海賊メニュー
□バスルーム
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ザバーっと音をたてて湯船に沈み込む。
「は〜、極楽…」
絞ったタオルを頭に乗せて、サンジは目を閉じた。
一日の仕事を終えて入る風呂は最高だ。ましてや海賊船にしては贅沢すぎるほどの大浴場。
メリー号の小さなユニットバスもあれはあれで居心地よかったが、やはり広々した浴槽の中で長い足を遠慮なく伸ばせるのは嬉しい。
サンジが風呂に入るのはいつも一番最後だ。
夜更けまで仕込みに勤しみ、クルー達がすっかり寝静まった頃、ゆったりと湯に浸かるのが毎日の楽しみだ。
せっかくこんないい風呂がついているのに他の男どもは毎日入らない。
確かに水の限られた船上で大浴場など贅沢かもしれないが、綺麗好きなサンジからすれば、2日も風呂に入らないなんて考えられない。
ましてや一週間に一度しか入らないとか有り得ないのだ。
特にあのマリモ剣士ときたら、毎日毎日昼寝以外の時間はトレーニングにあてて、引くくらい汗をだくだくかいてるくせに、水で絞ったタオルでワシワシと拭き取って終わり。
さすがにシャツは変えているみたいだが、脱ぎ捨てられたシャツは洗われることなく男部屋の隅に積まれていく。
それがまたほっとくとひどい悪臭を放つので、最初は逐一マリモに抗議に行っていたが、一向に改める気のない男にイチイチ小言を言いにいくのが面倒になり、結局自分の洗濯のついでにまとめて洗ってやる始末だった。
(ったく、なんでオレがあのクソマリモのジジシャツまで洗ってやらなきゃいけねぇんだ!寝る部屋さえ別なら放っておけるってのに)
だが自分だけの部屋を持つなどそれこそ贅沢すぎる話で、いっそ自分だけ清潔な女部屋に仲間入りさせてほしいくらいだ。
…部屋の片隅でもかまわないから。
(ナミさんとロビンちゃんと同じ部屋で寝れるなら、どんだけ狭いスペースでも天国だな)
二人の美女の寝顔を想像してサンジは思わずニヤニヤした。
だが現実は妄想とは程遠く、風呂に入ってサッパリしたサンジが寝るのは汗臭い男部屋。
見渡しても野郎どもの汚い寝顔。耳障りないびきが響くむさ苦しい空間で渋々眠らざるをえない。
バラティエでは当然のようにサンジ専用の部屋があったから、いつもキレイにしていたし、自分の好きな物にだけ囲まれて生活していた。
海賊になったからにはあんな優雅な生活はもうできないとわかっていても、ズボラな野郎どもの分まで男部屋の掃除や整頓をしていると時々ウンザリしてしまう。
どうにかしてヤツラにも自力で整理整頓させれないものか。
小さな子どもを持つ主婦のような悩みを抱えながら、サンジは長い腕で浴槽の湯をかき混ぜた。
ガチャリ。
突然に浴室のドアが開かれた。
気配など感じなかったら思わず驚いて身構えると、
(げっ!)
青い目を見開いた。その先に立っていたのは全裸のマリモだった。
「てっ、てめえ何勝手に入ってきてんだよ!」
別に男同士だから恥ずかしいとかはないが、まさか急に人が入ってくるとは、ましてマリモが現れるとは全く予想外だったので不覚にも動揺してしまった。
「…風呂に入るのにイチイチ許可がいるのか?」
不機嫌な声でマリモが吐き捨てる。
「人の貴重なリフレッシュタイムを邪魔すんなっつってんだよ!何が悲しくてマリモと混浴しなきゃなんねえんだ!入るなら後にしろ!」
「うるせぇな。てめえの都合で風呂を占領しようとすんじゃねえよ」
「別に占領したいわけじゃねえ!一週間も風呂に入ってない垢マリモと同じ湯船に浸かりたくねぇんだよ!こっちはお前と違って毎日清潔にしてんだからな!」
「じゃあてめえが出てけばいいだろう」
「オレもまだ入ったばっかりなんだよ!」
キレるオレを無視してマリモが洗い場に向かう。
「あ!オイ!勝手に入ってくんなっつの!」
湯船から身を乗り出して抗議したがマリモは聞く耳を持たない。オレを無視すると決め込んだらしく、シャワーをひねって石鹸で頭から体からワシャワシャと全部一緒に洗い出した。
「ケッ!オッサンかよてめえは!せめて念入りに洗えよな!」
無駄にたくましい背中にむかって吐き捨てて、サンジはムシャクシャしつつも湯に浸かり直した。
せめてマリモから距離をとろうと、洗い場から最も離れた浴槽の一番端に移動する。
(クソったれ。なんで今日に限って風呂入る気になったんだよ!ウゼエなぁ!)
