他ノ噺

□ながらのぞき
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ながらのぞき


 その日、若者は家で本を読んでいた。

 四畳一間ほどの部屋に一人。古い灯台が手元を照らす中ふと、若者は誰かの視線を感じた。
 気になった若者は、すぐに隣を見た。隣にはこの部屋の出入り口があり、この日は引き戸が開けっぱなしであったが案の定、そこには薄暗い廊下しかない。

 気のせいか。そう思って若者の視線はまた本へと戻る。しかしまた視線を感じた。
 今度は顔を向けずに、視線だけそちらへ向けた若者。するとそこには緑色の人の足が見えた。若者は驚き、慌てて視線を前へと戻す。そして次に、おそるおそる、視線を顔ごと廊下へ向けると、そこには何も居ず。ただ廊下が見えるだけだった。

 勘違いか? そう思い。若者は意識を本へ集中させようとするが、だがそのたびに廊下から感じる謎の存在感に邪魔をされる。
 足だけはどうにか見えるものの。その正体を掴むには至らず、見ては隠れ、見ては隠れの繰り返し。若者は、ははあ。と、ひらめいた。
 一度本を閉じ、「さあて、今日はこのぐらいにして、もう寝るか」と、わざとらしく声を出す。そしてよっこいしょ。と廊下に背を向け、そして勢いよく振り返った。

 それは女のようだった。全身緑色に、黒く長い髪の毛。それが顔を隠すように垂れ下がり、目はギョロっとしている。目と同様にとても印象に残ったのがけばけばしい赤い唇である。

 若者はびっくりして、思わず「わあっ!!?」と、声を上げた。しかし驚いたのは若者だけではないようで、緑色のギョロ目も、ただでさえ大きい目を更に見開いて、そして慌てて壁の奥へと身を引く様子が見られた。
 声も出ない若者は口をパクパクと開閉させ、そして思い出したかのように素早く立ち上がり廊下を覗き込んだ。
 しかしそこには何も、人影すらなく。夢か幻でも見ていたのかとさえ思わせるほど、そこには何もなかった。

 結局この日はいくら待ってもギョロ目は現れなかったので、若者は諦めて布団に入るのだった。

 だがその日以来、若者は家の中でたびたびそれを見るようになった。けれど若者は漁師だったのでずっと家にいるわけではなく、ギョロ目が視界に映るのは決まって朝か夜だった。
 聞けば両親も見たという。そして母親の話では出かけた先でも時折見かけるらしい。しかし若者も父親も漁に出ててそのような体験はしたことがなかった。

 母親の話を聞いて若者は、試しに家の中に漁に使う網を入れ、自室に飾っておいた。すると、その日はギョロ目の気配を感じることがなかった。
 次に若者は廊下、両親の部屋、台所、玄関と、網の数を増やし、最後には玄関の前に吊って飾るに至った。
 そうして家の中でギョロ目を見ることがなくなったので、若者は家中の網を全て外し、しかし玄関前の網だけは残しておいた。そして若者の読み通り、その日以降被害を受けることはなくなった。

 以後、村の中でたびたびそのギョロ目は目撃されるようになり、「何か作業をしていないと現れない」「気が別のものへと向いているときに現れる」その様から、いつしか“ながらのぞき”と呼ばれるようになった。





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