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□Scatola di tesoro
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好きです。と可愛い女の子の声
一瞬の間を開けて
ごめんなさい。と平坦な声が響いた

相手の方の声の持ち主はわかっていた
なんだかフられてるわけじゃないのに、告白されてるわけでもないのに
聞いてる私までドキドキと大きな心臓の音をたてていた

しばらくして泣きながら去っていく女の子の足音と小さなため息
息を潜めて音楽室の壁にもたれかかり小さくなるように体操座りをした



「なんで隠れてんでィ、チャイナ」



ビクッと身体が反応するほどに驚きつつまた一段とうるさくなった心臓をおさえた



「えっと、忘れ物取りにきただけアルヨ」



立ち上がることもせず座り込んだまま壁越しのサドに答えを返した
サドは教室から出てこない私を窓から覗き込んで、その後教室に入ってくると素っ気なく私を見てシンと静まり返った教室の机にギシッと音をたてながら座った



「今日で卒業なのに、音楽室に忘れものかィ?」



「今日で卒業だから、来ただけネ」



ふーんっと怪しむように笑ってから誰も居ないのに周りを見渡すサド
その横顔を入学当初より大人びていて、心臓がまた変に音をたてそうになった



「よくここでサボってたよねィ」



確かにここは特別室用に建てられていた棟だから絶好のサボり場として愛用していた。

昔のことのように懐かしむ顔をしてる
けどそれはつい最近のことで、私にとってはとっても大切なひとときで、青春だった
昔になんて、小さくなんて、できないような大きな大切な思い出だった
うん。とやっと小さくでも答えて見上げると窓から差し込む光のせいでサドが女の人のように美しく見えた
眩しいとでも言うように目を細めるとそんな私に気づいたのか今度は私の隣りに座った



「こうやって壁に隠れて小さい声で喧嘩したねィ。銀八に何故か気づかれて説教もされたよなァ。」



「うん」



無意味に心臓は期待するように飛び跳ね続けていた
もしかしたら告白されるんじゃないか、なんて勝手に期待してる
ここで過ごした時間、キュンキュンしていたのは私だけじゃ無かったのではないか
喧嘩ばかりでも楽しかったと言えるのはきっとサドもなんじゃないか
悔しくて絶対に言う気はないけれど、心臓は虚しくなり続ける



「あのさ、俺、ずっと前から…思ってたんでさァ、もう気づかれてたかもしれねェけど…」



緊張した面持ちで切り出すサド
私は黙って首を傾げた
わからないふりして目を逸らす
どうしても恥ずかしくて顔をあげることも向けることもうまくいかない
今日でもう毎日顔を合わせることもなくなるんだよ
わかってる、わかってるのに今日は全然見られないの



「俺、さ」



そっと手をつないでみようと目をそらしたまま手を伸ばして、手の甲と手の甲がぶつかりびっくりした拍子に手を引っ込める
もう、わかんないって、わからないから、はやく教えなさいよ
言えないけどツンツンしたままの私は確かにそこに存在していた



「音楽の教師、田中だっけ?すっげェ好みだったんでィ。いつも黒いパンストにメガネ、黒髪ロングだぜィ?しかもちょっとつり目で強気な感じが調教しがいありそうで…」



ガクーンッと谷底に落ちたみたい
なんであんだけ溜めたくせに!そんな落ちなのかよ!
私のドキドキを返せー!今ので絶対寿命縮んじゃったんだから!
それどころか音楽教師は田向だったよ!"田"しかあってないよ!
頭の中は恥ずかしい自分への励ましや照れ隠しの暴言ばかりで埋め尽くされて居た

だって、だってだって、こんなにがっかりしちゃって、こんなにドキドキしちゃって、
これって、これってこれってこれって、恋なんでしょう?



「聞いてんのかィ?」



私の頭をぐしゃぐしゃにして笑いかけるサド
手を降り払うと私の現状は理解していないのだろうが一応静かになった
隣りに居るって、ドキドキするんだ。これがずっとそうだったらなー…。心もずっと隣りに寄り添えたらなー…。
乙女の妄想を働かせてる



「あ、このあとクラス会だろィ?」



卒業証書の入った筒で肩をゴリゴリと押して立ち上がるサド

眩しいです。とっても。
恋って病気です。ほんとうに。



「うん、さっさと行くネ。私はもうお前の顔なんて見たくねェから行かないアル。」



チッと舌打ちをたててそのまま音楽室の教室の扉へと足を進めて立ち止まる



「ほんとお前って最後まで可愛くねェな」



「当たり前アル。お前に可愛いと思われようとしてないからナ。」



一緒に行くことも引き止めることもできなくてどうすれば良いかわからなくて
構ってもらうには憎まれ口を叩くことしかできなくて
から回るばかりの自分を知っていて
もどかしいなんて可愛いものじゃなく腹が立つ
それを自分へではなくサドに向けてしまうところも、どうしようもない致命的な癖だった

ふーん。とそっけなく返してドアに手をかけるとそのまま出て行ってしまった
これを可愛く追いかけたら…追いついて、また、隣りに並んで居られるの…?
手をぎゅっと握ると俯いて目をつぶった
もう、何も感じたくないの
このうるさい心臓も、彼の足音も
と、足音は何故か遠くならずに近くなってる。そして、止まった。
目をあけて見上げると予想通りにそこに立っていた



「ど…うしたアルカ?」



サドは目も合わせず左上辺りを見ながらも手に持っていた卒業証書の筒を机に置くと私の前にしゃがみこんだ



「俺も、忘れもんでィ」



そう言い終わると緊張して固まったままの私にキスをした
目をあけたまま固まる私



「メガネ、邪魔」



サドの細くて長い指によっと取り外されたメガネ
そしてまた触れる唇の甘い感覚
今度はちゃんと目を閉じた

とろけそう、本当にそんな表現がぴったりだった
目をあけるととろけそうなサドの瞳とぶつかって混じり合う



「この関係も卒業な」



「え?」



顔を赤らめたサド
メガネはないけど、逆光になってるサドの顔が赤くなってること、とろけそうなことはわかりやすかった
きっと今の私と同じ顔



「今からお前は俺の。これは決定事項でさァ。」



素直になれなかったのにあっさり頷いて目を逸らす
そんな私を拾いあげてまたキスをする

あの時の時間を、私たちはちゃんと拾えたようだ
隣りに並んでそれを宝箱に閉じ込めた



Scatola di tesoro

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