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□気付いて下さい *後編*
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『何となく』


 自分の中に、自分でもよく判らない感情の存在には気付いていた。

その感情を揺さぶるものが何なのかも判っていた。

 だからあの時、あの男の反応が酷く悲しくて、同時に怒りが湧き上がってきた。


『自分だけ』


 そう。いつも自分だけが感情に、アイツに、振り回される。疲れた…今はそれしか感じられない。







 デスマスクは今、白羊宮の前にいる。何故かというと三日前、急な任務をいきなり言い渡され今し方聖域

に帰還したからだ。よってあの日、怒りに任せて巨蟹宮を飛び出して行ったシュラとは逢っていない状態な

訳で。はてさてどうしたものか…と軽く考えながら白羊宮を通り抜けようとした時、階段を下ってくるムウ

の姿が視界に入った。

「任務帰りですか?お疲れ様です、デスマスク」

「おう…」

 人当たりの良い笑みを浮かべながら告げられる労いの言葉に、短い返事を返す。そして何事も無かったよ

うにその場を通り抜けようとしたのだが、意外にもムウに呼び止められてしまった。

「教皇宮へ行くついでで良いので、シュラの様子を見てきていただけませんか?」

「はぁ?」

 一体なんだと思っていたら、ムウの口から出た『シュラ』の名に一瞬目を丸くし、首を傾げる。

「三日前から体調を崩して、宮に籠って出てこないのです」

 続け様に告げられるその理由に、今度こそデスマスクも驚いた。

「アイツが?あのシュラが??」

「ええ…体調を真っ先に崩しそうな貴方ではなく、あの『シュラ』がです」

 教皇伝いなのか、ムウはデスマスクが食に希薄なのを知る人物である。なので、何だか酷い言われ方をさ

れているが、自覚があるので突っ込みはせずに、あのシュラがねぇと呟く。体調管理や食事に関しては口煩

いほど自分に小言を言うシュラが宮に籠るというのは、ある意味異常だと言ってもいい。

「風邪でもひいたのか?」

 それは無いだろうと思いつつ、一応ムウに訪ねてみた。

「そこまでは。ただ、本人から『体調が悪い』とだけ連絡が入ったとしか」

「ふぅん…」

 という事は、今のシュラがどんな状態か誰も知らないという訳で。ムウの言うとおり、教皇宮に行く前に

様子を見に行った方がよさそうだ。

「判った。見といてやる。」

「お手数掛けますが、よろしくお願いします。」

 何気に自分も気になるし、ムウの申し出を了承したデスマスクはシュラが籠っている磨羯宮へ続く階段を

上りはじめた。

 途中いくつかの宮で任務中の食事を心配されたが、今回はちゃんと人としての食事は摂っていた。が、い

つの間に聖域内に広まったのだろう。サガとアフロディーテならまだしも、シュラ以外にも心配されてしま

う事事態がデスマスクには謎だった。

 そんなこんなで、人馬宮に辿り着くと『体調が悪い時にはやはりコレだろ!』と、アイオロスに異常な量

のリンゴを押し付けられそうになった。が、『こんな量、余計に体調を崩すわ!!』と言い返してその中から良

さそうなリンゴを5つばかりチョイスし、それを入れた紙袋を小脇に抱えて磨羯宮の前に何とか辿り着く。

「ほぉ…これはまた」

 どうやらシュラの体調が悪いのは本当のようだ。尤も嘘とは思っていなかったが、些か信じられなかった

のもまた事実。しかし宮の中にいるシュラの小宇宙は普段とは比べ物にならない位に小さく、そして弱弱し

いものだった。

「他の連中…こんな状態の奴、よく三日も放っといたモンだ」

 実際は放っておいたのではなく、そうせざるを得なかったのだろう。シュラの性格を考えれば仕方なかっ

たとはいえ、何だかな…。そう思いながら磨羯宮の居住区に入り、久しぶりに訪れた宮内を軽く見まわした。

 必要最小限の装飾品と家具。一見殺風景に見えるが、如何にもシュラらしい佇まいだと思う。リビングの

テーブルに紙袋を置き、ここの住人が籠っている寝室に向かう。小宇宙に変化が無いという事は、恐らくシ

ュラは眠っている。足音を消して寝室の前まで来ると、一応中の様子を伺ってから静かに扉を開けた。

 ベッドの上にシーツを被った膨らみが一つ。視界にそれを捉えるとデスマスクは扉を閉め、ゆっくりとベ

ットへ近づいた。横向きに眠っているシュラは、枕に顔を埋めているので表情は窺えないが、普段よりも上

下に肩を動かして息をしている。ベッドの端に腰掛けてシュラの体調を確認すべく、枕に埋められている額

を手で触れてみた。

「あ〜あ…」

 デスマスクは体温が低く、普段から触れる事の多いシュラは温かいと感じていたが、今の彼はそれを通り

越して非常に熱い。得意の体調管理はどうしたんだと内心呟き、そぉっと前髪を撫で梳いた。するとシュラ

の瞼が小さく震え、億劫そうに顔をこちらへと向けてくる。どうやら起こしてしまったらしい。悪い事をした。
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