他ノ噺

□カシラザキ
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カシラザキ



 田舎の静けさに包まれた町。けれど少し車を走らせればその静寂は遠のき、代わりにコンクリートの建物が立ち並び、そして多くの人間が慌ただしく動いている。

 まるで時が止まっているかのようなこちら≠ニ時の流れが加速しているかのようなあちら≠ヘ、全く違う世界のようで実は同じ世界。時間を共有しているというのだから驚きだ。
 そのこちら¢、の町は言ってしまえば郊外で、昔と比べればだいぶ少なくなった田畑と林が点々と広がっている。
 減った田畑と林の代わりに増えた目新しい住宅街には、慌ただしい時間から逃れたくて越して来た人や、郷土愛と伝統が薄れあやふやになった先住民が住んでいる。

 そんな住宅街からも離れた場所にある一軒。今の時代ではあまり見られなくなった日本家屋は寂れているが立派な佇まいであり、庭も広い。そして家の周りに広がる雑木林は、鬱蒼と茂っていて不気味である。
 この家は昔から悪い噂が絶えず、ご近所からの評判も悪かった。

 古い時代。まだここが今ほど賑わっていなかった頃、この家の一族は代々『長』の役割を担っていた。
 同時に信仰の対象でもあったのだろうか――? 家には古くそれらしい%ケ具が今もある。……いい加減処分したいが、これでも迷信深い方で――所謂『祟り』というやつが怖くて捨てられない。
 また、この家の人間は代々『視える』性質――らしい。

 幽霊とか。妖怪とか。人間じゃないモノが視える。一族はその力を使いここを管理し、偶に住人の相談事を解決していたようだ。
 そのことで感謝されつつ、同時に嫌われていた……。そして、この家は実に不幸な家系で――人が早くに死ぬ。

 事実、もう何代目かになるかわからない父親は四十歳を迎える前にこの世を去り、母親は四人目の子供を産んだと同時に無くなり、そしてその長男は成人を迎えたと同時に交通事故に遇い。間っ子の長女と次女は海に出かけて……そのまま溺れて死んだ。

 【頭崎(とざき)】――それがこの家に住む一族の名であり、【凍介(とうすけ)】――現当主の名である。

 『頭崎凍介』――今は亡き兄弟の末っ子。天涯孤独となり、望まない当主を継いだ男の名だ。





 上の姉と下の姉が同時に亡くなったので、当然葬式も同時に行うことになった。

 齢十九の身で葬式の手配をするのは大変だった。なにせ父と母と兄のときは姉たちが日取りからなにまで決めてくれていたので私はなにもしなくてもよかったし、なにもする必要がなかったのだ。
 とはいっても葬式はやらなくてはいけない。普段はこちらに無関心な親戚は、しかし形だけにはうるさく、やれ常識がないだとか。血が繋がっているのに冷たいだとか。とにかく呼ばないと後からぐちぐちと文句を言われる。

 葬儀屋も石屋も「またか」という顔をして見られたが、そんな顔をされてもしかたがない。死んだものは死んだのだ。それにあちらは仕事なのだからむしろ喜ぶべきであろう。人が死ねば懐が潤うのだから。
 全くもって、面倒臭い……。

 死人に別れの言葉を言うのも、来場した人間にお礼の言葉を述べるのも。なにより面倒臭いのは、親戚から声をかけられることだった。


「このたびはご愁傷様でございます――」


 正しくは、親戚の声≠聴くことだろう。



 また死んだのか。ついこないだ葬式をしたばかりじゃないか。

 あら……? あの子は?

 凍介くんよ。ほら、四番目の。

 あんな子いたか?

 いたわよ。いつも上の子たちの後ろに隠れていたわ。

 やっぱり短命な家系ね。縁起の悪いことは言うものじゃないけど、最後の子が死ぬのも時間の問題じゃない?

 あそこは昔から気味の悪いことをしていたからさぁ……呪いだよ。あまり関わらないほうがいい。近づくと呪いがうつるぞ。

 見てごらんなさい。家族が死んだというのにあの淡々とした態度……冷たい子だね。



 ひそひと、と聞こえる会話は最早陰口の域であり、陰湿だ。
 悲しんでいないのではない。悲しんでいる暇がないのだ。故人を想うよりも先に、自分の役目と末路が頭に浮かぶ。それは重く暗い。最初で最後の役目と恐れる最期がこれから待っているのだ。これで悲しめという方がおかしい。いや、ある意味悲しんではいるな。

 なにも知らない親戚たちの陰口などカに刺された程度のものだ。気にすることはない。私にはこれからやらなければならないことがたくさんあるのだし、そう、気にする必要などないのだ。


