書庫

□幸せ
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 最近DVD鑑賞にハマっているらしいシュラ。今日もホットカーペットに座り込んで鑑賞中。借りたカーディガンと貰ったストールは既

に装備済みだ。真面目な表情で画面を見つめるシュラの横で今日もデスマスクは一人読書。今日シュラが鑑賞しているのはいつもと少し趣

向の違うもの。


『ドラキュラ』


 比較的最近の映画で、原作に近いストーリーだったと思う。普段のシュラはファンタジー系とかドキュメンタリー映画、ジブリ映画等を

観るが、今観ているのはそのどれにも当て嵌まらない。どうして観ようと思ったのかは謎だ。

ラスト10分頃に差し掛かると、シュラは若干涙ぐみながら画面を見つめている。ああ、もうすぐ伯爵は死ぬシーンか。瀕死の伯爵と恋人

の最後のやり取り…そして事切れた伯爵の首を恋人が切り落とした瞬間、全ての原罪が神の光によって払われた。吸血鬼だった伯爵も人の

姿に戻り、冷たく横たわっているもその表情は穏やかだった。降り注ぐ光の中、恋人は天を見上げて一人涙を流した。



「……」

 DVDが終わった後、一人映画の内容に涙を流しているシュラにティッシュとココアの入ったマグを渡してやった。自分用にはコーヒー

を持ってきたデスマスクは、未だにぐしぐしと鼻を啜っては涙を拭うシュラの様子に苦笑を浮かべる。

「もしかして、全く内容知らないで観たのか?」

 拭い切れていない涙を親指で拭ってやりながら、まさかと思った事を訊ねてみれば案の定と言うべきか、頷くシュラにやっぱりそうなの

かと色んな意味で一人納得する。

「知らなかった…あんな、話だったのか…」

 ぽつりと呟き、今観終わった映画の情景を思い出してはまた涙ぐむシュラの姿に、仕方のない奴だとギュッと腕の中に抱き込んでやる。

 敵国の陰謀により最愛の妻を自殺という形で亡くした伯爵。自殺は最大の禁忌。妻を救わなかった神を呪い、自ら闇へと堕ちた伯爵は再

び愛を手に入れ、そして最愛の人の手で最期を迎える。実に綺麗な話だとデスマスクは思ったが、シュラは違うようだ。

「こんなの、悲しすぎる…」

「そうか?」

「二人で幸せにならないと…意味がないじゃないか」

「そうかぁ?」

 胸元に顔を埋めてぽつぽつと呟くシュラの背中を撫であやしながら、そういうもんかと思いながら首を傾げる。何が幸せで、何処に重点

を置くかで幸せの定義も大分変わると思うのだが。

「シュラの思う幸せと、伯爵の幸せは違うから仕方ないんじゃないのか?」

 そう言ってやると、胸元から顔を上げたシュラはキョトンとした顔をしている。まだ完全に泣きやんでいなかったようで、目尻に溜まっ

ている涙を舌で舐めとってやる。

「シュラの思っている幸せと違うから悲しくなるって事だろ?」

「幸せ…?」

「そ。シュラは好きな人と一緒に幸せになりたい。でも伯爵の幸せは違った…だから悲しくなるんじゃないのか」

「伯爵だって…一緒に幸せになりたいと、思っていたように観えたが?」

 涙を舐め取られた事に抗議の声を上げることなく、デスマスクの言葉を聞いてシュラは不思議そうな表情を浮かべていた。

「そりゃあ思っていたろうさ。でも、あくまでアレは物語であって…恋愛じゃなく救済がテーマだと俺は思うの。だから伯爵は幸せだし、

同時に救われたと…俺は思う」

「……」

 そう言ってやると納得出来なそうな表情を浮かべるシュラ。逆にどうしてハッピーエンドにこだわるのかがデスマスクには判らなかった。

「何が気に入らなかったの?あの映画の」

 判らないなら聞いた方が早いと思い、率直に訪ねてみる。すると少し考え込みながらシュラは気に入らない理由を言い始めた。

