SS3

□呼吸
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人を斬った後は彼女に会いたくなかった
この手で触れれば、汚れてしまうような気がした

そんなの、風呂に入れば全て流れれば良いのに



「最近はサボってないみたいだな」



近藤さんはたぶん俺の異変に気づいたのだろう
書類を片付けてく俺の正面に座った

少し顔をあげて、なんでもないような顔して笑う



「気分が向いてるうちに片付けねぇと。土方さんにまた怒られまさァ。」



近藤さんはどこか悲しげな表情で笑顔を返してくれる

きっと、自分を責めてる

俺はまだ幼くて、近藤さんや土方さんには剣術では敵うかもしれないが
人間的にはまだまだできていない
それがわかってるからこそ大人ぶって自分の思ってる事を表に出さない



「最近は会ってないのか?」



きょとん、としてなんの事か考える
いや、それも近藤さんが目の前に居るから考えたふり
わかってる
ただ意識してると思われたくないだけ
子どもっぽかったり、大人ぶってみたり
俺だって忙しいもんだ



「誰とですかィ?」



とぼける俺に合わせてくれるのはわかってる
気づいてて気づかないふりをするのをわかってる
大人って、子どもの手にのってやるのも仕事なんだな
俺より大変だ



「チャイナさんと。ほら、よく遊んでたよなー」



ただの友達みたいに言うのは
俺が気づかれたらもっと隠してしまうのを知ってるからだ
そんな近藤さんの優しさも知っていて
何やってんだろう自分



「ああ…。最近は会ってないですねィ。」



まるで本当に何も気づかなかったみたいだ
心の中の駆け引き
なんでもないことなのに…

独り相撲



「そうなのか。チャイナさん、寂しがってるんじゃないか?」



どうして貴方はそんなに大人なんですか

どうして俺はずっとガキのまんまなんですか

人を斬るのが仕事なんだ
割り切れてるハズなんだ



「近藤さんは、こわいと思ったことないですかィ?」



ピクリと眉が動いたのが見えた
俺の言葉の真意を探ってる

そりゃいきなりこんなこと言われたらな



「なんでもないことなんでさァ。人を斬るとか、殴るとか。仕事だってわかってるから…でも…」



自分の手を見つめて、その後言葉を濁す

何を言ってるんだ自分
自分がわからなくなる
自分の考えや想いがわからなくなる

自分が一番汚く思えて、近藤さんは綺麗で
彼女が一番綺麗で
自分がどうしようもないろくでなしに見える

こんな事言ったら近藤さんが傷つくかもしれないってわかってるくせに
言葉にしてる自分が汚い



「こわい…かぁ。俺は、正直言うと事件が起こってお前らを送り出すのがこわい。残されるのが一番こわい。」



やっぱり
と、自分の中で自分の汚さが浮き出てくる

真っ黒の俺に真っ白の光を浴びせられたようで
目を開けているのは辛くて
聞こえてくる言葉を消したくて
全部、塞いでしまいたい



「もう一つこわいことがある。」



続ける近藤さんから目を伏せた
この人とは違うんだ

俺は最初から汚かった
どんな事も人のせいにして生きてきた人間

次の言葉が聞こえたら、俺は作り笑いができるだろうか

ツバを飲み込み構えた



「…なんですかィ?」



唇が重たくて
言葉を発するのが難しかった
何度も頭の中でこの声が響く感覚がした



「そんな自分に負ける事だ」



ズキンと胸に刺さる

俺はそんな事ないし、なんて簡単に投げれない
ずっと負け続けたままの自分が心の端に見えた



「まあ、負けても良いんだ。それでも、いつか勝てばいい。前に進めればいい。」



グサリグサリと一文字一文字がガラスの破片のように突き刺さってくるようだ

それって俺に言ってるんですか?

そうききたくなるくらい
言い当てられた気がした



「…もし、勝つ事ができないってわかってしまったら…どうしますかィ?」



また逃げ道を探してる

自分は子供なんだと逃げて
結局大人になんかなれないんだと逃げて

自分の弱さに負け続けて

自分は汚い
この仕事のせいで彼女に触れられないと喚いてる



「もし、かー。まずそれは考えないけど、それなら勇気と覚悟しかないだろ。そんな自分と向き合って生きていく勇気と覚悟。」



ちょっと俺かっこ良いこと言っちゃったか?なんて照れながら笑う近藤さんに今度は素直に笑った

負け続ける勇気も持てない勝つための勇気も持たないなんて

許されないよな



「大丈夫でさァ。近藤さんが死ぬまで俺は絶対死なないんで。そんな覚悟も勇気も必要ありやせん。」



なぁ、覚悟はできたか?

書類を机の端にまとめたら
近藤さんに一言挨拶をして
そのまま部屋を飛び出す

会いにいこうか

新しい空気を吸って弱い俺を吐き出した



呼吸



「総悟も大きくなったな、トシ」



「…そうだな」

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