夢小説
□淡泡-アワアワ-
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着水
どうも、人魚です。
突然ですが、助けて下さい。お願いします。
ワタシはただの人間でした。そう、ただの人間だったのです。
こうなると今のワタシは人間でないということになりますが、正しくその通りで、今のワタシは人間ではありません。
気がついたら人魚≠ノなっていました。
これが夢だというのなら、試しにワタシの頬を殴って下さい。そしたら貴方もワタシも今≠ノ納得ができますし、それは必ずお互いのためになる筈です。
ワタシも自分が人魚だと気がついて、まず自分の頬を抓ってみたのですが、どう言う訳か痛いだけで特に変化はありませんでした。
つまりこれは現実だと、いうことでしょう。
しかし、それではおかしいのです。なぜならワタシは人間≠セった、筈なのですから。
……え? なぜ「筈」なのか、ですか……? いやはや、それがお恥ずかしい話。自分のことがよく「わからない」のです。
これが俗に言う『記憶喪失』というやつでしょうか……。『知識』は健在なのですが、いかんせん自分のことに関する記憶はすっぽりと抜けていまして……かつてワタシは人間≠セった。ということはわかるのですが、ではいつの時代のどこの誰で何をしていたのか。に関してはてんで思い出せません。
……さて、ワタシという意識が目覚めてから。かれこれこんなことばかり考えていましたが、そろそろ現実逃避をやめて状況を把握するべきでしょうね。
水面からは光が注ぎ、水底が確認できます。つまりここ≠ヘそれほどの深さはなく、ですが身長百七十センチを超えているワタシを優に泳がせられる深さ、そして広さはあるみたいです。
水底、壁は角張っていない四角い石を並べることで構成されていて、その几帳面さからこの溜まりは人工的に作られた場所だと判断できますね。
極めつけは、それが四方に伸びているのですから、ここは俗に言う『川』なのでしょう。
スムーズに一つ目の答えを導き出せました。ワタシは存外賢いようです。ありがたいですね。
さて、次に必要な答えは、ここがどこの川であるのか。ということですが、それには水面にでなければならず、仮に『人間』がいた場合。ちょっと……いえかなり厄介ですね。
ワタシも自分が人魚を見つけたら驚きますし、自分がどれほど異常な存在かは理解しているつもりです。
ですから下手に面に顔を出すのは、あまり賢い選択とは言えないのですが……うーん。困りましたねぇ……。
いっそのこと、当たって砕けてみます? あ、砕けちゃだめですね。
(……! そうだ――!)
今はお日様の光が降り注ぐ昼間。なら夜に観察すれば良いのです。人間の多くは、夜は寝ているので比較的に安心して探検することができるでしょう。
そうと決まれば、今の内に仮眠をとるべきですね。
……あれ、ワタシって寝れるんでしょうか……?
――どっぷりと日が暮れました夜。そろそろ行動する時間です。
睡眠も十分とったので、探索に支障をきたすことはないでしょう。
いざ、水面へ。
『――ぷはっ』
わー、星が綺麗……。じゃ、なくて、探検。探検。
夜は闇が多く、それだけ死角が多いのですが……街灯らしきものが多々あるので、照らされている部分も多く、ちょっと難しいミッションになりそうな予感……!
水辺のすぐ傍にはありませんが、やはり少し離れた場所に建ち並ぶレンガでできた家を見るに、人間がいることは間違いなく。そしてワタシは、幸か不幸か人間の領域内に現れてしまったみたいです。
大変。大変。
時々止まったり、泳いだりと移動を繰り返していると石橋を見つけました。
そして同時に、橋の片側から人間の声の声が聞こえて来て、明かりが近づいてくるではありませんか!
これは危ない、とワタシはすぐに潜り姿を隠し、橋の下まで移動すると再び顔を出します。
どうやらバレなかったようで、人間はワタシが橋の下にいることにも気付かず話していました。
「――ったく、夜間の警備なんてダルいだけだろ……あー、ねみぃ……」
「全くだな。どうせ巨人共はあの壁を越えられねぇし、たいした犯罪も起きてない」
「だよな……最前線の町《シガンシナ区》つったって、こうも平和じゃ俺らのすることがないぜ――」
夜にもかかわらず大きい声で話すので会話の内容はだいたい聞こえました。
壁……巨人……最前線の町……。
(それにしても「志願しな」区だなんて……変な名前ですねー)
その後も移動を繰りかえしては人を見つけたのですが、見つける人みんな同じ格好をしている彼ら彼女らは愚痴ばかりで、たいした情報は手に入れられませんでした。
平和なのは、いいことだと思うのですがねぇ……?
そうこうしている内にお日様が顔をだそうとしていたので、ワタシは早々に水底に退出したのです。めでたし。めでたし。
……めでたくないやい。
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