「―――」


 それ≠ヘ、葬式が終わってからひとつきも経たないうちに我が身に降りかかる。

 その日私はすでに就寝した後で、けれど身体の上にかかる重さと首を撫でるヒヤリ、と冷たい感触に目が覚めた。


「――……ふッ」


 首を何かがギリギリ、と絞めつけていて苦しい。
 闇の中、ギラリと光る二対の眼が私を見つめていた。


「――――ッ」


 私はそれがなんであるかわかっていた。


「……『頭裂き蛇(とさきへび)』」


 その昔。まだ田畑が多かった頃。妖魔の毒が土に混じり不作が続いた時期があったという。

 その元凶は赤い鱗を持った。頭が二つに裂けた大蛇で、昔。蛇を駆除する際、蛇の頭を斬っていたが誤って頭を裂くように斬ってしまい。蛇はもがきながらも人間の下から逃げた。
 逃げきれた一匹の蛇は、自らの血で身体を赤く染めながらも人を恨み続け、その怨念から邪のモノへと転じた。――その蛇が長い年月を経て大蛇へとなると。その牙から、全身から毒を滲みだし、土へと浸み込ませたという。

 被害が続いたので人々は大蛇を退治しようとした。そうして大蛇を静めたのが後の【頭崎】なのである。
 ただ、大蛇があまりにも力をつけ強くなっていたので、当時の頭崎の力では退治までにはいかず、その場で石に封じ、そしてその上に家を建てた。

 家は一種の結界だ。当主が生きている限り作動する結界。だからこの家の人間は短命なのだ。存続する人間がいなくなれば封印は解ける。
 現当主はこの私、凍介。そして次に死ぬのもこの私だ。

 だがそう易々とくれてやるつもりはない。


「――ッ、離れろ!!」


 轟音のような鳴き声と共に去る気配。けれど遠くにはいかない。あれ≠ヘいつでもここ(この家)にいるのだ。この床の下に、そうして下から上を仰ぎ、こちらを殺す機会を伺っている。

 ここ最近、封じ込める力が弱くなってきているのだ。でなければ我々が寝首を掻かれるわけがない。この家が短命の家系だと言われ始めたのは、父の父、そのまた父の。私で言えば曽祖父が不可解な死を遂げたときからである。
 世間では不可解な死であった。そして私たちにも。実際に曽祖父が死ぬまで、その意味を、役割を、頭崎という名の真理を忘れていた。

 そしてそれは曽祖父の死――彼の首にできた。まるで鱗を持つ動物が絞めたかのような痕によって思い出される。
 けれど頭崎の力は――血は確実に薄くなっていて、自覚したからといって取り戻せる力など微々たるもので、一度緩んだ封印を元に戻せることはない。
 次々に家族は死に、残るは私ただ一人。

 けれどこれといって良い手段はなく、ただ途方に暮れるばかりである。





 祖母は不思議な人であった。
 彼女は私の名付け親で、四番目≠ノ生まれた私は「死に近い」とされ、血族の中では一番『頭裂き蛇』の影響を受けやすいという。

 そんな立ち位置に生まれた私に、祖母は「凍」という字を入れた。蛇は寒さに弱い。祖母は私に加護をつけたのだ。だが由来を知らない人間は、私が冷たい人間だからだと納得している。だが、あながちそれは間違っていないのかもしれない。私は人に冷たく、情に流されない。何にも心を動かされない。そう、あの大蛇にも。何も感じないと言えば嘘になるが、しかし私は大蛇のことも、大蛇に殺される自分のことも、どこか他人事に思っているのも事実である。
 ……話を戻そう。良くも悪くも私にお似合いの名前を授けてくれた祖母は不思議な人であった。常人には視えないものが視えていたし、それらを祓う力を持っていた。

 時に祓い。従え、操り、癒し、浄化する力を――力の『使い方』を知っていたのだ。
 祖母はころり、と死んだ曽祖父に代わるように大蛇から身を守り、長く生きた――方だ。身内の年齢は興味がないので覚えていないが、それでも六十歳を迎える前に死んだのは確かだった。
 私は祖母が死ぬ前に、彼女から力を使う『方法』を教わっていた。しかし聞かされた話の、そのどれもがたいしたことではなく、祖母曰く「想いが重要」とのことらしい。俗に言う『言霊』である。

 呪文も術式も、身を守るだけなら何もいらない。それが祖母の教えであり、考え方だ。
 けれどそれは一時の凌ぎにしかならず、事の解決には至らない。やはり、終わらせる方法が必要なのだ。石に封じ込めるのでも、想いで防ぐのでもなく、退治する方法を。もしくは退治とまでは行かずとも、少なくとも死人を出さないようにしなくてはならない。

