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□とある日の情景
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 とある日。


 いつものようにシュラが当然のように居すわる巨蟹宮。普段なら二人しかいない宮に、今日は珍しい来訪者が一人いた。

「カノン。お前の宮はこの下じゃなかったか?」

 リビングに置かれたテーブルを挟み、向かいに座っているカノンに訊ねた。

「そういうシュラとて同じだろう。その質問をすべき相手は、お前じゃなくてデスマスクだ」

 然もいて当然の存在感を醸し出しているシュラに質問を投げ返すカノン。それと同時に、キッチンからデスマスクが出て

きた。どうやらコーヒーを淹れていたようで、トレイの上にはカップが3つ。突然訪ねてきたカノンの分も淹れてくれたら

しい。

 カノンとシュラの前にカップを1つずつ置き、テーブルの真ん中に茶請け用のクッキーがのった皿をトレイに乗せたまま

置いた。そして自分の分のコーヒーを手にしたままシュラの隣に腰掛ける。

「いつからここは山羊の住処になったんだ」

「え〜…気付いたら?」

「おいッ」

 カノンの問いにデスマスクは適当に答え、そんな二人の言葉にシュラは怒気を込める。住処にしたつもりも、住み着いて

いるつもりもシュラにはなかったし、そう思われるのも心外だ。

「そうムキになるな。本当に住み着いていると思いたくなるぞ?」

 クツクツと笑うカノンは、明らかにシュラの反応を楽しんでいる。それが判っていたデスマスクは、隣で肩を震わせて今

もカノンを睨みつけているシュラの姿に、小さな溜息を零す。素直に反応を返すから面白がられ、逆にからかわれるのだと

何故気付かないのか。変なところでシュラは鈍かったりする。

「カノン。あんまからかうなよ…後でとばっちり食うの俺なんだから」

 一応カノンに釘を刺し、シュラが何か言おうとして口を開いたそこへ摘み上げたクッキーを押し込んだ。

「…ッ!」

「お前、これ食って少し落ち着けよ。話が全く進まない」

 そのまま人差指でシュラの上唇を押し、頭を二、三度撫でてやれば驚いたのか落ち着いたのか、急に静かになった。まあ、

これで漸く話が出来るとカノンの方に向き直れば、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる姿が目に入る。


