他ノ噺

□三匹のカミサマ
2ページ/2ページ


三匹のカミサマ



 山、川、土地……それられには必ずと言っていいほど神様≠ェ存在し、そのほとんどが人と共存している。

 あくまで「ほとんど」であるから、全てがそうであるとは限らない。
 そう、私たち≠フ様に――人に縛られず自由気ままに暮らす『神』もいるのだ。
 しかし最近、その生活を脅かす出来事が起きてしまう。

 獣の噂で、隣の山の神が「奉られた」と聞いたのだ。
 崇められるということは、つまりは人に「縛られる」ことと同じ、信仰をされたそのときからそれが神の糧となる。
 力は人の想いによって作用し、同時に命の終わりも明確になる。祈りを食らいて祈りに飢え、人の足が途絶えればそれはすなわち『死』を意味するのだ。

 なぜ、わざわざ弱く≠ネる必要があるのだろうか? ――自由に生きてきた私たち≠ヘ、何もしなければ半永久的に生きられる人生を無駄にするようなその行いが理解できない。

 「どうしてかな?」チュンチュンと私が鳴けば、「どうしてだろうな」と黒い柴犬――《分身(とも)》が首を傾げ、「どうしてかしらね」と白いイタチ――《分身(とも)》も首を傾げた。
 私もそれに習い首を傾げてはみるが、三匹が同じ方向に首を曲げても世界はその通りにはならない。

 いくら神とて私たち≠ヘ小さき神でしかない。しかたなく横になった世界を正したので、分身(とも)たちも首を戻した。

 私はあまり人が好きではない。

 小さき神とは言え、まがりなりにも私たち≠ヘ神様なので、人に祠なんか建てられた日には叶えない訳にはいかなくなってしまう。
 しかし私たち≠ヘ弱小の神なので、人が望む願いを叶えるには限度があり、限界がある。

 それなのに人ときたらピーチクパーチクと文句を言い騒ぎ立てるのだ。人は神が自分たちの思い通りにいくものだと思っている。
 そう不満を零せば「ピィピィ鳴くのは雀であるお前の仕事だろう?」と、もじゃもじゃした犬が愉快そうに言ってくるので、私はむっとしてそっぽを向いた。

 後ろから聞こえる「からかわないの」「いいじゃないか」、「ほら、拗ねちゃった」「放っておけ」などの会話は聞こえない振りをして、私は近くの枝から葉を毟り何度も破いた。

 黒い柴犬の名は【月虹(げっこう)】
 白いイタチの名を【白虹(はっこう)】
 そして――雀の名を【夕虹(ゆうにじ)】といった。

 私たち≠ヘ三体にして一つの神なのだ。
 しかし一つと言っても、多少の誤差の所為で人間同様――兄弟の様に上の立場が存在する。

 何より不服なのが、私――つまり雀が三体の中で一番下だということであった。
 時系列的に反論のしようがなく、したとしても年下の我儘のように軽く受け流されてしまう。
 月虹と白虹はしょっちゅう私を年下扱いするので大変不服であるが、先に述べた返しにより結局はこの位置に落ち着くしかない。

 ――だから、偶然にも『小さき者』を見つけたとき、私はそれ≠ノ対する警戒よりも先に「これは良い機会だ」と思ったのだ。

 それは布に包まれた生物であった。

 生物として優位に立とうと上に乗っかり見下ろす私に怒る訳でもなく「あー」だの「うー」だの鳴くその生き物は、私を見て笑う。
 普通、動物なら威嚇するか仲間を呼ぶかだと思うのだが、私に媚びているとも取れるその態度に驚いて私の方が警戒する姿勢を見せてしまった。

 慌てて木の枝にとまった私は、すぐに「これではこちらが舐められてしまう」ということに気付き、布の生き物も先ほど度は比べ物にならないほど大きな声で鳴き始めたのでまたその上へと戻る。
 するとどうだろう。その生物はぴたりと鳴くのをやめて笑い始めた。
 それに私はもうちんぷんかんぷんで――月虹たちに助けを求めようかと思ったが、私はすぐにその考えを振り払った。

 せっかく私が上に立てる機会をみすみす逃がしてなるものか。多少反応がおかしかろうとも、むしろ私には都合がいい。
 私はその小さき者を育て、子分にするつもりだった。

 だったのだが……結局、私の『企み』は上手くいかず、いつどうやって気付いたのか月虹たちにバレてしまう。
 私が焦りながらも、見つかったことに対して疑問を感じていることに気付いたのか。月虹が「お前はわかりやす過ぎるのだよ」とため息を吐いた。
 その隣で苦い雰囲気を出している白虹も「いつも一緒にいるのに、急に一人で出かけ始めたらそりゃ怪しいと思いますよ、それも頻繁にだなんて」と言う。

