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□卒業しちゃおうか
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終わってしまう時を、大事に思う
何度も思い出して、甘酸っぱい気持ちになるんだと思う

化粧を施した女子たちに囲まれる彼を人混みに紛れて隠し撮り
性格は難ありなんだけど、顔は好き。と毎回言っているし自分にも言い聞かせている。
そう簡単にうまく暗示にはかからないんだってことがよくわかった
出会ってからずっと、彼が好きなんだ

隣りの席でいつも喧嘩ばかりして、ふと見せる無邪気な笑顔で簡単に落とされた私
それは周りの女子となんらかわりがなくて、特別な出会いなんかじゃなくて
それでいて私は普通に女子として扱われることはなくて
何も発展させることができなかった
この関係を壊すのがこわかったから
友達でも恋人でも何でもなく、ただ喧嘩するだけの相手で良かった
それも特別として思っていたかった



「あー、私の初恋終了ネー。」



言葉に出して、整理してみる
終わっちゃった
卒業式に何も話さず隠し撮りして終わっちゃった
卒業証書なんて何の意味もなくて虚しくなる
あいつのメールアドレスが書かれた紙だったらもっともっと喜んでたかもしれない



「かーぐら、卒業おめでとー。お前が卒業できるとはねー、担任の俺もびっくりだわ」



玄関の方から陽気な銀ちゃんの声がする
私はうつぶせてコタツの中に足と手を突っ込んだまま胡散臭いスーツを着た銀ちゃんを迎えた



「何?卒業したってのに何も嬉しそうじゃないね、もっと喜ぶもんじゃないの?あ、もしかして寂しいとか?」



お前成績ギリギリで卒業だったんだしさーと話しながら着替え始める銀ちゃんから目をそらしてコタツの真ん中に積み上げられたミカンを見つめた



「銀ちゃん銀ちゃん」



「ん?」



スーツのパンツを脱いでいちご柄が見えてる銀ちゃんをチラ見してまたミカンに目を戻す
銀ちゃんはいつも通り死んだ魚の目をしてる

銀ちゃんだって、教え子たちの卒業なのに感動もなにもしてなさそうじゃん



「当たって砕けろって言うけどさー、ミカンみたいに柔らかくて当たっても潰れちゃったらどうするアルカ?砕けたら清々しいけど、潰れちゃったら跡をズルズルひきずっちゃうヨ。」



コタツから片方だけ手を出してミカンを掴む
私の心はミカンで力を入れたら簡単に潰れてしまって、しかもそれが乾くまで時間かかるし、片付けるにもいろいろ必要になるなら…まだこのまま腐りかけの甘い時に食べた方が良い気がする
でも、なんとなくスッキリしない
思う彼の後ろ姿はたくさんの女子から囲まれてとても遠くにしか思えない



「んなもん絞ってジュースにすれば良いんじゃね?当たって砕けるより良さそうじゃねぇか。」



「何アルカそれ。…美味しいかナー?」



ミカンの皮を剥きながら考える
これから、潰れに行っちゃおうかな。なんて
もしかしたらメールアドレスくらいゲットできるかもしれないし…!
でも、あいつ…あの子と…
付き合ってたよな

噂は学校中に流れていた。学年一のマドンナとの交際。
本当のところを本人に聞く勇気は私にはなくて知らないでいる
勇気がある子が聞いたらしいが曖昧な笑いで返されたと聞いた。



「え?何、神楽ちゃん?失恋でもしたの?」



今ピンときたような顔して
最初からわかっていたくせに
私の片思い
銀ちゃんはいつのまにか私を勝手に理解していて、ちょっと困る



「そういえば沖田くんさ、名残惜しそうにまだ教室居たんだけど、どうしたんだろうね?失恋かねー?」



わざとらしいセリフ
でもそれで私は背中を押された気がした
まだ私潰れてないんだから!潰れに行ってやるんだからー!みかんジュース美味しいんだから!



「ちょっとでかけてくるアル!」



学校までチャリで15分きっとまだ居る
居ると良いな、居て欲しい、ぶつからせてよ、Mじゃないけどさ。

信号なんて知らない!田舎だからまず車あんまりないし!道だって広いし!



