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□気付いて下さい *後編*
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「よおシュラ…三日ぶり」

「……」

 寝惚けているのか熱のせいなのか、焦点の定まっていない瞳は潤んでいて、頬も赤く色付いていた。ヤバ

いんじゃないのか、コレ?シュラの頬を両手で包み込み、体を屈めて額を重ね合わせる。

「…大体38℃って位か?どうしたよシュラ、熱出して寝込むなんでらしくない」

「……デス?」

「?…そうだけど?」

 額を重ね合わせたまま、不思議そうに見上げてくる瞳を覗き返せば、明らかに動揺の色が見てとれる。こ

ういう状況は今更な気もするんだが額を離し、シュラの頭を二、三度撫でて頬に手を置いた。

「何しに来た」

 徐々に普段の調子を取り戻し始めたシュラは、デスマスクを鋭く睨みつけ訊ねてくる。が、熱のせいで怒

気と迫力は通常の半分以下。こんな時までどうして威嚇してくるかな…この男は。

「ムウが、三日前から宮に籠っているお前の様子を見て来いって…」

「……」

「で…途中、アイオロスが異常な量のリンゴ寄越したけど、いい感じの5つだけ貰ってきた」

 ここに来るまでの経緯を簡単に話せば、徐々に不機嫌になっていくシュラの様子が手に取るように判り、

挙句に頬に置いていた手を振り払われる始末。短い会話の中で、シュラの不機嫌スイッチは何処にあったの

か。懲りもせずに振り払われた手を再び伸ばして、指先でそっと頬の表面を撫でる。

「ムウに『見て来い』って言われたのが気に入らない?」

「…黙れ」

 シュラの頬が僅かに強張る。うん、見て来いって言われたのが気に入らないようだ。当社比−1.5倍の怒

声を完全無視し、頬を撫で続けながら言葉を続けた。

「ムウが気に入らない?」

「…違う」

「俺が気に入らない?」

「…」

「三日経ってから来た俺が気に入らない?」

「ッ…」

シュラの素直な反応に、自然と溜息が零れた。この様子では三日前…初日からかなり体調が良ろしくなか

ったと見た。

「あのさ〜…」

「黙れ、と言ったはずだ」

「俺、三日前から任務だったの知ってる?」

「…?」

「で、さっき帰って来たばっかで、ムウに話聞いてここに来たわけ。意味判る?」

「……」

 行き来が無くても、聖域内に誰がいて居ないかは小宇宙で簡単に判る。シュラはそれすら判らないほど、自

分の体調が物凄く悪い事に今気付いたようだ。どうして気付かなかったのかは大目に見てやろう。

 今のシュラが言葉の意味を理解したかは判らないが、『居ても来なかった』ではなく『居なかったから来れ

なかった』のだという事は理解してもらいたい。

「すぐ来てやれなくて悪ィな。まあ、とりあえずは何か喰って、薬飲んで、大人しく寝とけよ?」

 この熱だ。流石にこの状態でシュラに食欲があるとは思えないが、胃に少しは何かを入れてから薬を飲んだ

方がいいだろう。ちょうどアイオロスからリンゴを貰っているし、リンゴが無理なら巨蟹宮にデスマスクが何

気に気に入っている買い置きの『ウィダーインゼリー』もある。取り敢えずは食欲の有無を確認するのが先だ

ろう。それを訊ねようとしたデスマスクだったが、目にしたシュラの様子に頭を抱えたくなった。

「おいおい…今度はなに?どーした?」

 先程まで怒りを前面に出していたシュラが、今度は今にも泣きそうになっているとはどういう事だ。熱のせ

いで潤んだ瞳から、零れそうになっている涙を親指で拭い取る。黙り込んでしまったシュラの頬を掌で包み込

み、再び額を重ねて瞳を見つめた。

「シュラくん、黙ってちゃ何にも判んないぞ?」

 何か言いたいし、聞きたいのだというのは瞳を見れば判る。だが、言ってくれなきゃ判らない。特に自分は

そうだとデスマスクは思っているし、シュラだって判っているはずだ。その間も滲み出る涙を指で拭ったり、

唇で吸い取ったりを何度か繰り返していると、やっとシュラが口を開いた。

「ど…して」

「ん?」

「俺に、優しく…するんだ」

「優しい?俺が?シュラに??」

 初っ端から意味の判らない問い掛けに、しばらく思考が停止する。が、続くシュラの言葉に思考はすぐ動き

出した。

「三日前…」

 あ、やっぱ三日前のやり取りが原因で体調を崩したのか。意外に内面は繊細だからな、シュラは。それにし

てもあのやり取りの中で、それ程ショッキングな出来事などあっただろうか。

「勝手に怒って…勝手にデスに当たって…勝手出て行って…」

 調子が悪い中、遅くなっている思考力をフルにしてシュラは必死に言葉を探す。自分がデスマスクに伝えた

い事。聞いて欲しい事。あの時は、ついカッとなってフォークを投げつけてしまった。今思えばかなり危険な

行為だったと思う。一歩間違っていたらデスマスクに…。

「あん時、避けないで当たっていた方が良かったのかもな…」

 聞こえてきたデスマスクの言葉にシュラは息を詰めた。あの時執った行動は彼を傷付ける行為であって…。

目の前の男は気にした風もなく、何でもない事を淡々と話しているように見える。

「何に対して怒ったのか、イラッとしたのかは俺には判んないし?でもあん時シュラは、俺に居なくなって欲

しくて投げたんだろ?」
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