くろのぎんが

□あたり
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…――夏……。楽しい行事とか面白い出来事とかが沢山待ち受けている季節。“青春”という名のアルバムで一番ページ数が多い項目だ。海に行ったりプールに行ったり山に行ったりお祭りに行ったり…。スケジュール帳がギッシリ埋まる季節。枠がもっと大きければいいのにとか考えちゃう季節。……の筈なのに…。
「あたしのスケジュール帳は“部活”の文字ばっかやん!!」
ベシッとなんとも格好悪い音を起てて水色の爽やかなスケジュール帳は地面に叩きつけられた。カバーに日差しが反射して少し眩しい。
「まじこれ1日ずつ書き込む必要なくね!?見開きいっぱいに大きく“部活”って書いたろーかぼけぇっ!!」
蝉の声と茹だる様な暑さがあたしのイライラを掻き立てる。掻き立て掻き立て掻き立てる。楽しい楽しい予定がない夏なんてただ暑いだけの迷惑な季節じゃん!!環境にも人類にも悪影響しか与えないじゃん!!夏は倒すべきだ!!皆の者、立ち上がれ!!
「はぁ…」
……あーもーいっその事、部活休んで1人旅にでも…、
「アイス、溶けそうですよ」
「わきゃあああああ!!」
あたしの隣にいきなりヌッと現れたのは色素が全体的に薄い少年。…ここの学校の制服を来ているからきっと、生徒なのだろう。
「…アイス、溶けそうですよ」
さっきと同じ台詞を繰り返す少年。あたしがさっき投げつけたスケジュール帳を拾ってくれる。…あたしはどう反応したらいいのかわからないがとりあえず会釈をしてから受け取る。ただ、驚き過ぎで心拍数が異常なまでに上昇していて心臓が痛かった。そんなあたしにお構いなしで少年はアイスをじーっと見ている。
「ア、アイスねっ!!うん食べる食べる!!」
そう言ってアイスを一口。シャリッという音と共に口の中に冷たさが広がる。更に口の中の冷たさが倍増され、全身に心地良い冷たさとして心地良く広がる。

そんなこの瞬間があたしは好きだ

だから毎日昼休みになるとここで…。
「毎日、昼休みになるとここでアイス食べてますよね」
「…え?」
少年の言葉に目を見張る。ここは中庭の中でも隅にある目立たないベンチだ。そんなベンチに注目する人なんていたんだ…。
「僕もアイス、好きなんです」
そう言ってあたしの隣に腰掛ける少年。その手にはあたしと同じ種類のアイスの袋があった。購買で90円、当たり付。どこにでも打っている普通のアイスだ。
少年はただ真っ直ぐ前を見据えて袋を開け、アイスを一口。無表情に食べるから美味しがっているのかよくわからない。
「さっき、部活がどうとか嘆いてましたけど、どうしたんですか?」
さっきの暴挙を見られていた事に恥じらいを覚え、体温がほんの少し上がる。それをアイスで冷ます。
「後少しで夏休みじゃん?それなのに予定が全くなくてつまらないー、と…」
「そうですか」
自分から話振っといて興味無さ気な少年に少し頭にくる。少年は黙々とアイスを食べ進めている。
「自分で振っといてなんなんだー!!嘘でも“それじゃあ遊びに行こう”とかそういう持って行き方があんだろーがっ!!」
あたしの逆上に頬をポリポリと掻いて困った顔をする少年。困ってるのはこっちじゃー!!
「貴方は僕の事を知らないじゃないですか…。貴方は知らない人からの誘いを易々と受けるんですか?」
「受けないけど…っ、あぁ…なんか疲れる…」
「それは貴方がいちいち騒いでるからじゃないんですか?」
「そんなストレートに言わないでっ!!」

キーンコーンカーンコーン

突然、あたしの耳に届いたのは昼休みの終わりを告げる予鈴。その予鈴は、暑さと興奮でショート寸前のあたしを現実に引き戻す。…でも暑さが勝ったのか体を動かす気にはなれない。
「それでは僕はこれで…」
そう言って立ち上がる少年。あたしの方に振り向いて分かりづらい位ほんのりと微笑む。
「放課後までに、夏休みにどこ行きたいか考えといて下さい」
「…はい?」
少年の意味の分からない言葉に思わず聞き返す。憎き太陽のせいで少年の表情がよく分からない。
「それでは放課後、ここのベンチに来てくださいね」
「え…ちょ…ま、…って消えた!?」
目の前にいた筈の少年が次の瞬間には消えていた。…夢だったのか…?暑さにあてられて幻覚でも見たのか…?

キーンコーンカーンコーン

混乱するあたしの耳に届いたのは午後の授業開始を告げる本鈴。そして……。

ボトッ

「あ…」
アイスが重力と暑さに抗えず、虚しく地面に落ちた悲しい音が聞こえた。無惨にも粉々になっている。
「あ〜…」
悲しさのあまり自分が今、何をすべきなのかを忘れる。そして早くも蟻がアイスの匂いに釣られて群がり始めていた。
「はぁ…」
アイスを落としたショックから立ち直れず、ベンチに深く腰をかけ直す。…もういいや…どうせ遅刻するなら大遅刻してやろう…。
そう思ったあたしの手に触れたのは小さく軽い、木の感触。見るとそこには一本のアイスの棒。…あいつ、ゴミ捨てて行きやがったな…。そう思って広い上げたあたしの心臓は垂直高跳びの新記録を更新する。


あたり


(遊園地に水族館…)
(海にプールに夏祭り…)
(後は後は後は〜…)
(…部活もある事、忘れてませんか?)

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