 そもそもの全凶はこの男。


 本当に何をしに来たんだ、コイツは。


「で、用件は?仕事だったらお断りだぞ」

 やっと用件をカノンに訊ねる。カノンの方もデスマスクの問い掛けに、やっと話をする態勢になった。

「サガの事だ」

「「はぁ?」」

 カノンの口から出た言葉に、デスマスクだけでなくシュラも思わず声を上げてしまった。

「教皇補佐として日々忙しいのは判る…まあ、教皇シオンが二日に一度逃亡するから、余計サガへの負担が多くなるのだろ

うが…」

 普段の二人を知っているだけに、カノンの口から語られるサガの話を、二人は一応静かに聞いてみる事にした。

「それにしたって、休日返上までして執務をこなし、あまつさえ時間が惜しいと食事すら満足に摂らないというのは問題だ

ろう。最近では一日一食なぞ当たり前だと、女官たちが心配していた」

 どうやら今のサガが置かれている状況を、カノンなりに心配しているようだ。しかし何故、この話をここでするのか意味

が判らない。

「ならば、シオン様にしっかり執務をこなして頂ければいいのでは?」

 シュラが尤もな事を言う。要はシオンが逃亡せず、仕事をすればサガの多忙も解消されるという事だ。

「その件は先程、ムウに頼んできたから問題ない」

 白いと思われがちだが、実は黒羊でシオンの愛弟子のムウ。ここに来る前に話を付けてきたという事は、それで万事解決

になるはず。ますますカノンがここに来た理由が判らない。単に愚痴りに来ただけではないのは判るのだが…。

「問題は…食事だ」

「…?何故だ?シオン様の件が解決すれば…」

「甘いぞシュラ。あのワーカホリックが、普通に食事へ時間を割くと思うか?」

 何やら犬猿だったシュラとカノンの二人の間で、話が勝手に進み始めた。話題的に、自分が口を挟むとややこしくなると

判断したデスマスクは、一人コーヒーを飲みながら二人の話に耳を傾ける。

「サガは『キリのいい所まで』等とよく言っているが、大体アイツにとってあってないようなモノだ。一日一食では、いつか

体が保たなくなる」

「……三日食わなくても平気だったけどなぁ」

 一日一食食べていれば平気だろ、とカノンの話を聞きながらつい呟いてしまった。途端、隣に座っているシュラから浴びせ

られる視線が物凄く痛い。どうやら地雷を踏んだらしいと、デスマスクはぼんやり思った。

「ほう…デスマスク。三日間、食事を摂らなかったのか」

 視線だけでなく、小宇宙も痛い。急なシュラの変化に、理由を知らないカノンは驚きつつも、静かに傍観する気のようだ。

 実は、昨日までデスマスクとシュラは互いに単独の任務に就いていた。だから今日が休日な訳で。ついでにいつもなら、任

務中の食事面を問い詰めてくるシュラの言葉が無かったから、あえて言わなかっただけで…。

「確か、お前も一週間の任務だったな?その間、何度食事を摂った?言え!」

「え〜…」

「昨夜の食事はノーカウントだ。俺と一緒に摂っていたんだ」

 シュラの纏うただならぬ小宇宙を前に、雰囲気的に言わないとエクスカリバーが飛んできそうだ。言っても飛んできそうな

んだよな、とデスマスクは言われたままに、ここ一週間を自分的に振り返る。でも正直、食事に入るのかが判らない、アレは。

「なあ…シュラ」

「何だ?」

 たぶん二個目の地雷だと判っていて、それでも一応お伺いを立ててみる。

「カロリーメイトは食事に入るのでしょうか?」

「ッ…入るわけなかだろうが!アレは補助食品だ」

「…そうなのか……」

 カロリーメイトは食事に入らないらしい。そうなると、他に何を食べたかを考えているデスマスクを見つめる視線が、より

一層険しさを増した。恐らく気付いた。間違いなく気付かれた。

「貴様…ッそれしか食べていないのだな」

 地を這うようなシュラの声だけで、かなりの怒り具合が窺い知れる。

「はあ!?おい、シュラ。あいつの体、どうなっているんだ?」

「むしろ俺が知りたい位だ。それよりカノン」

「なんだ?」

「サガが心配なら、本人に直接言ってやれ。サガなら判ってくれる」

 サガの場合、周りが恐縮して本人に意見を言えずに、状況が改善出来ないのが原因だろう。黄金聖闘士の中でもサガに直接

意見出来るのは、デスマスク・シュラ・アフロディーテくらいだ。中でも性格のせいか、デスマスクは思った事を気にするこ

となくズケズケと言う。

 それでカノンはデスマスクに、サガに一言言って貰おうとでも思っていたのだろう。

「食事面でコイツに意見させても説得力ゼロだ。逆にサガの方がデスマスクを心配しているくらいだぞ」

 へぇー、サガ心配してくれてんだ。つーか、人の心配する前に自分の心配だろうと一人、どうでもいい事を思うデスマスク。

「サガに弟として、一言言ってやればいいだけだ」

「…弟、か」

 カノンという男も中々素直になれない性格で、自ら告げるのが気恥ずかしいのだろう。今までの二人の間柄を考えれば仕方

のない事でも、これからは互いに少しずつ歩み寄っていくべきだと、シュラは思っていた。

なら、今回は良い機会だ。カノンの方から少し歩み寄れば、サガだって少し歩み寄ってくるはず。

「まあ…ダメ元で一言物申すのもいいかもな」

 シュラの言葉に苦笑しつつ、カノンはソファから立ち上がった。

「シュラもデスマスクへの説教は、程々にな…?」
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