他ノ噺

□AYAME
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繰り返すは昔日



 そこは広い屋敷だった。
 窓の外では雷が鳴り響き、空には墨よりも暗い曇天が広がる。雲の隙間から血のように鮮明な光が射し、世界は赤に染まっていた。
 これは世界の終焉である。
 部屋の中には男が二人。一人は和服に身を包み、車椅子に腰かけている。もう一人は白衣を纏い、そして手には拳銃が握られていた。銃口はもちろん、車椅子に腰かけた男に向けられている。

 これは世界の終焉である。


「これは世界の終焉である」


 車椅子に座った男がそう言って、白衣の男に笑いかける。やわらかい笑み、まるで最期のときのように。最後の最期に、一番愛した者に向ける笑みを見せる。慈愛に満ちた顔。……反吐がでる。
 白衣の男は舌打ちをし、銃の引き金に指をかけた。けれど目の前の男は怯えるどころか満足気な表情をする。彼はまた舌打ちを零した。
 しかしいつまで経っても引き金は引かれない。座る彼は笑みを絶やさず、立つ彼は険しい顔を崩さず、握りしめた拳もそのままに、かけた指は解かれることなく硬直状態は続く。
 白衣の男は今、選択を迫られていた。


「これは世界の終焉である。このままいけば未来は消滅する」

「…………」

「撃ちたまえ。このままでは世界が消滅する。それとも君は未来を捨てるというのか?」

「…………」

「それとも君は……“俺”を生かすというのか?」

「……ハッ」


 白衣の男は鼻で笑い、躊躇なく引き金を引く。銃声が部屋に木霊した。
 頭を撃ち抜かれた男は、生気のない目を見せたまま絶命した。その顔に笑みはなく、瞳には何も映っていない。

 俺を生かすというのか?


「そんな訳ないだろう。世界とお前を天秤にかけたとして、その選択はあり得ない」


 銃を横に投げ捨て、男はゆっくりと死体に歩み寄る。死体が目と鼻の先に来るまで近づくと、徐々に熱を失っていくその胸に指先を添えた。


「――けれど彼と、彼のいない未来を天秤にかけたとき。貴方は前者を選んだのね」

「そうだ」

「今回は失敗したけど、でも大丈夫。“次”はいくらでもあるから、飽きるまで続けましょう」

「ああ、“諦めるその日まで”繰り返そう。たとえお前が僕に飽きたとしても……やめてなるものか」

「心配しないで、わたしの未来は悲しいほど平穏に満ちているわ」


 助けてアイリス。どうか未来のわたしに希望の便りを下さい――。

 添えていた指先に力を込め、まだ生温いその胸に突き立てる。
 溢れる血も、肉の感触も無視してそのまま心臓を引き抜いた。


「じゃあ またね」


 これは世界の終焉である。

 大地は肉。空は皮。
 血潮の滝は、やがて血の大海へと還る。底の底から来る波動が森羅万象を動かす。
 酸の水は全てを溶かし、聖なる毒は全てを壊した。
 天地は体。地下は細胞。
 死しては再生を繰り返し、行ては戻るを繰り返す。
 脈打つ核がある限り、巡らす心臓ある限り。
 その生を止めることはできない。その性を変えることはできない。
 共に生きるか、共に果てるか。

 この鼓動は、世界の終焉を謡う調であった。


『――君は、俺を生かすというのか?』





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