「…たとえ周囲に悪と言われようとも、想いが真実なら…自分が何者でも、何処でだって幸せになれると思うんだ。救う事が必ずしも幸せ

に繋がるとは限らないし、今自分は幸せだと実感する事で…初めて救われることもあるんじゃないのか?人は、一人では幸せにはなれない…

そこに第三者、傍にいてくれる者の存在が傍にあるからこそ、そこに本当の幸せも存在する…と、俺は思うから」

 映画の後半。死が二人を別つのは明白な状況の中で、最後はお互いを救う道を選んだ二人。伯爵が死する事で罪から解放され、そして恋

人も闇から救われ人の身に戻れる。幸せになれないならせめて救いたい。

 そんな答えしか導き出せなかった二人が悲しくて、遣る瀬なくて。

 真剣に語るシュラに対し、デスマスクは若干項垂れる。あの映画を観てそこまで考えてしまうシュラはある意味凄いと思う。

「…シュラ」

「何だ?」

「アレ…物語だから。そこまで感情移入して観るものじゃないから」

「?」

「…要するに、シュラは救いたいんじゃなくて幸せにしたい。しかも自分だけが幸せじゃなくて、俺と一緒に幸せになりたいって映画観てて

思っちゃったんでしょ?」

 現に一度死んでいるデスマスク。シュラも死んでいるが、その前に置いて逝かれる辛さと悲しさを知ってしまった。だからなのか、この男

は妙に『一緒』というのに拘る。想いが通じ合ってからは尚更で、最初こそ戸惑ったデスマスクだったがそれがシュラの愛情表現だったり、

優しさだったりするので最近では嬉しくもあったりする。

 そんなシュラだからあの映画の最後は気に入らず、そして悲しくなってしまったのだろう。『一緒に幸せになる』のが彼の幸せだから。

「…違う?」

 反応のないシュラの顔を覗き込んで小首を傾げると、今言われた言葉の意味と自分の言った言葉の意味を理解したのか、さっと頬を赤く染

めて視線を右に左にと泳がせる。抱き締めている体も若干強張り、羞恥を感じているのか肩を縮こまらせいた。

「ッ…いや、その…」

「俺は幸せがどんなモノなのか、未だに良く判らないけど…シュラが今幸せだと思っているなら、今の俺も幸せだと思う。シュラと一緒にいる

と、自然と気持ちがポカポカするし」

「…デスマスク」

 無意識に言ったとはいえ、それがシュラの本心なのだろう。ならばそれに答えてやるべきだ。

自分は今幸せか。
 
そう問われたら判らないと答える。だけどシュラはそんな自分の傍にいつもいてくれて、何事にも一生懸命で、自分では判らない感情や気持

ちを沢山教えてくれる。

「あんな熱烈な告白してくれたんだから。ずっと傍にいて俺の事、幸せにしてくれるんでしょ?」

 そのまま笑いかければ答えの代わりに、シュラの腕が背中に回り抱きしめ返してくれた。

「俺以外の誰が、お前を幸せに出来ると思っているんだ」

「うわ…自信満々。でも、そんな所がシュラらしいから…俺は好きだなぁ」

 シュラの髪に唇を寄せてデスマスクは何気なく呟く。何事も有言実行するシュラだから、いつか本当に自分を幸せにしてくれるかもしれない。

「洞察力はあるくせに、何故自分の感情となると皆目判らないのかが俺には謎だぞ…」

「自分と周りは違うの。自分じゃないから判ることって結構あるんだよ?」

 髪に寄せられた唇がくすぐったいのか、会話を続けながら頭を離そうとデスマスクの腕の中でシュラがもがき始める。そんなシュラを離すまい

と腕の力を強めれば、もがいていた体がピタリと動きを止めた。いつもならどんなに抱きしめていようとしても、離すまで暴れ続けるのだが。

「…どうした?」

