進撃
□Time Limit
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俺があの人と過ごせる時間は、きっと皆が想像するより遥かに短い。
もし俺がいなくなったら、あの人は何を思うんだろう。
─Time Limit─
一人きりの地下で、俺は自らのベッドに腰掛け、上を見つめた。
物音一つしない夜の静寂が俺を襲う。
虚ろな目と、小さく開いた口、全体的に脱力しており、普段の俺を知る者たちが今の俺を見たら、きっと皆驚くだろう。
──こんな何もない日には、必要以上に眠くもならず、考え事をしてしまうのだ。
ぐるぐるぐるぐる、と、俺の脳内を占めるのは、誰よりも強くて、その実誰よりも儚い人。
その背中を見つめる度に、俺はどうしようもない気持ちになる。
俺よりも小さくて華奢な身体は、誰よりも巨人との戦闘において負担を伴う。
多くの巨人を討伐してきた彼は、この世界において人類最強と謳われている凄い人だ。
彼が巨人を討伐すればするほど、人々の期待はあの人に向かう。
でもそれは、彼が戦闘から戻ってくる度に、仲間の死を見続けているということで。
俺は、あの人は誰よりも孤独な人だと思う。
俺には幼い頃から、母さんと父さん、それからミカサがいた。
周りの男子にからかわれることもあったけど、ミカサとアルミンと話をしていたら、そんなことはどうでもよくなった。
母さんは巨人に殺されてしまって、父さんは今も行方が分からないままだけど、俺にはミカサとアルミンがいる。
共に戦う、多くの仲間たち。
あの人には、そんな大切な存在がいるのだろうか。
何も知らないくせに、孤独な人だと勝手に決めつけるのはよくないと分かっている。
俺が知らないだけで、彼には大切な人がいたのかもしれないし、今でもいるのかもしれない。
リヴァイさんは、不思議な人だと思う。
不思議、というより、謎。
本当の名前も分からなければ、素性も分からない。
ずっと憧れていた。
遠目から見ることしか出来なかったときも、人類最強である彼は正義の人なのだと。
皆を救ってくれる優しい人なのだと、勝手な理想を押し付けていた。
調査兵団に入って、初めて彼に会ったときのことを思い出す。
会えて嬉しい気持ちを感じるのと同時に、すごく冷酷で残忍な人だと知ってしまって、一人で絶望した。
理想を押し付けられては、勝手に落胆されるその感情に、リヴァイさんは気付いていた。
俺は何も知らない子供だった。
リヴァイさんと出会ってから、少なからず彼とは接点があり、彼は冷酷でも残忍でもないことを知ったとき、俺は、己が彼に抱いた自分勝手な感情を恥じた。
潔癖であるはずなのに、死にゆく血に汚れた仲間の手を取った彼は、本当は仲間思いで、とても、優しい人なのに。
俺はなんて馬鹿な勘違いをしていたんだろう。
その過ちに気付いたとき、俺はすぐに彼の元に走った。
エルヴィン団長の所に行こうとしていたのか、兵団内を歩いていたリヴァイさんに後ろから声を掛ける。
焦っていて息も絶え絶えな俺とは違って、別段変わった様子もなく、何だ、エレンよ。と言う兵長から視線を逸らさず、俺は息を整える。
ゆっくり息を吐き出すと、だいぶ落ち着いてきたのが分かり、俺は口を開いた。
──兵長、俺、間違ってました。
俺は、今までの俺の過ちを話した。
少し煩わしそうな顔をしたリヴァイさんは、しかし何を言うでもなく、ただ俺の話を聞いていた。
話を終えて、最後にもう一度頭を下げて謝ると、彼は逸らしていた視線を俺に戻して
──慣れてるから別にいい。
と言って口を閉じると、また視線を俺からずらした。
俺は、どこか諦めたような、他人事のように投げやりな態度を取る彼の顔を見つめた。
その時のリヴァイさんが何を考えているのか全く分からなくて、俺はただただ困惑した。
謝りたかった。
勝手に描いた理想と違っていたからと絶望を感じた己の自分勝手さを愚かなことだと思ったから。
怒られると、思っていたのだ。
馬鹿だと罵られて、それから、許されるのを、どこかで期待していた。
でも今のリヴァイさんは、何かが、違う。
何も言わない俺に、要件は済んだと理解したのであろうリヴァイさんは、俺に背を向け、先へと歩いて行った。
一度黙ってしまった手前、話かけるのは躊躇われて、俺は伸ばしかけていた手を下ろした。
振り返ることもなく歩いていく彼の背中を見つめる。
角を曲がったことによって彼が俺の視界から消えるまで、俺はただ小さな背を見つめ続けていた。
それからだ。
どうしようもなく彼が気になってしまって。
気が付けば俺は、リヴァイさんを目で追いかけるようになっていた。
一人、闇に包まれたこの空間の中で、俺はリヴァイさんを思った。
この思いが何なのかはよく分からない。
友愛なのか、恋愛なのか、はたまた何でもないのか。
友愛なんだとすれば、この感情はミカサやアルミンに向けている感情とは違う。
共に戦う彼らのことは大切に思っているし、彼らは勿論俺が守りたい対象の中にいる。
でも、命を掛けてまで、全てを捨て去ってまで彼らと生きれるかと聞かれれば、答えはノーだ。
そんな生半可な気持ちに比べて、リヴァイさんのことは命を掛けても守りたいと思うし、傍にいたいと願ってしまう。
だからこれはきっと、友愛ではない。
でも、だからといって、彼に対する気持ちがただの恋情であると一言で片付けられるほど簡単な気持ちでもない。
恋というより、家族に向けるような感情。
しかし彼は家族でもなければ何の繋がりもない、ただの赤の他人。
家族愛に近い、愛だと思う。
俺は例えこれがどんな感情であっても、リヴァイさんが好きなのだ。
それは変わらない。
リヴァイさんは今、何をしているんだろう。
寝ている?
それとも、起きている?
誰かと一緒にいる?
それとも、一人でいる?
何かしている?
それとも、何もしていない?
彼のことが気になって仕方がない。
どさくさに紛れて聞けたら、どんなにいいだろう。
──俺が死んだら、あなたはどうしますか?
と。
それでもやっぱり、どこか諦めたような顔で、どうでもいいと言われてしまうのかな。
ようやく襲ってきた眠気に身を任せ、俺は静かに目を閉じた。
あの人と共にいられる今が、ずっと続くことを夢見ながら。
また俺は一日、彼と生きる時間を失くすのだ。
地下にいるエレンは、一体何を思っているのか。
このエレンは兵長のことが恋愛の意味で好きですけど、身体を繋げたいとかじゃなくて、ただ守りたいという純粋な気持ちだから、恋じゃないのかと少なからず悩んでいます。
でもエレリだと言い張るよ!