ジョウケイアイディール

□三段目《室咲き編》
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頼み事



 世界で一番領土を持つとされている《カルラ》広国。

 その最東端、竹林で囲われた静かな町《シンラ》、その一角に店があった。
 薬屋であるその店には看板らしきものは無く、人の顔ほどの小さな旗に薬処≠ニ書いてあるだけの、寂れた雰囲気を感じさせる店であったが、その薬屋に一人の人物は訪ねて来たのだ。

 薬屋の裏手、店とは違う建物で、渡り廊下で繋がった家屋、その客間に座り緑茶を啜っていた人物は、静かに開けられた障子に湯飲みを座卓に置いた。


「おぉ、悪いな。待ったか?」


 対して悪びれもなさそうに声をかけながら部屋へと入って来た男、雀色のざんばら髪は肩まで伸びていて、丈の長い羽織、それ以外は緑色系の落ち着いた色合いの着物は質素だが鮮やかである。


「いいや、こっちも悪かったね。仕事中だったのでしょう?」


 そう返事を返したのは、先ほどまでお茶を飲んでいた《妖野怪々(あやのかいかい)》である。
 妖野の言葉に男はにやりと笑うと、右手に持っていた木賊色の煙管をくるりと回した。


「なに、そう頻繁に客が来る訳じゃねぇし、問題はねぇよ。寧ろ薬屋が儲かるってこたぁそれだけ病人や怪我人が多いってことだ。今の状態が一番好ましいのよ」

「それなら良かった」


 妖野の目の前には自分が用意された湯飲みとは違い。もうひとつ湯飲みがある。渋い色合いのそれは持ち主が来るころには丁度良い温度まで下がり、座布団に座ると湯飲みを手に取り、こくりとひと口飲んだ。

 妖野もそれに習い。またひと口お茶を口に含む。それが喉を通る頃には相手はすでに湯飲みを置いていて、またそれに習う様に妖野も湯飲みを置いた。
 それが合図であったかのように、妖野は口を開いた。


「あのね雀伽和羅=A頼みたい事があるんだ」

「だろうなぁ……」


 妖野の言葉に男――《雀伽和羅雅貴(がらがわらがき)》は苦笑する。

 その表情に妖野は申し訳ない気持ちになる。ただでさえ日頃からお世話になっているのだ。出来ればこれ以上迷惑をかけたくない、と妖野は思っているが、しかし自分にはどうにもできない問題で、申し訳ないと思っていても、妖野は目の前にいる雀伽和羅に頼るほかなかった。


「そんな顔すんな。別にお前さんからの頼み事は、端から断る気はない」

「それが問題なんじゃないか……雀伽和羅は人が良すぎるんだ」


 妖野の心境が表に出ていたのか、雀伽和羅は宥める様に優しい声音で言った。

 それに苦笑を零したのは妖野である。

 雀伽我羅という男はドが付くほどのお人好しで、困っている人がいると頬っておけない性分だ。それは本人も認めていて、どうしよもないのだと、彼はその性格を直すのは随分前に諦めたのだと言っていた。


「ささっ、話の続き続き」


 雀伽和羅は急かす様に手の平を差し出してきた。それに慌てて、妖野も口を開く。


「あ、うん――実は、ここ暫くの間、知り合いから連絡が来なくて……」

「音信不通ってやつか?」

「うん、そう……」


 妖野の肯定に、雀伽和羅は眉を歪める。難しい顔のそれに、妖野は出来るだけ状況を詳しく、それでいてわかり易く伝えようと言葉を紡いだ。


「名前は《三途川水蓮(みずがわみれん)》。従兄なんだ。
 十年前に誘拐されてそれ以来、手紙のやり取りだけだったけど、けど最近その手紙すら届かなくなって――」

「ちょっとまて、誘拐ってなんだよ? 誘拐って、その時点でおかしいだろ」

「こればっかりはしょうがなかったんだよ。なんせ相手は《国》だし、どうしようも出来なかった。水蓮もそう言ってたんだ。『一歩外に出ようものなら首が無い』って」

「どんな国だよ……」


 雀伽我羅は呆れた様にため息を吐いたが、その表情は心配と少しの怒りが見える。
 一方妖野は疲れたような、諦めたように空笑いをしてみせる。そして従兄のいる《国》について語り始めた。

