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□無関心
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 ほんの一瞬の出来事。

 ちょっと意識を逸らした瞬間だった。

「……」

 包丁を持つ手が止まり、視線は左手の親指をじっと見つめている。痛みが走ったかどうかも判らない。ただ、親指

から大量に溢れ出た鮮明な『赤』から目が離せない。

「何か…切ったっぽい?」

 自分の事なのに他人事のように呟いて親指の傷を見てみる。切ったには切ったが親指の腹がぱっくり口を開いてい

るというか、ざっくりいっているというか。やっぱ安かったからって鳥を丸々一羽買ってきて自分で解体するもので

はないなと、どうでもいい事か頭に浮かぶ。

 そうしている間も傷口から溢れる体液は止まる様子もなく、作業台を確実に『赤』に染め上げていった。こういう

時は止血なるものをすべきなのか、それとも傷口を洗うべきなのか?と首を傾げ、気付けは腕を伝い落ちていた体液

によって足元にも結構な『赤』が広がっている。

「……どうするべき?」

 もういっそ、このまま放置しておけばそのうち勝手に止まるのではないかとか、実に危険な考えが浮かび始めた時、

宮の入口に人の気配。小宇宙で誰かはすぐ判った。が、今の状況はかなりヤバいと思う。どうにかしようにも、どう

にも出来ない状況な訳で。その人物も宮内に入って異変に気付いたらしく、まっすぐキッチンへと向かってくる。

「シュラ〜、こっち来るついでにタオル持って来てー?」

 と、言ってはみたものの無視してまっすぐこちらへ来るご様子で。ああ…『赤』の惨状が拡大してんな、等と自分

の周りを見て思っていたらキッチンの入口で何かが固まる気配がする。

「……」

 目を見開いて硬直しているシュラの姿に、何故?と首を傾げつつ「タオルは?」と一応聞いてみるが反応がない。

今のデスマスクの姿と状況を見れば固まるかもしれないという程、キッチンは悲惨な状態だった。

 左手は肘に掛けて真っ赤に染め上がっており、作業台からデスマスクの立つ周辺もかなり赤く染まっていた。そん

な中にあって当の本人はキョトンと首を傾げていて、状況が判ってない様子というのが実におかしい。

「ッ…デスマスク、お前!何をしていた…ッ!!」

 やっと硬直の解けたシュラから開口一番に怒鳴られ、傍に置いてあったタオルを手に駆け寄って来た。あ、タオル

そこにあったのかと思いながら、手の体液をタオルで拭うシュラをぼんやり見つめる。

「あ〜…鳥を解体してたら刃が骨に喰い込んで…、ちょっと力入れたら滑った?で、まあ…こんな感じに?」

 拭われる傍から溢れる体液に舌打ちをするシュラ。一旦傷口をタオルで覆い、デスマスクの腕を引っ張ってリビン

グの方へ連れて行かれる。そのままソファに無理矢理座らされたと思えば前にシュラがしゃがみ込んでいて。既に真

っ赤に染まっているタオルを再び開いたシュラは改めて傷口を確認し眉間の皺を深くした。

「デスマスク…何故、何もしなかった」

「へ?…何が?」

 深い傷口をそっと掌で包みこんで小宇宙を高め、デスマスクの傷を癒し始めたシュラからの問い掛け。どういう意

味だろう。

「血を止めるなり、小宇宙で治すなり…出来るだろうが」

「ああ…!そっか。そういう方法があったか」

 シュラに言われ初めて知った対処法に、ああいう時はそうすればいいのかと頷きながら、一つ賢くなったな俺と思

っていた。

「普通は気付く」

「そう…か?」

「あれだけ出血しているのに、放っておく方がおかしい」

「でも、そのうち止まるだろ?」

「止まらない」

 傷を治療されながら言葉を交わす中、怒っていると思っていたシュラの様子が少しおかしいのに気付く。声は淡々

としていて普段のようだが、雰囲気が違うというか。怒っているでも呆れているでもなく、静寂が感覚的に近いかも

しれない。そんな様子のシュラをデスマスクは不思議そうに見つめる。

「シュラ……?」

「痛みは感じなかったのか」

「は?」

「指先には神経が多く走っていて感覚は鋭い」

「判らなかった…?な」

「どうして」

「…ちょっと、ぼんやりしてた?」

 表情はいつもの無愛想なまま。それなのにシュラを見ていて何だか痛々しいと感じるのは何故だろう。

「…シュラ?」

 そして、どうして目の前の男は、自分の傷を癒しながら涙を流しているのだろう。

「お前の無関心ほど、恐ろしいものはない」

 ぽつりと呟くとシュラの表情が徐々に歪み、硬く閉じられた瞼の端から大粒の涙が溢れはじめる。

「怪我をしたら手当は当たり前だッ!!指を、切れば痛い!…痛んだ……普通は…っ」

 いつの間にかきつく握られていた手。それは血によってお互い真紅の色に染まっていた。自分の血だと判っていて

も、赤に染まっているシュラの手を見ていると胸が苦しくなるのはどうしてだろう。

「……シュラの方が痛そうに見えるけどな、俺には」

「ッ…!!」

 汚れていない右手でそっとシュラの涙を拭ってやり、苦笑いを浮かべた。きっと今の自分と同じ痛みをシュラも感

じている。自分に対しては無関心かもしれないけれど、シュラにはそうなれないから不思議なものだ。

「俺さ、そういうのよく判んねぇし…?でも、シュラが痛そうにしてるのは何か嫌だなぁ…」

「だったら…怪我するな。したら血を止めろ…大量出血させるなッ…バカ!」

「……泣きながら怒鳴んなよ」

 今まで泣きたいのを我慢していたのか、怒鳴りながら本格的に泣きだすシュラを胸元に抱き寄せる。

「デスの姿に…ッ…一瞬、頭の中が…真っ白に、なった…」

「うん」

「また…さ、ッ…に逝なく、なる…じゃ、ッ…」

「アレくらいの出血で人は死にません」

「…っ、…ッう……」

「…………ごめんな。俺、ちゃんと生きてるから…だから泣くなよ、シュラ」

 握られている手を握り返し、シュラの涙が少しでも早く納まるよう何度も背を優しく撫でながら、そっと瞼に唇を寄

せる。そしてシュラに『ありがとう』と耳元に囁いた。




*了*
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