていた同胞――自身の部下が駆け寄って来た。
「どうした」
動揺を隠しきれない様子の部下に、レイは静かに問うた。自分たちをまとめる者の、その冷静な姿に部下は少し落ち着いたのか「それが……」と、先ほどよりも低い声で報告をし始める。
「里に近づいてくる気配があります。それも複数です」
「……………」
「お頭、如何なさいましょう」
「……――やはり……」
「お頭?」
部下の言葉に顔をすぼめるレイ。普段感情を露わにすることがない彼の珍しい表情に、部下は驚き半分、緊張した面持ちでレイに呼びかける。一方レイはこの部下の報告で一つ、確信に至った。
一族に伝えられてきた歴史。光と闇の戦い。シーカー族。自分たちの使命。そして先ほどの声≠ヘ……あれは、間違いなく――。
「……他の警備の者、そして里の者全員に伝えろ」
「はっ!」
「『一切攻撃はするな』――と」
「は……それは――!」
「従え。これは『命令』だ」
「――――」
部下は一瞬、言われた言葉の意味を理解できなかったのか、口元を覆う布の下が容易に想像できるほど間抜けな面を晒す。そうしてすぐに意味を理解し、反論しようと口を開くもレイがそれを許さない。強い声音で言われた『命令』という二文字に部下は押し黙る。納得ができないのは見てわかった。けれどレイにも譲れない理由がある。
なぜなら……こちらに接近して来ている集団は十中八九(じゅっちゅうはっく)闇――我らが主≠ニその僕(しもべ)であるのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
黒い衣、褐色の肌、艶めかしい唇。
部下に命令を下し、何もせずただ主君との対面を待っていれば……森の中から現れたのは想像した男性ではなく、妖艶な女性であった。
(おかしい……)
先ほど聞いた声≠ニ【ガノンドロフ】という名前、それと里に残された文献から、てっきり男が来るかと思いきや……すっかり拍子抜けしてしまったこちらの心情など知りもせずに女――彼女は自分を取り囲むように存在するシーカー族を見て笑みをうかべる。
突然彼女が笑うものだから、部下たちはその意味を知りかねて女と、女の後ろにいる少数の魔物を警戒する。戦闘態勢は取っても彼らが武器を握らないのは、偏にレイが『一切攻撃はするな』という命令を下しているからだ。
忠実な部下の姿勢にレイは場違いにも自分が『長』だという立場であることと、里の者たちから信用されていることを改めて自覚する。自覚して、この膠着した状況を脱しようとレイは女に向かって一歩踏み出す。そうすると必然的に集団から外れ、視界から部下の姿は消え、レイは女と向き合う形になった。
「貴方がここを纏めている者かしら?」
対峙した女は高圧的な態度でレイに問いかける。後ろで部下の何人かが殺気を漏らし、それに連動して女の背後に控える魔物らが構えるので、片手で「待て」という合図を出して止めさせる。
「左様。アンタは誰だ? 何しにここへ来た」
なくなりはしなかったが、先ほどより薄くなった殺気を感じながら、今度はレイが女に問いかけた。女は「あら」と言うと、
「かつて闇に付いたとされる裏のシーカー族が、まさか仕える主の顔を忘れたのかしら?」
残念ね――女は呆れた様子でレイの問いに答える。背後でまた殺気が、――レイがそれを手で制す。この動作をあと何回やらなければならないのだろうか……レイは思わず遠くを見た。
ため息を吐きたい衝動に駆られつつも、レイは自身の疑問を解消すべく口を開く。
「我らが使えるのは王――闇を統べる者ただ一人。よってお前に仕える道理はこちらにはない。……何をしようとして戦力を欲しているのかは知らぬが、当てが外れたな。――早々に立ち去れ」
なめられない様にこちらも高圧的な発言をする。――さて、これで向こうがどうでるか……。
逆切れされて襲いかかって来ることも視野に入れ、部下たちに「警戒・戦闘準備」の合図を出そうとするが……突如として感じた目眩に拳を握ってしまい合図を出すことはできなかった。
なんだ……? ――きつく目を瞑り目眩をやり過ごそうとするも、今度は脳内を不快な雑音が走る。平衡感覚がない。自分は今、立っているのか座っているのか……それすらもわからない。
「お、お頭!」
部下の焦った声が聞こえる。目を開けると自分は先ほどの位置から全く動いていなかったが……レイの目の前には、あの女が手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいていた。
