他ノ噺
□うさぎもどき
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うさぎもどき
この世には《妖怪》と呼ばれる人ではないモノが存在すると言われているけれど……
なら――うさぎもどき≠ヘご存知か?
うさぎもどき。というのは、まぁ名前の通りうさぎの形をしたそうでない生き物のことである。
体長は両の掌に納まるほど小さく、毛並みは錆び色だ。ほら、猫なんかでよく『サビ猫』と言うだろう? あれだよ。猫に馴染みが無い人には『甲斐犬』といった方が分かりやすいかな?
基本は黒い毛で、斑情にからし色やら灰色や茶色の色が混じっているのさ。特に化粧を施したように、目の周りを囲むように彩るからし色が目立つけれど、これにも訳があって、瞳は明るい橙色。しかし、本来見えるか見えないかの白目がね、黒いのだよ。
変なのは瞳の色だけじゃない。尻尾もまたおかしい。兎の尻尾というのはまるっとしていて可愛いものだが、こいつの尾はよく育った稲の様に長い。けれども、それこそ猫や犬のように動く訳ではない。形は兎なのでそこまで肉はついていないのだ。
分かりやすい例えを出そう。鶏だ。まとめて鳥類と言ってもいい。あれは生きている内は長い尾羽を持っている癖に、毟るとそうでもないのだ。あの可愛い三角形を一度でも見たことがあるのなら納得するはずだ。
明らかに姿形は兎なのに、兎と称するには異様だからうさぎもどき=B大変分かり易い理由だろう?
事実、こいつは兎じゃない。兎の形をした《妖怪》さ。妖怪だから、見た目通り植物が主食とは限らない。肉も喰らうよ。それも人肉を、ね。
ここで誤解しないで欲しいのは、うさぎもどき≠ヘ好んで肉を食わないということである。
そうすると何故食べるのかという話しになるが――そりゃ、そこにあったからだよ。
たまたま、そこにあった。それで食べてみたら食べられたから、見つける度に食べていたのである。何も不思議なことじゃない。山に住んでいるとある日突然上から木の実が落ちてくることがある。大抵それは熟しているだろう?
人も同じで、熟す――死んだから落ちていたのだ。わざわざ木の上に生っている実を採るより、落ちているのを拾った方が楽に決まっている。それが腐っているかは置いておいて――。
でもうさぎもどきが何より不思議だったのは、人の生る木は生えていないのに人が落ちている事なのだよ。
普通木の実っていうのは、先ほども述べたように木から落ちてくるものだ。首を少しでも上に持ち上げれば色鮮やかな果実が目に入る。しかしその中で人を見た試しがなかった。
不思議だろう? それに人が落ちている場所も大体決まっていたから余計ややこしい。まさか人が地面から生えて来た訳ではあるまい。
とうとう好奇心が勝りに勝ったので、人がよく落ちているその場所で暫く身を隠して待ってみたのだ。
するとどういう事だろう。人は木から落ちた訳でも、地面から生えた訳でもなく、人の手で運ばれて出て来たではないか!
出所が分かったからと言って別にどうもしないが、謎が解けて気分が清々しくなったところで、ではさっそく食べようかと人に近づくと、驚いたことにそれはまだ生きていた。
今まで死んだモノしか食べてこなかったから、生きているモノに対してどうしたらいいか分からなかった。驚いて固まっている幼稚な妖怪を余所に、うさぎもどきを目に映した人は両手を合わせて語りだした。
土地が枯れて作物が十分に実らず、村のモノたちは苦しんでおります。
ワタシの身を供物として、どうか。どうか実りを豊かにして下さい。
村を助けて下さい。
助けて下さい。
お願いします。
どうか、お願いします……。
そう言って、人はパタリと地面に倒れ伏す。最後に柏手を鳴らしながら、死んだのだ。
熟したので――これは食べごろである。
人は熟す前に何か言っていたが、妖怪には知らぬ言葉であった。
だが、もう無音である筈の空間に、人が奏でた柏手の音がしている。
それが妙に、耳にこびりついた。
妖怪は本来、崇められるモノではない。しかしうさぎもどきはあの瞬間崇められ、神に近しいモノに為ってしまったのである。
それからうさぎもどきはなんだか分からないまま人に富をもたらしたので、人も知らぬ間に命を救われ喜んだ。
だがそれで終わると思うこと無かれ、取引は対等であってこそ両者に利益をもたらすのである。
もし因と果が逆転してしまえば、それは両者か、あるいはどちらかにとって不幸な結末となるのだ。
――ある日、村に疫病が流行った。
そのため人がたくさん死んで、人は山に捨てられる。
熟した供え物が多かったので、うさぎもどきは村に沢山の富をもたらした。
人は減っても豊作は続く、だが人手が足らない畑は放置され緑は嬉々として成長を続けたので、ついには人の高さを越えるまでに至り人は何かと不便になる。
そしてその内、村に湧水が出るようになった。
これまで富は全て作物に注がれていた。しかし人が手入れ≠怠った為、行き場の失った力が別のモノに姿を変えて土地を潤し始めたのだ。
人が十分な人数に増える前に湧水は溜まり池になり、ついには湖になってしまったので、村は湖にのまれて底に沈んでしまう。
もちろん、山に住んでいたうさぎもどきはそんなこと露ほども知らず、熟した人が落ちなくなったので知らぬ内に富を流さなくなった。
それから一度神≠ノなってしまったうさぎもどきはもう唯の妖怪には戻れず、うさぎもどきの住む山は実り豊かになったようである。
……え? 何故わたしがこの話を知っているのかって?
何を隠そう、わたしがそのうさぎもどき≠セからですよ。
え? 嘘をつけって? 嘘じゃない。この毛色と瞳の色をよく見てみなさい。
……ああ、お前《犬》だからわからないのだね。犬は世の中が白黒に見えるとは聞いたことはあるけども、まさか本当だったとは――よろしい。ならば証拠を見せよう。扱えない力ではあるが、最近神と自覚をして力を操れるかも≠オれない。という具合まで成長したのさ。
さぁ――見ててごらん。
…………ほぉら、小さいながらも可愛い花が咲いただろう?
ショボイ言うな。傷つくじゃないか。
終わり