夢小説
□単発集
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ヘタリア
題名未定
イギリスはバラを育てるのが趣味である。
彼の人生の大半は『暇』で出来ており、あとには国としての役目とそれに伴う社交が残る。体裁ぶるのは公私関係なくイギリスの常套手段だが、しかしそんな彼でも、いつも見栄を張っていては疲れてしまう。
そんなイギリスが趣味に興じるということは、心の安定を得ることに他ならない。また彼の周囲にいる隣人≠フ存在。彼女ら≠ニ会話することでイギリスのストレスは発散されていた。だがそれも微々たるもので……どんなに話しても、身の内に溜まる鬱憤を吐きだしてもそれ≠ヘ納まることがない。それはイギリスのコンプレックスであり、同時に《イギリス》という自己そのものであった。
皮肉やであり甘えたがり。意地っ張りであり素直。負けず嫌いであるがしかし心が弱い。聡明でいて幼稚。また紳士であり変態、など……とても一言では言い表せない複雑さを持つ者――ギャップの塊であるような人格が彼であり、イギリスなのである。
やれ隣国の腐れ縁が鬱陶しいだとか。自分の下を去った大国が冷たいだとか生意気だとか。こんな性格だから人付き合いが上手くいかないだとか。それなのに性格が変えられないだとか。もろもろ全てを理解している上で、自分の情けなさに落ち込んでいるだとか。というかもう落ち込むしかないよなこれ、とか。
ハハハ(乾笑)……いいし、別に一人の方が気楽だからいいんだけどな? むしろ一人の方が好きだし全然問題ないし、栄光ある孤立とか最高じゃねぇか。それに今更人付き合いとか面倒臭い。下手に舐められても嫌だし、媚びていると取られたらたまったもんじゃねぇ。やっぱり今更笑顔(社交辞令)とか俺には無理だわ、ハハハ(諦笑)……寂しくねぇし、一人でいいし! てか今までずっとこう≠セったじゃねぇか。ほんと、今更だろ。もういろいろとだりぃからこのままでいいや(未練たらたら)……いや、本当。一人でいいからな!
バラの世話をし、時折話しかけてくる彼女たち≠ノ返事をしながらイギリスは、心の中で自問自答にも似た反省をしていた。とはいっても元来ネガティブ思考な彼はすぐに自分を責め、周りを敬遠し、結局は『諦め』の二文字を導き出すのだが。
『あらやだ。イギリスが泣いているわ』
『本当ね、泣いているわ。バラのお世話をしながら泣いているわ』
『イギリスは泣き虫ね』
『涙で育ったバラはみずみずしくなるのかしら?』
『なるんじゃないかしら、楽しみね』
『むしろ、しょっぱくなるのではなくて?』
「………………」
自分の頭上で「きゃっきゃっ」と楽しそうに会話をする彼女たち≠ノイギリスは、自身の今のこの姿が面白おかしく取られていると思うと癪になりぐっ、と涙を堪える。
もちろんそんなことで彼女たち≠フ会話が納まることはないのだが、今も昔も彼女たち≠ノ振り回されているイギリスにとってこれはささやかな抵抗であり、意味がなくともせずにはいられない。
例えそれが『人間以外の存在』でも、一度関係を結ぶと途端に学ばなくなり、そして過去を振り返らずに同じ過ち(発言/行動)をしてしまうのは、今日まで変わりたいと思う彼が変われない理由の一つである。
「自分を変えたい」という思いと「変わりたくない」という思い。前者は寂しさからくるもので、後者はプライドからくるもの。どちらも大事で、どちらも譲らない。自分の感情である筈なのにその感情が独り歩きして、そして両者はぶつかり合いせめぎ合っている。
変われないなら、せめて――
「どっか、遠くにいきてぇな……」
自分を知らないどこか。あるいは、自分を知りながらも受け入れてくれるどこか。
気を張り続ける毎日に少し、疲れてしまった。
上の空で呟いた彼の言葉は、しかし彼の頭上にいた彼女たち≠ノしっかり届いていて……。イギリスの言葉に彼女たち≠ヘお互いの顔を見合わせ一斉に笑みを(ついでに周りにお花を)咲かせると、その内の代表一人が「ねぇイギリス!」と元気よく彼に呼びかける。