 見るからに怒った雰囲気を醸し出している月虹に、私はビクビクしていた。
 だが、月虹の「そいつは元の場所に戻して来い……いや、中途半端に育てたのなら、いっそ殺してしまった方が良いのかもしれない」という言葉に、相手が鋭い牙を持つ個体ということも忘れて飛びかかる。

 私の急な攻撃に驚いた月虹は一歩二歩と後ろに下がった。
 今まで見たことがない――私がそうさせたのだという反応に、いつもなら優越感を覚える筈なのに、私はただただ……小さき者を「否定」された怒りに燃えていた。

 もう白虹の「夕虹、落ち着いて」という言葉すら耳に入らない。
 しかし私が優位なのもそこまでで、結局は体の大きい月虹が――その大きな前足で私を捉える。
 上からかかる重力と土の感触に不快感を得たが……それよりも上で交わされる「駄目だ、情が移っている」「まぁ、しょうがない子」、「こいつはまだ成りたて≠セからな。思考が未熟なのだ」「仕方がないことだけれども、ね」――その会話の方が不愉快だった。

 「なぁ――夕虹よ」月虹が改まった口調で呼びかけてくる。
 私はそれを無視することが出来た。いつものようにそっぽを向いて、知らない。と言うことができた……けれどもそうしなかったのは――私が大人しく月虹の話しを聞く態勢をとったのは、私にとっても今から話される内容は大事なことだと思ったからだ。


「お前ね、これは『人の子』というものなのだよ――お前が嫌う『人』……強いてはその子供なのだ。
 人なんて滅多にここにはこないし、見たとしても遠目からだから無理はないが……どうせならこれ≠見つけたときに呼んで欲しかったものだ。

 全く……見なさい。お前が中途半端に育てるものだから――人から外れかけている≠カゃないか」


 「そうじゃなければ、お前のお座成りな世話で今日まで生きている訳がない」と言う月虹の言葉……隣では白虹がため息を吐いている。

 私はその言葉の意味がわからなかった。

 意味をわかっていない様子の私に、月虹は二度目のため息を吐くと「つまりこれ≠ヘ、このままいけば『鬼の子』になるのだよ――いずれ、人肉を食らうようになる」――、

 それでもいいのかい?

 そう月虹は言う。そうは言うが、言うのだが……だからって殺すなんて、そんな。そんなの、あまりにも酷いじゃないか。

 「酷いのはどっち?」白虹が厳しい口調で言う。

 ああ、確かに、その通りかもしれない。
 酷いのは、私の方か。

 けれど、けれど……!

 殺すくらいなら、いっそ「私と代わればいい」そうだ。そうすればいい。

 私の言葉に二人は驚いた顔をする。
 月虹は「お前、自分が何を言っているのかわかっているのか?」と言い。白虹は「安直過ぎるわ、いくらなんでも早過ぎよ」と……二人とも慌てていた。

 それ≠ヘそんな軽いものではないのだぞ――厳しい口調で言う月虹には悪いが、私は意見を変える気はこれっぽっちもなかった。
 それに――これ≠ヘ、私が……いや私たち≠ェ私たち≠ナある以上必ず通る道なのである。

 今回はたまたまそれが早まっただけ、前回≠フ『夕虹』には大変申し訳ないが、私は――『夕虹』はもう十分生きたと思うし、満足している。

 だから……次はこの子が『夕虹』になる番だ。
 そうと決まれば即実行――私は二人の制止を気にも留めずにその場で一回転!

 生まれて――出会って――譲って貰って、代わって貰って――託された。

 『あの時』と同じことをすればいい。ただそれだけ――私は身を融かして私≠ニいう意思を――魂を消して、次に託す。
 ただそれだけ――私たちは三体で対となる――一つが欠けても、また補えばいい。
 そうやって生きてきた。そうやって今まで生きてきた。神様は半永久的に生きられる。けれど永遠ではない、死なないという訳ではない。
 中には私たち≠フように『補う』方法もあるし『一度死んでもう一度生まれる』方法もある。

 命の繋ぎ方は多種多様――私の話しはもうここまで、これでお終い。



 時にその神の名を三環(みつわ)=\―三環様と呼ぶそうだが、私にはもう関係ない話しだね。




終わり
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