 考えなければならない。「間に入ってとりもつ」方法を、それが私に与えられた役目なのだから。





 常に感じていた異形のモノの気配。視界をかすめる赤が増える度に、死期が近いのだと悟る。

 これは父、兄。そして姉たちが視ていた光景だ。家のどこを歩いていても見える大蛇の身体は、けれど頭だけはけして見せなかった。
 今の所は見えるだけで害はないが、廊下の半分ほどの幅を大蛇が占めているので歩きづらいことこの上ない。洗濯籠などを持っていると下が見えないことなどザラで、うっかり躓いてせっかく綺麗にした洗濯物をぶちまけたときの私は、実に悲壮感を漂わせていたことだろう。

 こんな悠長な思考を持っている時点で、やはり私の心――というより、脳は凍っているのかもしれない。そうでなければ私は、とっくの昔に発狂していたことだろう。

 私は少々おかしい。それは父、兄、そして二人の姉たちからのお墨付きだ。
 彼らが生きていれば、きっと否定し、諭してくれるだろう。私の異常な思いつきを……。けれどそれは望めない。何故なら彼らは死んで、そして私は当主だから。

 昔から術者や霊能者など、唯人には視えないモノと対峙してきた人間は、時にそいつらを利用し、使役してきたという。
 一体どんな取引の下に両者が共存できていたのかは知らないが、とくかく重要なのは妖魔と取引――契約できるということである。
 しかし、そう簡単ではない。私でも思いつくような方法を先祖が思いついていないなんて、そんなことはありえない。

 答えは簡単。できなかったのだ。それほど大蛇の力は強く、そして本能的であった。
 動物を従えるなど、赤子を手玉に取るのと同じように難しい。彼らに知的な誘導はできず、私たちも道具も無しに彼らを誘導できない。道具にせよ知識にせよ、何か間に挟むモノが必要である。彼らはこちらの言葉を理解していないのだから。
 お互いが自分の都合を伝える場合にはそれなりな苦労が必要で、都合を押し通すには代償がいる。都合を通すのに、通す相手が「都合」という言葉を、意味を知らなければそもそも話しにすらならない。
 幼児に漢字を覚えさせるのと同じように、若者に常識を認知してもらうように、犬にその家のルールを守らせるように――相手と向き合う『苦労』、知識を蓄える『時間』……そして頭崎はそのどちらもしていない。だから今でも大蛇を使役できないのだ。
 そして私にも、あの大蛇を従わせることなどできない。

 けれど、使役などしなくていい。従わせる必要などない。要は知性を与えればいいのだ。知識だけ与えても不安なら、傍にいて善い方向に導いてやればいい。

 術者の中には、使役した妖魔の力と自分の力を交換したり、片方の力を足したり引いたりしていた者がいたらしい。
 ならば私の『人間性』の半分を与えても、なんの問題もあるまい。





 狼男。童話でしか知らないが、彼は人間と狼の両方を持っている。だから狼男。

 私の知識――人間性を半分与えたら、ならあの大蛇の半分≠ヘどこに行くと思う?

 きっと父と兄と二人の姉は、こんな考えを持った私を否定してくれるだろう。それはいい意味で、だ。けれど私は【凍介】だから、私にはあの大蛇の瘴気に抗える力があったし、きっと私でなければ駄目だったと思う。だって私は「死に近い」存在で、大蛇の影響を受けやすいということは、それだけ大蛇とは近い存在であるということだから。
 もしかしたら生身のままでも、私なら大蛇をどうにかできたと思う。私には他の頭崎の人間には無い忍耐がある。あの大蛇に人間の世界の知識を教え込むには長い時間がいると思うが、私ならいつまでも付き合える。

 ……でも、その次は? 私が死んだら次は誰が大蛇を導くというのだろうか。人には死が必ずつき纏う。いくら私とて大蛇の傍にずっといれば、その毒気にあたって寿命は早くに訪れただろう。
 ならば私の半分≠与えれば、知識を教える時間はほぼ必要ないし、私も長命になってずっと大蛇を見張っていられる。

 けれど残念なのは……もうこちら≠ノは、いられないということだろうか。
 墓参りには人目を避けて行けるし、知識を得た大蛇と共にいることは私の予想以上に楽しいものだったが、頻繁に出かけられないのは少し寂しいような……。
 嘆いていてもしかたあるまい。私が自分で決めたことであるし、それに私は一人ではない。『昨日の敵は今日の友』とでも言うかのように隣にはあの大蛇がいるのだ。

 ちなみに人の世では私は行方不明者扱いで、親戚たちはグチグチと文句を言いながら次の当主を決めていた――途中までは、結局誰もやりたがらず当主決めの話しは流れ、結果。家は取り壊され、元々広かった土地は整地して何件か家を建てて売りに出すらしい。祟りとか呪いについては、もうあそこには悪いモノはいないから(多分)、潰しても問題ないだろう。

 私の名前は頭崎凍介。かつて、頭崎当主としての使命を全うした男。

 そして、現在は『頭裂き蛇』の導き役兼守人をしております。




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