どうせゾロのことだから気まぐれに風呂入ることを思い立ったのだろう。
そんでもって自分が入りたい時に入りたいから例えオレが入ってようとおかまいなしだ。
まぁさすがにレディ相手だったら入ってはこないだろうけど。
(いや!魔獣と呼ばれるくいだからレディだろうと関係なく入ってくるかもしれねぇ!常識ってもんがねぇからな!コイツには)
サンジは忌々しげにゾロの背中を睨んでやった。
(それにしてもすげぇ背筋だな。毎日アホみたいに鍛えてるだけはあるな)
彫刻のような立体的な背中に思わず見とれてしまった。
トレーニング前後に半裸で歩き回っているのはよく見るが、誰も好き好んで野郎の体なんかまじまじと見ない。
そういえばさっきも全裸のゾロを正面から見てしまったが、ムキムキだが均整のとれた男の理想といいべき体型だった。
(…何気にナニもでかかったよな…)
サンジはちらりと自分の息子を見やってから、急に腹立たしくなった。
それはもう猛然と。
(クソったれ!目障りな筋肉ダルマめ!)
サンジだってしっかりと筋肉のついたいい体をしている。だがいかんせん細い。
それに肌も白いから、男らしさという点ではゾロにはかなわない。
愛息だって決して小さくはないけど、ゾロのそれは一瞬見ただけでも規格外だったように思う。
(それがなんだ!別に男の価値は体で決まるわけじゃねえ!)
明らかな負け惜しみだと自分でもわかった。
だからゾロが洗い終えて浴槽に入ってきても、サンジは湯船から出ることができなかった。
「…オイ」
「…あんだよ」
「顔赤いぞ。出ねえのか」
長いこと肩までお湯に浸かっているから、サンジはすっかり逆上せていた。それでもゾロがいる内は出たくない。
「っせえな。てめえこそさっさと出てけよ」
「一週間ぶりの風呂だからたまにはゆっくり浸かりてえんだよ」
チッ!とサンジは鋭く舌打ちをした。
実際もうかなり限界にきている。頭がクラクラしだした。
一刻も早く湯船を出て、冷たいシャワーでも浴びたいところだが、なぜかマリモがずっとこっちをにらんでいるので出るに出られない。
「んだよてめえは。うっとうしいからこっち見んなっ」
怒鳴るつもりが逆上せて言葉に力が入らない。
「なにを我慢してんだかしらねぇが、倒れても知らねえぞ」
「だからうるせぇって言ってんだろっ。オレは長湯なんだよっ」
怒鳴る度に息が漏れて語尾がかすむ。やせ我慢はバレバレだ。
お湯から出ている部分、肩から上はもう真っ赤っ赤でゆでダコ状態だ。
「…お前の顔ヤバイぞ」
ゾロが眉間にしわを寄せて言う。
意識が朦朧としだしたサンジは、真っ赤な上に目がうつろで焦点があやしい。
半開きになった口からハッハッと短く呼気が漏れている。
「…別に…ヤバくなんか…」
そこで意識が遠退いた。
バシャン!
「おいっ!?」
サンジはとうとう顔から湯船に突っ込んだまま動かなくなった。