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□気付いて下さい *前編*
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じっと向けられる視線を背に受けたまま、デスマスクは黙々と手を動かす。自分一人だったら、キッチンに立って料理を
作ろうとは決して思わない。それなのにどうして料理を作っているかというと、視線の主・シュラが突然やって来て『腹が
減った』と、抜かしたせいだった。
本当ならば今日は一人で過ごし、食事も残っているもので簡単に済ませて明日は買い出しに出掛ける予定だった。よって
今、巨蟹宮にある食材は限られた物しかなかった。
「…なんだって今日に限って、メシ喰いに来るかね?」
「いつ来ようが、俺の勝手だろう」
デスマスクの愚痴をシュラは飄々と受け流し、椅子に座ったまま飽きもせずにじっとこちらを見つめ続けている。それだ
け腹が減っているのか、早く作れという無言の催促なのかと、見当違いな事を考えながら最初にサラダから作り始めた。
葉野菜などは当然ない。戸棚の中にあったミックスビーンズの水煮とオリーブ、それにチーズを足して豆のサラダの完成。
それと奇跡的に残っていたパスタと自家製トマトソースで、シンプルなトマトパスタを手早く作り上げた。
それら二品をシュラが待つテーブルに運び、向かいの椅子に腰を下ろす。
「ほら、さっさと食え」
そう告げながらシュラの分のサラダを取り分けてやり、腹減ってんなら早く食べろと促した。が、フォークを手にしたま
ま、目の前に置かれた皿とデスマスクの前の皿を交互に見つめるだけで食べ始めようとしない。量を気にしているとすれば、
むしろシュラの皿の方がデスマスクのより多めに盛ってある。それもとシンプル過ぎるパスタが気に入らないのだとしたら、
金輪際シュラに料理を作ってはやらないが。
「デスマスク」
「何?」
名を呼ばれたので、普通に返事を返す。
「いつも二人分、作るんだな」
「……は?」
何を言うのかと思えば、いつもの素っ頓狂な発言で。そんなに不思議に思うような事なのかと、逆にデスマスクが首を傾
げる。
「二人前食べたいのか?そんなら俺のあげっけど?」
そう返してシュラに自分の皿を差し出せば、『それはお前が食べろ。むしろそれ位食え』の勢いで返還されてしまった。二
人前を食べたい訳でもないのに、何故今更そんな事を聞いてくるのか、益々判らない。
「何故、二人分作って俺と一緒に食べるんだ?」
漸く食事を始めたシュラから、再度問いかけられた。そんな事言われてもなぁと呟き、フォークでパスタを絡めて口へと運
ぶ。在り合わせで作った割にはまあまあな出来栄えだ。
「ん〜…何となく?」
多分、これが正しい。シュラが相手だと、何となく二人分作ってしまうのだ。一方、デスマスクの答えに納得していないシ
ュラは眉間に皺を寄せ、鋭い視線を投げつけてくる。
しかし間違った事は言ってない。
本当なのだから仕方がない。
「大体なぁ…わざわざ俺の所に来て食事の催促する奴は…シュラ、お前くらいだぞ?」
まあ、たまにミロとカミュも来たりする…か?と思い出したように付け足せば、今度は後の言葉に反応を示すシュラ。
「…ミロと、カミュも来るのか……」
「?来るって言っても、たまにだけどな」
「その時も、一緒に食べるのか?」
「……いや」
何だか今日のシュラはおかしい。変な所にばかり反応を示し、食いついてくる。そんな彼が納得するまで話題を変えようと
しないのも、今までの経験上理解しているデスマスクは、そのまま話を続けていった。
「あいつら、いつもセットでくるし」
「三人分も二人分も大差ないだろう」
「え〜…正直、メンドウ」
ミロとカミュが食べに来るのはいいが、そこに自分の分も足して食事を作るという発想がデスマスクにはなかった。ただ
『食べたい』と言うから適当に作ってやり、自分はいつも食べる二人を眺めているだけ。『三人』で食事をしたことなど一度
もない。
「アフロディーテと3人では食事をするのにか?」
シュラの言うように、アフロディーテを交えて偶に食事をする時もある。けれど、ミロとカミュとでは決定的に違うもの
があった。
「シュラがいるから」
「俺がいる…から?」
「そ。シュラがいると、なんかこう…食べようって気になる」
常に『食べろ』と言われ続けている刷り込み効果なのか。シュラが傍にいると、食べようという気分になれた。これが他
の人だと働かない。だからシュラ以外に料理を作っても、一緒に食べようとまで思えないのだ。
先程『何となく』と言った割には、ちゃんとした理由があったようだ。そうか成程と、デスマスクは一人納得し、すっき
りした気分で食事を進めていった。