「はぁ…っ」



もしもう居なかったら
居たところで何もできなかったら
私は、私は…
言葉にできない気持ちが涙となって溢れ出す

なんだこれ、まだ潰れてないのに汁出てるよ

笑い話に変えて涙を止めたいのにそれは涙にしかならないの

学校につけば駐輪場にチャリを投げ捨てて下駄箱に向かう
靴を適当に脱ぎ捨てて三階の三年生の教室まで走る
靴下だとやっぱり滑って転びそうになるけど、気持ちは焦るばかりで走り続ける



「おきた!」



叫ぶのと同時に教室をあけたら、誰もいなかった
その場にへたり込んで涙も止まった
なんだか本当に全部が終わっちゃったみたい



「お前、教室間違えてるぜ?」



声の方を見るとまだ学ラン姿のサドだった
言われた通りにクラスを確認するとちょうど隣りだった
焦りすぎて間違えた…



「好きでした!ありがと!早く帰れヨ馬鹿野郎!」



「最後のところいらなくね?」



全身の力が抜けたのかドアに寄りかかったまま立ちあがれない
サドはそれをしってかしらずか手を差し出した



「か、帰れヨ。返事とかいらないアル。ぶっちゃけたくなっただけヨ。」



顔をドアに隠すように振り向いて逃げた
チャリ漕ぎながら泣いたせいかもう涙はこぼれなかった
でも思う、ここで泣いてた方が可愛いんだろうなって。



「俺もぶっちゃけたくなったから、こっち向けよチャイナ」



ちゃんと沖田を見つめて、手を払った
もういらない
慰めも、さよならも、ありがとうも
全部全部嫌いに思えるの
今は全てが嫌いなの
大好きだった学校も、今さっき乗ってきた自転車も、目の前に居る沖田も
否定することしか今の私にはできない

手を振り払ったのに、その払った手を捕まえられた



「俺も好きです。」



聞いたことのない、サドのバカにしてない敬語
見たことないような真剣な表情
嫌いだったのにまた大好きにひっくり返ってわかんない



「嘘だ。」



「なんでそう思うんですかィ?」



今度はちょっとバカにしてる
だって口元も挑発するように笑ってる



「彼女居るって聞いたアル」



掴まれた腕を払おうとしたけどできなかった
簡単に掴まれているようで複雑にくっついていた



「俺から?」



首を横に降るとそれを覗き込むようにキスをされそうになって突き飛ばす
でもやっぱり腕は掴まれたままでそう距離は空かなかった



「チャラい奴、嫌いアル」



「何を勘違いしてるんでィ。お前にチューとかそう簡単にするわけないだろ?」



そう言われてしまうと自分の勘違いに恥ずかしくなる
そりゃそうか
女の子として見られること少ないし
特にサドは絶対そんな風に見ないだろう
だったら、今の"好き"は…



「うん、わかった。ちゃんと理解したアル。勘違いも自惚れもしないから、本当、離せヨ!」



やっとのことで振り払うも勢いでドアとは反対側の壁に頭をぶつけた



「ぷっ…だから、勘違いしてるじゃねーか」



ぶつけたところをそっと撫でてそのまま髪を流れるように指でといた
その仕草は自然で拒否なんかできなかった



「もっと自惚れろよ。本気で好きだからそう簡単にできないって、言わなきゃわかんねェのかィ?」



いたずらっ子みたいに笑う沖田にドキッとしてる自分が居る
だって、顔は良いんです。それは、それくらいは認めるけど中身最悪ですからね!



「そ、そんな余裕な顔して言われても…信じられないアル」



「困ったお嬢さんだねィ。嘘であろうと、騙されてろ。」



今度は腕ではなく指を絡めてイエスしか言えないくらいに追い詰められて
甘酸っぱいキスをした

これを私は一生忘れられないって思った、甘酸っぱいこの味をこの時を何度も何度も思い出す覚悟をして絡めた指に力をこめた



卒業しちゃおうか




「そう簡単にチューできないって言ったくせに」



「我慢には限界があるんでさァ」

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