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□生きる
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「死にたいなら、今すぐ俺が引導を渡してやるが?」
若干目が据わっているシュラの言葉にキョトンとするが、物騒な言動に表情を歪め目の前の男に手を伸ばして頬をそっ
と撫でてやる。
「お前に頼んだらスプラッターじゃん。お断りだ」
「俺は構わないが?」
「俺が困る」
「?…何故だ?」
「その後シュラも死にそうだから。俺的にはお断りなの」
何となく思った事を何となく言ってみたら、今にも泣きそうな顔をされてしまった。こういう顔されるとどうしたらいい
のか悩むのだが、取り合えず頬を撫でていた手で優しく髪を梳いてやる。それをしばらく繰り返していくうちにシュラの表
情も少しは落ち着き始め、一度瞳を覗き込んで微笑みかけてから唇を重ねた。軽く触れるだけの口付けを何度か繰り返すと、
シュラの方も落ち着いてきたのか唇の強張りが徐々に薄れていき遠慮がちにデスマスクの体に凭れかかってくる。
唇を離して凭れてくる体を抱きしめてやり、あやす様に二、三度背中を叩くと腕の中で「馬鹿」とシュラが悪態をつく。
馬鹿なのは判っているから言い返さず、優しく背中を叩いて機嫌取りを続けた。
「…デスマスク」
自分の名を呼ぶシュラに視線だけを向ける。頭をデスマスクの肩口に乗せそっぽを向いているので表情は判らない。それで
もいい表情は浮かべていないのは想像できた。
「もう少し…真面目に生きろ」
「……真面目ねぇ」
今でも死なない程度には真面目に生きているつもりだが、それを言ったら何を言われるかは判っている。だからシュラは常
にデスマスクに『生きろ』としつこいまでに言ってくるのだろうが。むしろシュラがそう言うから、現在も生きているのだと
思う。これがサガ辺りに言われた日には、速攻冥界波で黄泉比良坂に逃げ込んで二度と戻らない。
「あんな小さな生き物でさえ懸命に生きているんだ。少しは見習え」
シュラが見習えと言った生き物が未だに映っているテレビに目を向ける。砂漠に暮らす体長50センチほどの生き物。必死に
小さな前足で砂を掘り返している。
「見習えって言われてもなぁ…」
その時ちょうど映し出された場面に、うわぁ…と苦笑いを浮かべ、
「あんな顔して…ヤツデ食う生き物を見習ってもよ。どうなのその辺?」
そう言いながらシュラの頭を一撫でし、顔をこちらに向かせた。
「食べる事は生きる事だ」
そこを見習えと言わんばかりの表情を浮かべ、じっとデスマスクを見つめるシュラになるほどと納得する。生きる上で一番重
要なものに執着が薄い自分は、確かに見習った方がいいかもしれないがもっと違うものでもいいと思うのは間違いだろうか。
「ヤツデはミーアキャットの大好物だ。サソリも食べる」
「へー」
何だかどうでもいい豆知識を聞きながら、床に落ちていた本を拾い上げてシュラの体を離しソファーから立ち上がった。
「ヤツデとサソリは勘弁してもらうとして、今日の晩飯何がいいんだ?」
たまには自分から言ってやるのもいいだろう。滅多に聞いてこないデスマスクからの問いに一瞬キョトンとするシュラだった
が、すぐに調子を取り戻しキッチンへ向かったデスマスクの後を追う。
「お前が今食べたいと思ったものがいい」
「…また厄介なメニューだな、そりゃ」
冷蔵庫の中を覗いているデスマスクの背中を見つめ、いつものように椅子に座って作業を眺める。『俺が食べたいものねぇ』
と呟きつつ冷蔵庫から食材をいくつか取り出している辺り、もうメニューは決まったようだ。
「デスマスク」
「あ?」
「俺の為にも死ぬなよ…」
「……」
「死んだら俺も死ぬぞ」
「何それ…?俺の生死がシュラの生死にもなっちゃうって事かよ」
物凄い重大発言をぽろりと告げられ、料理の手を止めて後ろを振り返った。そこには何故が穏やかな笑みを浮かべているシュ
ラがこちらを見つめている。物騒な事を言う時の顔じゃないだろ、何考えているんだコイツ?
「シュラ…意味判らないから、それ」
「判らなくていい」
判らなくていいなら言う必要もないのでは、と喉まで出かけた言葉をそのまま飲み込んで止まっていた料理を再開させた。
『自分が食べたいもの』と言われたが『シュラが食べたそうなもの』でも問題はないだろう。言いさえしなければ。しかし、人が
料理を作っているのを眺めるのが好きな男だ。見ていて何が楽しいんだか…それにもきっと自分には判らない理由があるのだろうが。
*了*