他ノ噺

□こわらし
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こわらし



 町中でこわらしさま≠見かけて、もし何か叶えて欲しい願い事があったら声を掛けなさい。


 まるで昔からの知り合いみたいに接して――けれど敬語を忘れてはいけない。
 「親しき仲にも礼儀あり」、向こうは紛(まご)う方なき『神様』なのだから。

 話しをして、長話をしたことを謝りながら、聞いてくれたお礼だと理由をつけて食べ物をあげる。


 これは暗黙の了解で、けして「願いを叶えて欲しいがための供物」だと悟らせない様に、さり気無く渡すのだ。

 そうすれば近いうちに、願いが叶うかもしれない。


 期待してはいけないよ。相手は神様なのだから、もし叶えてくれなくても恨むなんてお門違いだ。


 そういうときは「都合が悪かった」のだと片付ける。


 また、むこうから声を掛けてくることもある。

 大抵は「お腹が空いたので、食べ物を分けては下さいませんか」という理由だ。


 相手は神様だからお腹なんか空かない。
 では何故と聞かれれば、それはむこうが『こちらの願い事を叶えたい』と思っているからだよ。

 ただの気紛れかもしれないし、こわらしさま≠ヘ郷土愛が深い神様だから情が湧いたのかもしれない。

 理由はなんであれ、せっかくの機会だ。素直に食べ物を差し出そう。

 この時は、願い事を言う必要はない。なぜなら既に叶えられる事は決まっているのだから。

 ただし世間話をするのは可。こわらしさま≠ヘなんとも人間臭い神様なので多少の長話にも付き合って下さる。


 偶然見かけるのと声を掛けられるのが待てない人は、お社に行くと良い。

 昔はお社の前で独り言を言って、聞いてくれたお礼として供物を捧げていた。
 けれども最近は恥ずかしいのか。手紙に綴って供物と一緒に置いて行く人が増えた。もちろん、それでも良い。





 もし、こわらしさま≠フ姿を見かけても、願い事を叶えるのと世間話以外で声を掛けてはいけないよ。

 「あなた神様でしょう?」など、正体を言ってしまうなんてもっての外、しつこく付きまというのもいけない。


 ふらりと現れたときだけの出会い。運が良ければ顔見知りになれるけど、基本は『一期一会』である。

 このなんとも危うくて、曖昧な線引きが心地いい。


 こわらしさま≠ヘ年を取らない。大体は同じ姿をしている。

 しかしどう言う訳か大人の姿でお見えになったことは一度もない。


 『わらし』というから、子供の姿しかとれないのかもしれない。


 五歳の子供から十五歳の中学生姿で出てくるが、ほとんど中学生姿で出てくることが多い。

 だから平日の、学校が始まっている時間に商店街や町中で見かけると一発でわかる。


 たまに補導しちゃう警察官がいるけれど、そのときはやんわり助けてあげよう。


 こわらしさま≠ヘ狐の神様。
 こわらしさま≠ヘ神様の子供。


 狐童≠見つけたら、そっと見守ってあげなさい。




終わり
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