 腕の中で大人しくなってしまったシュラを不思議そうに見下ろす。と、シュラの手が再び背に伸びてきてデスマスクをギュッと抱きしめた。い

つもと違う様子に何だろうと、そのまま大人しくしていると更に強く抱きしめてくれるものだから、逆に対応に困ってしまう。

「シュ…」

「たまになら…こうしてやってもいい」

「シュラ?」

 急にそんな事を言い出した理由は判らないが、シュラに抱きしめてもらうのは結構気に入っているので悪くない提案だ。なので早速シュラの首

筋に頭をすり寄せれば、伝わってくる温もりの心地よさとその存在に心が安心しているのが判った。もしかしたらこういうのが幸せって言うのか

もしれない。

「シュラぁ」

「どうした?」

「もうちょっと…このままでいてもいい?」

「ああ…お前の好きなだけ」

現状の維持を承諾してくれたシュラに少しばかり凭れかかって、そのまま静かに瞼を閉じた。鑑賞した映画に涙するシュラを慰めていたはずなの

に、いつの間にか自分の方が慰められているような状態になっているのが不思議だ。

それを嫌だと思っていないのも不思議なもので、きっとシュラの想いを聞いたせいだろう。

「ん〜…シュラにこうしてもらうの好きだな。あったかくて気持ちぃし…何でか凄く安心する」

「そうか…」

 そっと頭の後ろを撫で上げてくれている手が少し擽ったいが、それすら心地よく感じるデスマスクは甘えるようにシュラの方に体重を傾ける。

急に体重を掛けられては、流石のシュラも支えきれずにデスマスクの体を抱きしめたまま後ろへ倒れ込んでしまった。すぐに体を起してくれると

思っていたのに、圧し掛かったまま動こうとしないデスマスクを不思議に思っていると、脇腹を撫でるような手の動きに思わず息を詰める。その

手がシャツの中に忍び込んで直に肌に触れてくるものだから、びっくりしたシュラは思わず声を上げた。

「ッ!…で、デス!?」

 慌てて手を掴んで動きを止め、赤くなった顔のまま肩口にあるデスマスクの髪を引っ張る。

「……痛いんだけど?」

「知るかっ!それより一体なんだ、この手は!」

「俺の手」

「ッ…切るぞ?」

「それ、もっと痛いから?…だから、シュラに直に触りたいなぁ…って思ったから」

 髪を引っ張られてもシュラから離れず、むしろ擦り寄りながら思ったことをそのままシュラに告げる。シュラの肌に触りたいと思ったから触った

のだと。けど、シュラが嫌がっているなら止めた方がいいかと手を離そうとすると、髪を引っ張っていた手が離れていったので、おや、と思い顔を

上げてみる。

「触りたいなら…触ればいい」

「へ…?」

「その代わり、俺も…お前に触るから」

 投下された大胆な発言にポカンとしている隙に、シュラの両手に頬を包み込まれ顔を引き寄せられた。重ねられた唇から伝わるシュラの熱。誘う

ように先程から下唇を擽る舌先の動きに、炊き付けたのは自分とはいえこのままこの場で誘いに乗ってしまっていいのか悩んでしまう。

「……デスマスク?」

「ここで、いいの?明るいし…シュラには寒いんじゃねぇの?」

「寒くなったらお前が温めてくれるだろ?」

「そりゃ勿論。シュラが風邪引かないようにはするよ」

「だったら…明るくてもいい。だから、早くキスしろ……俺に触れろ」

 こういう雰囲気の時のシュラは実に男前で、自分の戸惑いを全て吹き飛ばしてくれる。

「うん…判った」

 望まれるままに唇を重ねると、首に腕を回すシュラに引き寄せられる。ほっこりと心が温かくなっていくのを感じながら、デスマスクは本格的に

シュラに触れ始めた。






*終わっとこう;*
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