 小国《エレン》――ここ、《カルラ》よりも遠く離れた土地。西で最も力を持つ帝国《アクト》に近い国でもある。

 小国《エレン》は帝国をどこの国よりもその距離が近く、恐れていた。
 帝国について悪い噂は絶えない。悪逆非道の《アクト》≠ニいう、かの国を的確に表す呼び名まであるくらいだ。それほどまでに《アクト》は最悪で、恐怖の対象なのである。
 それを身近で知っている《エレン》だからこそ彼等は怯えずにはいられない。

 《アクト》の土地は貧しい。作物も育たないほどやせた土地では満足に資源も手に入れられなかった。
 一方《エレン》は資源に恵まれた国だ。山が近くにあるため水も豊富、これほど資源に恵まれている国はそう多く無い。

 《エレン》は《アクト》の侵略≠恐れている。そもそも、本来ならとっくの昔に侵略されていても何ら不思議ではない。それぐらい《アクト》は手が早いし、《エレン》は弱い。しかし未だに《エレン》は存在している。《アクト》が手を出さない理由、またそうさせる《エレン》の謎、それらはわからないが、だが絶対に何かある。

 三途川水蓮という男は、そんな《エレン》で診療所を運営していた。
 小さい診療所だ。知名度も低く、これといってたいした事も無いそこにある日、国に仕える役人が来て、そのまま有無を言わさず彼は連行された。

 連れて行かれた場所は《エレン》で最も大きい医療機関の施設。表≠ナは医療薬品の研究・開発が主とする施設だが、裏≠ナは地下に生物兵器の製造・実験が行われている。


「水蓮は万転者≠セ。蓮で陣≠作り、水を通して目的の場所に物質を転移させる。ただ実体媒体者≠ナもあるから、それにも制限がある。ある一定の法則がないと確実には転移できないんだ。
 これにより水蓮は隔離された場所でもこちらに情報を伝える事が出来た。でも……」

「それが唐突に途切れたと……」

「うん……」


 『連絡の途切れ』、それは水蓮が情報を送れない状態にあるのか、それはもしかしたら外と連絡していることがばれてしまっているという可能性もあり、最悪は彼はもう……。


「そんな暗い顔をすんな。落ち込むのは死体を見てからでも遅く無い。
 それに、従兄殿は生きてるよ。心配はしてもいいが絶望はするな」


 ありえなくない未来を想像していた妖野に雀伽和羅は笑った。

 それはけして彼が非情だからではない。会ったことのない水蓮が生きている≠ニ確信しているからこその笑みだった。水蓮の従兄である妖野とは大違いである。自分はどうも物事を悪く考えてしまう性格のようだ。


「さすが東の千里眼=A説得力のある言葉だね」

「うへぇ……その呼び方はやめてくれ、恥ずかしいから」

「だって雀伽和羅の言う事は必ず当たるんだもの」

「偶然だ。俺はそんな凄い奴じゃあない」

「そういうことにしておくよ」

「おい」


 なおも言おうとする雀伽和羅の言葉を遮るように妖野は「さて、これからどうしたらいいか、その助言をお願いしたい」と言った。


「だからそんな大層なもんじゃねぇって……助言? そうだなぁ……」


 不貞腐れながらも「うーん」と考える雀伽和羅。それから数秒で何か決まったようで、妖野の目を真っ直ぐ見る。


「ま、しばし待て、だな」

「………………はぁ?」

「『しばし待て』だ。兆しがある、それまでは下手に動くなってことだ」

「……ちょっとぉー……」

「『助言』を乞うたのはお前だ、妖野。なぁに少しの辛抱だよ」

「えー…………」


 別に雀伽和羅を疑っているのではない。妖野の知り合いで最も信頼できるのが彼であり、疑う必要がない。ただ、余りにも簡単すぎて納得がいかないのである。

 妖野の様子に雀伽和羅は忍び笑いをする。そして不満げな顔をする妖野を可笑しそうに見ながら言った。


「最近、影蝶(かげちよ)≠フ姿が見えないんだ」

「? 蝶間(ちょうま)≠ェ? 家出? というか、突然何の話?」


 妖野の言葉に雀伽和羅は更に可笑しそうに笑った。


「あいつは本当に、少しでも目を離すと蝶の様にふらふら〜っと何処かへ行っちまう」

「はぁ……」

「全く、何に魅かれているのか……きっと面白いもんでも見つけたんだろう」

「……えーと、雀伽和羅?」

「ま、そういうことだ。少し待てよ」

「どういうこと!?」


 結局訳がわからない妖野は不満顔のまま、雀伽和羅はそんな妖野を面白そうに見つめていた。


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