「!? ――ッ」
一体いつの間に――! そんなこと考えなくともわかる、あの目眩だ。その間に接近されていたことと、その程度で接近を許したことにレイは内心腹を立てつつも、体は女から離れようと足に力を込めていたところだった。
しかし距離を置くことは結果的に叶わなかった。その前に女の手がレイの首――首巻きに隠された《闇の首飾り》に触れたのだ。
瞬間――眼前に閃光が走る。グラグラと視界が揺れ、先ほどとは比にならないぐらいのノイズが脳内を浸食する。
空を覆う黒雲。稲光が迸(ほとばし)り、世界は闇に染まる。まるで誰かの回想シーンを見せられているようだった。闇、闇。闇、闇の王、王――力。
黒雲に雷光が混じる。それが誰かの形を成す、女が満足気に笑う。女の背後に浮かぶその姿は……我らが主君、ガノンドロフか。
「どう? 貴方達が誰に仕えるべきなのか、わかったかしら?」
「――確(しか)と」
「お頭……?」
部下たちの心配げな声が聞こえる。ああ、すまなかった。俺の勝手な思い込みで、お前たちを危険な目に遭わせようとした。この女は――このお方≠ヘ、敵にまわしてはいけない。
「――皆、警戒を解け。彼女らは敵ではない」
「お頭! どうしたんですか……しっかりして下さい!」
「そうですよ! 何を言っているのか、話しが唐突過ぎて――」
「時≠ェ来たと言っている。我らが主君の再来……我らの使命を果たすときが来たのだ」
困惑する部下たちに冷静を通り越して冷酷に告げるレイ……その内心は乱れていた。
(うかつだった……外見だけで判断して偉そうな態度を取ってしまった……!)
事が事、世が世なら死刑……ならまだいいが、一族根絶やしなんて冗談でも笑えない。何度悔やんでも自分が先ほど無礼な態度を取ってしまったことは消せない事実。レイはまだ死にたくなかったし、自分の所為で部下が死ぬのは(後悔する意味で)もっと嫌だった。
あまりにも必死過ぎて、レイは自分が部下たちに圧ではなく殺気を飛ばしていることに気づいていない。なかなか同意しない部下に「早く『うん』って言って、早く! でないと俺ら死ぬから!」という心の内は曝け出さず、必死さのみが殺気となって部下たちに降りかかる。
当然、レイの思いを知らない部下たちは、それまで無口、無表情であるが故に近寄りがたい印象を抱けども、同時にその実力から尊敬と憧れを抱き、冷たいように思えて実は誰よりも里の事を考え行動している――していた彼が、まるで人が変わったように自分たちに殺気を向け、従わなければ『死』を想像させる様は……冷酷、その一言に尽きた。
「お頭が」「そんな」「嘘だろう……」――部下たちを絶望と恐怖が襲う。けれど誰もレイに逆らおうとはせず、全員が揃ってその場で膝を着き、忠誠の意を示した。……それはこれまでの彼に対する信頼と情がそうさせ、希望を抱いての行動なのか。はたまた事実に絶望し、死への恐怖と生きたいと思う生への渇望からの行動か。そのどちらはわからない。
そんな部下の深刻さなどまるで気づきもせず、レイは部下たちの同意を得られほっと安心する。そうして自分も女に向かって膝を着き、自分たちがこれから貴方に従うことを示す。女はレイの行動、強いてはシーカー族の行動に満足げに頷いた。
「さぁ――行くわよ。こんな辛気臭い所、早く離れましょ」
仮にも長い年月をここで過ごした自分たちの里を「辛気臭い場所」などと……部下たちは湧きあがる怒りに顔を上げるも、レイの表情を失くした顔を見て拳を握り、襲いかかるのを留まる。「長が耐えているのに――」その思いから自身を抑制した部下たちだったが、しかし捉えようによってはまるで……自分たちの長が、あの女の操り人形のように感情をなくし――なくされているように思えた。
(この女、素で性格悪いな……)
レイとて、愛着のある住処を貶す発言には怒りを覚えたが、後ろにいる部下たちを見て発言を思い留まる。――自分が後先考えず今動けば、それは同時に彼らの死へと繋がる……長としての自分に従い、共に行動をする仲間を危険に晒すことなどレイにはできなかった。
一人の寡黙さとたくさんの信頼が見事にすれ違い。本来一つの『全』であるべき彼らは、多くの『個』として戦闘に参加する。
それが凶と出るか。吉と出るか――先はまだ長い。
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