自身の腕に抱きついてきた彼女≠ノ、イギリスは「どうした?」と小さな隣人に意識を向けた。
「それなら私たちの国≠ノおいでよ!」
「は……?」
「そうよそうよ、行きましょう!」
「イギリスったら、ずーっと私たちをかまってくれないんですもの」
「そうよ。イギリスは私たち≠フものでもあるのに、人間にかまってばっかり!」
「いつもはイギリスの言うことを聞いてあげる私たち≠ナすけど」
「たまには私たち≠フ言うことに従って貰いましょう」
「だって不公平ですものね」
「そうよそうよ。――さ、イギリス。行きましょう?」
「ちょっ、待――」
こんな状況でも両手に花、とでもいうのだろうか……言わないし、例え言えたとしても言いたくはない。
イギリスはぐいぐい、と自分の腕を引っ張る彼女たち≠フ申し出を断ろうと口を開くが、しかしイギリスの足はまるで浮遊の魔法をかけられてしまったかのように、なぜか素直に彼女たち≠ノついて行ってしまう。
そんな彼の様子に更に楽しそうに笑う彼女たち≠見て、先ほどまでどこか他人事のように感じていたイギリスはここで漸く明確な危機を感じ、彼女たち≠フお誘いを断る口実を思いつく限り叫ぶ。
「『妖精の国』にご招待は嬉しいが、ほら、俺は《国》だからさ。こっち(現実)からいなくなったらいろいろと拙いだろ? だからやめようぜ。な?」
「嬉しいなら断る必要ないじゃない」
「イギリスは時々変なこと言うわねぇ」
「……あ、あのよ。俺、お前たちの国にはいけないんだよ。都合が悪いんだ。頼む、手を放してくれよ」
「『行きたくない』じゃないのね? ふふふ、イギリス可愛い。余計に連れて行きたくなっちゃったわ」
「それにイギリスの都合なんかしーらない!」
「!? お、俺がいなくなったら……上司とか! 他の国とかっ、こ、困る奴が出てくるから! 絶対!!」
「一日二日いなくなったところでかまいやしないわよ。イギリスは心配性ねぇ……」
「それに《イギリス》だもの。急にいなくなったって誰も騒いだりしないでしょう」
「――会議! そう、近々会議があるから……それに仕事も! 俺にはやらなくちゃいけないことが山ほどあるんだ。『俺』の代わりはいないんだから、俺がやらなくちゃ駄目なんだよ、だから――」
「なるほどね……イギリスの言いたいことはわかったわ」
「! それなら」
「――ええ。《イギリス》の『代わり』を用意すればいいんでしょ?」
「そうすればなんの問題もないわね」
「は? ――」
うんうん、と頷く彼女たち≠ヘ見るものを癒す可愛らしい笑顔を浮かべている。しかし天使のような笑顔でもイギリスには慈悲のない神の冷笑のように見えた。。
人間とは違う彼女たち≠ニは、これまでも考え方の違いに悩まされることはあった。ときには危ない目に遭わされたことも、悪意のない素直な言葉に傷ついたこともあるが……、だが今日ほど彼女たち≠怖いと思ったことはないだろう。
話しは終わったとばかりに事を進める彼女たち≠ノ連れられ、すでにイギリスの目の前には『妖精の国』への入り口が見えてしまっている。
「っ――ちょっ、ちょっと待てよ。俺の代わり≠チて……俺の代えってなんだよ! そんなものある筈――いる訳ないだろう!」
最早イギリス自身にもこれが悪足掻きだということはわかっていたが、それでも最後の足掻きとばかりに口から出る言葉を止める気などさらさらなかった。
彼の言葉に彼女たち≠ヘお互いに顔を見合わせ、そして「こしょこしょ」とイギリスには聞こえない音量で話し始める。
その間に逃げられないものかと足掻いてみたが、その小さな両腕のどこにそんな力があるんだ! とツッコミたくなるくらい強い力でイギリスの両腕は固定され離れられなかった。
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