海賊メニュー

□イニシャルG
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夜も更けたサニー号のキッチン。
クルー達はすっかり夢の中だが、そこだけはいつも深夜まで煌々と明かりがついている。
麦ワラ海賊団のコックが仕込みや片付けなどで遅くまでせっせと働いているからだ。

「ふぅ」

小さく息をついてピカピカに磨かれたシンクを見つめた。
たった9人の少数海賊団だが、その食事量は常軌を逸している。
朝昼晩の食事とおやつ、その支度だけでもちょっとしたレストラン並の忙しさだ。
嵐のような食事がすめば大量の皿洗いが待っているし、その後は翌日の食事の仕込みや食材の点検、加工などやることは山ほどある。それも毎日。しかも一人ですべてをこなす。

かつてそれこそ連日嵐のように忙しいレストランにいたサンジだけに、その手際のよさはもはや曲芸の域に達していたが、それでも量が量だけにやはり時間はかかる。
ましてクルーの健康を預かるコックとしては衛生が第一。
キッチンはいつも水垢一つなく、まるで料理など一切行われてないのではと思えるほどにピッカピカに磨いてあった。

愛用のピンクのエプロンをカウンターに置いて、サンジはカウンター前のポールに腰かけた。
ズボンのポケットからタバコを取り出して火をつけると、天井をあおいでフーッと煙をはいた。
一日の仕事を終えた後の一服は格別だ。

(風呂でも入って寝るかぁ)

タバコをふかしながらしばしぼんやりする。
昼間の騒々しさが嘘のように静まり返ったキッチン。
聞こえるのは波の音だけ。
仕事を終えて一人で一服するこの時間をサンジはけっこう気に入っていた。
誰にも邪魔されない、自分だけの時間だ。

「…さてと」

タバコを灰皿にもみ消して立ち上がろうとした時、奇妙な音を耳にした。

サンジの体がビクリと固まる。

カサカサカサ…

紙くずが擦れるようなかすかな物音。
静まり返ったキッチンにやたらと響く。

サンジの鼓動が速くなる。全身から冷や汗が吹き出している。

まさか…ありえない…こんなにいつも磨いているのに…

ドクン、ドクン…

心臓がうるさい。その音にまぎれてカサカサと背後で音がする。
サンジは恐る恐る、ゆっくりと振り返った。

見開かれた青い目に映ったのは漆黒のシルエット。


その夜の見張りはゾロだった。
月は明るく波も静かでひどく穏やかな夜だった。
潮風も心地よく、先ほどコックが差し入れてくれた夜食を堪能しながら、ゾロはご機嫌に酒を飲んでいた。

バタン!

下の方でドアの音がした。おそらくコックが仕事を終えてキッチンを出てきたのだろう。
別に気にもとめずに酒をあおっていたら、突然展望台のハッチがあいてコックがひょこんと顔を出した。

「?」

珍しいことだ。ゾロは思わず目を丸くした。
差し入れ以外でコックが自分の見張り中に顔を出すなんて。差し入れの時でさえ、「マリモしか存在しねぇ空間なんて一秒も長くいたくねぇ」などと吐き捨てていくくせに、なぜわざわざやってきたのだろう。

しかもなんだか様子がおかしい。ハッチから顔をのぞかせたまま、ちっとも入ってこない。何やらためらっている様子だが、何も言い出さないのでゾロの方がイライラして口をきった。

「なんだてめぇ。なんか用か」

ぶっきらぼうに話しかければ、きっと目をすがめていつもの好戦的な顔になる。

「うっせぇ。てめえに用があっちゃ悪いってのか」

言葉ついでにチッと舌打ちももらす。実に態度が悪い。まぁいつものことだが。

「なんだ。用ならさっさと言え。そして消えろ」

ゾロの憎まれ口にクッと歯を食いしばりながら、それでもサンジはゾロに用を頼みたいらしい。
いつもなら罵詈雑言、悪態の限りをついてさっさとそばを離れるくせに、口ごもったまま苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ている。

「ちょっと…来い」

低くドスの聞いた声でつぶやく。
なんだケンカか?とゾロは一瞬殺気を放ったが、口調の割にコックからは敵意を感じなかったのでとりかけた戦闘体制をとく。

なにやら訳あり顔のコックが頭を引っ込めたので、腑に落ちないが仕方なくついていってみることにした。

(せっかくいい気分で飲んでたってのに…)

チッと舌打ちしながらしぶしぶ向かった先はキッチンの入り口。まだ明かりのついたキッチンのドアの前で、コックが待っていた。
その表情が固い。やはり変だ。

「で?用はなんだ?つまんねぇことだったらぶったぎるぞ」

ゾロの言葉に何か言いかけて口がわなないたが、それでもコックは何も言わなかった。それが気持ち悪い。
「てめえにゃあ頼みたくなかったが…生憎みんな寝ちまってるし、こんな遅くに起こすのもしのびねぇ…。大騒ぎしてレディ達の安眠を妨げるわけにはいかねぇし、何としてもコトを迅速かつ穏便にすませなきゃならねぇんだ…。だから…てめえの力が必要なんだよ」

