書庫
□暖の取り方
1ページ/2ページ
先日ホットカーペットを買ってきた。シュラへの対暖房対策としてだ。決して寒さ対策ではない。
冬場の異常な暖房の温度設定。30度は絶対おかしいとデスマスクは思う。しかも真冬を薄手のシャツ一枚で生活し
ようとしているのだから、絶対におかしい。寒がりの癖に厚着が嫌いだといって部屋をガンガンに暑くされては、こ
ちらが堪ったもんじゃない。それでなくとも暖房が苦手だというのに、真冬に常夏の巨蟹宮で生活など絶対お断りだ。
そんな訳でリビングの中央に敷かれたホットカーペット。シュラは大層お気に召したようで、最近は気付けばホッ
トカーペットの上に転がっている。もちろん暖房の温度は通常より少し低めの23度。デスマスクにとっては快適な温
度だがシュラには少し寒いらしく、未だに隙あらば温度設定を勝手に高くしようとする始末。
「…そんなに寒い?」
「今は冬だ。寒いに決まってる」
「……はぁ」
寒いと断言するなら上に一枚着ればいいのにとデスマスクは思いつつ、一旦リビングを出て寝室のクローゼットから
薄手のカーディガンを持って来ると、それをシュラに渡す。
「そんなに寒いならソレ、着てろ」
「……」
「袖は七分だし、薄いから重くないし…それなら着てても動きやすいだろ」
「…ああ」
渡されたカーディガンを暫く見つめるシュラの姿、嫌がっているのかと思えば、意外にも素直に着てくれた。そして
もう一つ。シンプルなベージュの布を広げ、それでシュラの体をすっぽり包み込んでやった。
「…」
「ストール。大きめのヤツだから全身包まれるし、昼寝の上掛けにも出来るぞ。それに薄地だけど重くないしあったか
いだろ?」
そう言ってシュラの頭を撫でた。これでばっちりだろう。いくら寒がりなシュラでも、ここまでしてやれば無駄に設
定温度を高くしようとはしないはずだ。一人満足そうに笑みを浮かべていれば、何故か照れて頬を薄く染めているシュ
ラの姿があった。
あれからシュラはカーディガンを着てくれるようになった。ただし『借りて着る』の限定だったが、着てくれないよ
りはマシだと思う。
今日もデスマスクの貸した、前のより少し丈の長いカーディガンを着てソファーを背凭れ代わりに、カーペットの上
に
座り込んでシュラは寛いでいた。ホットココアの入ったマグを片手に、何時ぞや勝手に持ち込んだDVDをじっと鑑
賞している。その隣に同じように座っているデスマスクは、読みかけだった本を静かに読み進めていた。
今日は普段より寒さが強い。流石に少し冷えを感じてデスマスクもカーペットの上で読書をしていたが、シュラには
かなり堪えるのか、先程から全身をすっぽりストールに包み込んでDVDを鑑賞している状態。
「シュラ。寒いのか?」
「……少し」
そうは言っているが、ストールに包まって体を縮こまらせているシュラ。前よりもかなり厚着をしているのに冷えを
感じるのだから、かなり寒いのだろう。
「少し暖房上げるか?」
「…いや、大丈夫だ」
それでも頑なに大丈夫と言うシュラに、デスマスクは内心苦笑した。寒いのを我慢して風邪をひいたら元も子もない
と思うのだが。以前、暖房が苦手だと言った自分の事を気遣ってくれているのが何となく判った。
「シュラ。ここ…こっち来い」
読んでいた本を閉じ、自分の足の間を手で叩いてシュラに促す。急に何を言い出すんだ、と言いたげな表情を浮かべ
意図が読み取れずにシュラは首を傾げていた。それでもいいからとデスマスクはシュラの腕を掴み、無理矢理に場所を
移動させる。訳も判らず足の間に座るシュラから今度はストールを剥ぎ取ると、そのまま後ろから抱きしめて二人分の
体をストールで包みこんだ。
「こうすれば少しはあったかいだろ?」
「!…ッ」
自然と凭れかかってくる体を胸に抱きとめてシュラの腹の上で手を組み、下にある顔に微笑みかける。急な展開と抱
き包まれている状況に些か羞恥を感じたのか、シュラの頬が僅かに色付く。
「シュラ…手、冷たい」
「寒いからな」
「寒いの我慢して、風邪引いたらどうするわけ?」
「引かない」
「そんなの判んないだろ?」
自分の手に重ねられた手の冷たさに、デスマスクは非難めいた言葉を告げるがそれとは裏腹に、シュラの手を温める
ように掌に包み込んだ。いつもなら自分の方が冷たい手が、今日はシュラの方が冷たい。
「こんなに冷たい手して…引かないって本当に言えんのかよ」
「…デス」
「俺の事気遣って我慢すんな。寒い時は寒いって言え、バカ…」
「バカは余計だ」
きゅっと握られた手の温かさに、シュラは何だか体まで温かくなった気がした。自身の事には限りなく無頓着な男が、
自分の心配をしてくれていると知っただけでこんなにも温かい。その温かさがむず痒くも感じ、シュラは恥ずかしげに
体をすり寄せながら小さな微笑みを浮かべる。
「先程までは寒かったが…今は、寒くない。だから、その…!…ッ、ありがとう」
必死に言葉を探してシュラは今の気持ちを伝えてくる。シュラからこういう事は初めてで、ありがとうと言われたデ
スマスクは一瞬キョトンとしてしまうが、どういたしまして、と満面の笑みと共に言葉を返してシュラをぎゅっと抱き
しめる。
「手は冷たいけど…シュラ自身はあったかい」
いつもなら首筋に顔を埋めるとくすぐったいとシュラは言うが、今回はその言葉は上がらず代わりに髪を撫で梳かれ
て頭を抱き寄せられた。
「温かいな…デス」
「うん…なら良かった」
珍しい言葉のお礼にと頬に口付けを一つ落とし、冷たい手に指を絡めながら目の前で映し出されている映像を、シュ
ラを抱きしめたまま鑑賞する。室外の冷え込みが厳しくなってきたのか、室温は若干下がりつつあるも温かさは変わら
ない。
お互いの体を寄り添わせて暖を取る。
こういう温もり方も悪くはないと二人が思ったある日の出来事。
*了*