やけに神妙な面持ちでそんなことを言う。

てめえの力が必要なんだと言われてゾロは耳を疑った。コックからこんな言葉を聞く日が来るとは予想だにしてなかった。何だか薄気味悪いが、しかしどこかでまんざらでもない自分がいる。
あの暴力クソコックがついに自分を認めたのだ。負けを認めたのも同然だろうとゾロは思った。

(当たり前だけどな)

もともとコックよりもすべてにおいて勝っていると言う自負はある。
それを今までコックが認めなかっただけだ。もしコックが意地を張らずにそれを認めてもう少し謙虚になれば、いちいちケンカなどせずにすむだろうに。仲良くだってできるかもしれない(気持ち悪いっちゃ悪いが)。

そんな超上からの目線でゾロは思考していた。
そんなことを知らないサンジは、いつになくコックにしてはしおらしい態度でゾロに助けを求めた。

「頼む。お前しかいねぇんだ…」

いつもは射殺すような視線しか送ってこない青い目が、月明かりの下で頼りなげに揺れていた。

見たこともない表情にぎょっとする。こんな顔はクルーの前でもしたことないだろう。
あのガラが悪くて好戦的で生意気なコックからは想像もつかない。

元々色は白いが、月明かりのせいか肌が白く透き通ってみえる。
いつもはチンピラにしか見えない金髪がキラキラと白金色に輝いている。
まともに直視したことなかったが、よく見ればコックはそれなりにキレイな顔立ちをしていた。そのことに初めて気づくと同時に、何だか目の前のコックが今までとは別人のように思えてきて、ゾロは妙に落ち着かない気持ちになった。

「…わかった。で、何をしたらいい」

いつもと変わらぬ風を装ってゾロは聞き返した。
するとその言葉を待っていたと言わんばかりにコックの顔がパアッと輝いた。
その一瞬の変わりようにまたまたぎょっとする。
今までだってコロコロとよく顔の動く男だとは思っていたが、ゾロに対しては凶悪面しか見せたことがない。
キレイな顔から無邪気な笑顔に一瞬で変化する、その表情を初めて間近で見たゾロは驚きを隠せなかった。

(こいつ…本当はこんな顔するのか)
段々と早さを増してきた心臓を慌てて静めようとする。

(おいおい、コック相手に動揺してどうする…落ち着け)

ゾロはサンジに気づかれないよう小さく呼気を吐いて息を整えた。

一方サンジはキッチンのドアを睨み付けながらこう言った。

「頼む。あいつを仕留めてくれ…。あいつを…イニシャルGを…!」

「イニシャルG?」

そしてガチャリと思いきりドアをあけた。暗さに慣れた目に照明がまぶしい。だがすぐに慣れた目に飛び込んできたのは、誰もいないいつもと変わらぬキッチンの風景だった。

「…?んだよ、誰もいねぇじゃねぇか。あいつって誰だ」

ゾロは疑わしげにサンジを睨んだ。だがサンジは心持ちドアの陰に隠れながらキッチンの中を顎で示す。

「バカ。キッチンに出るイニシャルGつったらあいつしかいねぇだろ!」

「…まさかゴキブリか?」

「わーっ!バカ!名前を出すな!口にするのもはばかられるわ!」

思わず大声でわめくコックにゾロは心底呆れていた。
そういえばこいつは男のクセに虫がだめだったな。情けねぇ…。

はーっと大げさにため息をつくと、サンジの顔がカーッと真っ赤になって怒り出した。

「んだよてめえ!情けねぇとか思ってんだろ!いいからさっさと見つけて退治しろよ!さもないとてめえの飯にヤツが混入するかもしれねぇんだぞ!」

なんだかんだでどうしても退治してほしいサンジは子どもじみたおどしで何とかゾロを動かそうとしている。必死だ。

ゾロは呆れながらも仕方なくキッチンにズカズカと足を踏み入れた。見渡すがヤツの姿は見あたらない。

「もうすでにどっか隠れちまったんだろ。その内出てきたら退治すりゃいいな」

あからさまにめんどくさそうな態度でゾロはガリガリと頭をかきながら大あくびをした。

「ア、アホマリモ!どっかにヤツがいると思ったらオチオチ飯も作れねぇだろうが!ちゃんと探せよ!」

「だったらてめえも隠れてないで探せよ。このヘタレコック」

「な〜にぃ〜!?誰がヘタレだ!てめえ誰に向かってそんな口…!」

怒ったサンジがドカドカとゾロに歩み寄った瞬間、

カサカサカサッ!

サンジの足元を黒い影がすり抜けた。

「ひっ…!」

声にならない悲鳴をあげて、思わず勢いそのままゾロにすがりついてしまった。

「おいっ…!」

突然しがみつかれ、全体重をかけられてバランスを崩したゾロはそのままサンジを下敷きにして床に倒れた。
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